照強 家族。 照強「自分のできることを」自己最高位場所へ気合(日刊スポーツ)

新入幕の照強(てるつよし)がさんま御殿で異常に強い玉ねぎ愛を語る

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十両初昇進が決定した照強はどんな力士? 平成28年の九州場所で幕下優勝し、十両初昇進が決定した 照強 ( てるつよし )(伊勢ケ浜部屋)! 初土俵から6年余りで関取になりました。 照強は兵庫県南あわじ市(淡路島)出身です。 淡路島出身の関取は、1961年九州場所の若鳴門(春日野)以来、55年ぶりとなります。 今日は、そんな照強について紹介していきますね。 照強のプロフィール まずは、照強のプロフィールから簡単に紹介していきます。 四股名:照強 翔輝(てるつよし しょうき) 本名:福岡 翔輝(ふくおか しょうき) 生年月日:1995年1月17日(21歳) 出身:兵庫県南あわじ市(出生地は洲本市) 身長:169cm 体重:112kg BMI:39. 21 所属部屋:伊勢ヶ濱部屋 >> 照強は、幼い頃はよく風邪をひき、病気がちな子供でした。 そこで、柔道を習って体を鍛えることにしました。 小学4年の時に地元の神社であった相撲大会に飛び入りで参加しました。 その大会で、照強は2位になりました。 相撲の楽しさを知った照強は、母親に「ずっと相撲を続けたい」と話し、本格的に相撲をするために地元の相撲道場へ通いはじめました。 勉強が嫌いな照強は学校を休んでしまうこともありましたが、相撲の稽古場には休まずに通い続けました。 照強は中学時代は、やんちゃ坊主でした。 なんと、中学時代は金髪にし、夜遊びをする毎日だったそうです。 見かねた母・真樹さんから、「高校に行きたいなら学校に行け。 プロに行くなら遊んでもいい」と突きつけられ、プロに進むことを決断しました。 中学卒業後、15歳で入門し、2010年春場所で初土俵を踏みました。 入門時の身長は168センチで、体重は85キロほどしかありませんでした。 1食でラーメン用の丼3杯のご飯を食べ、現在は112キロになりました。 入門時と比べるとすごく重くなりましたが、112キロは関取最軽量です。 順調に2年で幕下に昇進した照強でしたが、そこからは幕下力士のパワーに苦しみました。 照強は、体格差を補うように稽古に打ち込み、毎日100番近く、取り続けたこともありました。 猛稽古で知られる伊勢ケ浜部屋ですが、師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱・旭富士)に「うちの部屋で一番稽古をやる方。 かなりやってきた」と言われるくらいなので、本当によく稽古をしているのですね。 師匠や兄弟子の横綱・日馬富士関から「小さいんだから人の3倍やらないとだめだよ」と言われたから、心がけて稽古をやっていたそうです。 また、この1年半は伊勢ケ浜親方の勧めで筋力トレーニングも始めました。 トレーニングの甲斐もあり、前まわしを取れば大きな力士と互角に渡り合えるようになりました。 今場所の活躍は、猛稽古と筋力トレーニングの賜物でしょうね。 師匠である伊勢ケ浜親方(元横綱・旭富士)が名付けました。 阪神淡路大震災に生まれた照強! 照強は1995年1月17日、阪神淡路大震災から15時間後に震源地に近い洲本市で生まれました。 母親の菊井真樹さんによると、救急車のサイレンが鳴り響き、余震の不安を感じるなかでの出産だったそうです。 普通のときの出産でも大変なのに、余震の中での出産は一段と大変だったでしょうね。 照強は、震災の日に生まれたことについて、「人より何かを背負って生きている。 被災している人に力を与えられたら」との思いを胸に秘めています。 来場所から照強は関取となります。 照強は、昨年、自分の誕生日に関取になる目標を立てました。 幕下だと誕生日に相撲がない日もありますが、十両に上がれば毎日相撲が取れるから、テレビでも見てもらえます。 照強は、そのことについて、「東日本大震災の方々も同じく、僕が頑張ることで被災した人たちに力を与えられる。 みんながワクワクするような相撲を取りたい」と語っています。 来年で阪神淡路大震災から22年。 照強は「みんなが22年間、復興に向けて頑張ってきた。 負けないように頑張りたい」と抱負を語りました。 家族思いの照強! 照強は、家族思いの孝行息子です。 2016年9月に照強が中学生時代に肝臓がんのため56歳の若さで亡くなった祖父・菊井龍夫さんのお墓を建てました。 相撲をはじめるきっかけを作ってくれた祖父のために、照強が費用を全額負担しました。 そんなことなかなかできませんよね。 それだけではなく、現在兵庫県内の看護系の大学に通う妹・沙季さん(20)の受験費用も出しました。 立派なお兄さんですね。 照強は妹とそっくり! 照強には、妹さんが一人います。 その妹さんと照強の顔がそっくりです。 照強に似ていて、すごくかわいい女の子ですね! 新十両 照強、「家族思いの一面も」。 妹さん「好きですが自慢じゃないです」「顔が似ていると言われるのが嫌」 — くるくるおばけ@ブログ「大相撲取組内容」 kuru2obake 照強が尊敬する力士は横綱・日馬富士関 照強が尊敬する力士は横綱・日馬富士関です。 立ち合いの鋭さを特に尊敬しています。 日馬富士関は照強と同じ伊勢ヶ濱部屋です。 照強の意外な趣味 照強が通う中学校では相撲部がなかったためサッカー部に所属していました。 サッカーとは意外ですね。 ポジションはゴールキーパーでした。 サッカーは今も好きで、名古屋グランパスとRマドリードのサポーターだそうです。 ちなみに野球はDeNAファンです。 なんでDeNAなんでしょうね。

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24年前の1月17日に阪神大震災が発生しました。 大阪に住んでいる私も、その当時の明け方に大きな揺れで目を覚ましたのを今も覚えています。 ちょうど、その24年前の1月17日に震源地の淡路島で誕生したのが、力士の照強(てるつよし)。 大きな地震が発生したその日に出産ということで、照強のお母さんも大変なことだったでしょう。 震災のその日に生まれたということで、照強の所には震災で子供さんやお孫さんを亡くされた方から手紙が届くそうです。 照強が頑張っている姿を、亡くなった我が子・孫にかぶせて見ておられるのでしょうね。 地震が発生したのは午前5時46分でしたが、照強のお母さんは余震が続いている15時間後に出産されたそうです。 お母さんはもちろんのこと、病院のスタッフにしても余震の恐怖もあって大変だったことでしょうね。 震災の当日に生まれたので、「地震くん」とか「運命の子」とか言われてきたそうで、角界入りした後も、毎年1月17日になると取材を受けるそうです。 今年も、ちょうど1月17日の照強の取組をテレビ中継で見ていましたら、阪神大震災が発生した今日が誕生日であるということがアナウンスされていました。 照強本人はもちろん阪神大震災当日のことを知らずに育ってきたわけですが、特別な日に生まれたという強い意識があって、この日は絶対に勝ちたいと思いながら土俵に上がっているそうです。 ただ、2年前の1月17日は負けてしまい、昨年は幕下だったためその日は取組がなく、絶対に2019年の初場所のこの日は勝ちたいと思って土俵に上がったそうです。 そして、その気持ち通り、大翔鵬に勝ちました! 大相撲初場所 五日目 十両 照強 白星 — ZEAL MasakiKudo59 4年前から注目してたけど当時は幕下下位で相撲雑誌にも取り上げられなかった。 震災のあの日あの場所で生まれた命が大輪の花を咲かせようとしている。 晴れの幕内まであと5勝。 星勘定に関係なく、今日ほど勝って欲しいと思う日はない1. (柔道場に行くのが嫌だったそうですが・・・) 小学校4年生の時に、わんぱく相撲大会に飛び入り参加して2位になったのがきっかけで、相撲に興味を持ち、地元の相撲道場に通うようになったそうです。 中学生の時は、学校に相撲部がなかったためサッカー部に所属しながら、相撲道場で相撲の稽古をしていたそうです。 ただ、その相撲道場の指導者がかなりのスパルタで、今でいえば体罰問題になるような指導方法だったそうです。 中学生活の途中から「遊び」の方に興味が行き、授業には出ず、金髪にして夜遊びをするようになりました・・・。 それでも相撲道場には休まずに稽古に行っていたそうですから、相撲は大好きだったようです。 勉強が嫌いなことや亡くなったおじいさんが力士になれと話していたことから、角界入りを希望し、相撲道場の指導者が伊勢ヶ濱親方(元横綱・旭富士)と知り合いだった関係から、伊勢ヶ濱部屋に2010年に入門しました。 2010年3月場所で初土俵を踏み、2012年3月場所で幕下に昇進しましたが、足踏み状態が続き、2017年初場所でようやく十両に昇進することができました。 兵庫県南あわじ市出身の力士が十両に昇進したのは55年ぶりで、伊勢ヶ濱部屋から中卒の関取が出るのは初めてということでニュースになりました。 【 】 阪神大震災の日生まれの照強、十両昇進で恩返し!淡路島から55年ぶり関取 — スポーツ報知 SportsHochi その後、1回だけ幕下に落ちたこともありましたが、すぐに十両に戻ってきて、2019年初場所では自己最高位の十両筆頭にまで上がってきました。 照強の塩まきも水戸泉に負けていませんよ。 あの豪快な塩まきを写真に撮るのは至難の技だ…難しいw — ちゃんこ鍋 sumochankolove 照強の バースデーソルト。 — こみおく komioku 照強の山盛りの塩まき、箒で掃いている人はどう思っているのだろうと、みるたび思ってしまうw — ずにょずにょずーにょ kazuunyo 家族は? 家族は、お母さん(菊井真樹さん)と妹さん(沙季さん)がおられるようです。 ご両親は、照強が3歳の時に離婚されたそうで、以来、お母さんに育てられました。 角界入りするまでは、ちょっと「ワル」だった照強ですが、2016年9月には、照強が中学生の時に亡くなったおじいさんのお墓を建てたり、看護系の大学に通う妹さんの受験費用も出してあげたりと、なかなかの家族思いな面も発揮しています。 【 】 照強、亡き祖父に十両昇進報告…自ら建てた墓「次は幕内」 — スポーツ報知 SportsHochi 妹さんが語る、照強。 大相撲三月場所は3月10日(日)より! — 日本相撲協会公式 sumokyokai 大阪場所初日、残念ながら黒星スタートでした・・・。 🌸最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 Sponsored Links.

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新入幕の照強(てるつよし)がさんま御殿で異常に強い玉ねぎ愛を語る

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今回の踊るさんま御殿には、食にこだわる芸能人たちが集合をされるんだそうで、衝撃的な食べ方、そして食材への愛を語られるんだそうです。 確かに、人には言えないけど、自分はこのようにして食べる!というような事は意外とあるんですよね…私は納豆をそのまま食べずに、絶対にご飯にかけて食べるんですが、意外と驚かれることがあります 笑 そのまま食べた方が美味しいのにと…。 というように、人には言いたくないような食べ方など今回は聞けそうなので、ちょっと楽しみにしています。 そんな中、1人目立つかたがご出演をされているのですが、 それが力士の照強さんですね、非常に精悍な顔立ちで、 今後相撲界でも人気になることは間違いないのですが、今回は玉ねぎについて語られるようです。 玉ねぎと言えば、元日本ハムや巨人でリリーフとして活躍された河野博文さんを思い出しましたが 笑 気になる人は過去の記事をご参考くださいね、今日は今注目の照強さんを調べて行きたいのですが、 まずはヤンキー時代、そして現在の身長や体重、そしてご出身についても調べて見ました。 Sponsored Link 照強はヤンキーだったの?中学時代の素行とは… 照強さんですが、 現在十両として活躍をしているのですが、体の小ささを器用に使いこなして、数々の力士から勝ち星を奪っています。 さて、そんな照強さんですが、実は若い頃はヤンキーだったと言う事が判明しております、 特に中学時代が全盛期だったんだそうで、中学校には年々通わなくなったんだそうです。 特に中学3年生になる頃には1年間を通して 僅か30日ほどしか通学をしなかったようで、素行が悪かったと言う事です。 確かに、スポーツ選手でもヤンキーだったというのは、意外と良く聞きますよね、あの西武ライオンズの森選手も、中学時代というのは荒れていたということをご本人が言われていますからね、 力士であれば千代大海さんも中学時代はヤンキーだったことが有名な話ですね。 しかも中学時代から金髪だったんだそうで、恐らくかなりの強面で腕っぷしがあったのでしょうね、中学の時にはなんとサッカー部所属だったんだそうですが、地元の相撲クラブには所属しており、ヤンキーながらも練習にはちゃんとでていたようですね。 これだけの技を色々と繰り出す照強さんですから、恐らくヤンキーとしての武勇伝がたくさんあると思いきや、あまり驚くような武勇伝はなかったんですよね 笑 実はとても家族思いの方だそうで、高校には進まずに相撲界に身を置き、ご家族を支えられていると言う事で、これは好青年ということもわかりました。 照強の出身地は何県?気になる中学についても… 照強さんですが、一体何県のご出身なのでしょうか? どうも調べて見ますと、ご出身については兵庫県なんだそうですね、ただ南あわじ市なので、本州からは橋を渡り淡路島へと渡らないといけませんね、そしてもう南あわじ島は四国の本当に手前です。 さて、出身の中学校についてですが、 南あわじ市にある三原中学校に進まれたそうですね、今後活躍すれば、三原中学校に凱旋することもあるでしょうね 笑 応援をしていきたいと思います。 ちなみに、今回さんま御殿に同じく出演をされる丸山桂里奈さんの記事についてはこちらをどうぞ!月収について暴露されていますので、気になる人は要チェックですね。 Sponsored Link 照強 身長や体重に得意技とは何? 照強さんは小さい体を器用に使い、多くの力士から勝ち星を挙げているとお話をしましたが、身長は実は力士の中では低い部類に入ります。 では、どれぐらいの身長かと言うと、 169センチということで170センチを下回っています。 そして体重は112キロということで、相撲界の中では全然軽量ではないでしょうかね、私の記憶だと舞の海さんでしょうかね、技のデパートと言われていましたし、照強さんと似ているところがありますね。 他に気になるのは、 得意技なんですが基本的には攻めていくタイプで、右前ミツ・投げなのですが、これだけでは中々十両優勝というのは難しいかもしれませんね、今後勝ち星を挙げるために、新たな取り組みもされていくことでしょう! 今後も玉ねぎ大好きな照強さんに期待ですね。 ブログ運営者:土屋 みつる 昭和から平成になる頃、日本に生まれました。 自称、WEB編集者の自動車マニアなわたくし土屋 みつるが、基本的には、皆様に役立つ自動車に関する裏話や色々な情報を発信してまいります。 小学校低学年からプラモデル、ミニ四駆の製作に没頭し、高学年になる頃には、両親の車の洗車やタイヤ交換をし始め、中学生になる頃には、車の軽整備なども、両親の影響ではじめました。 国産車や外国車についても、浅い所から深い所まで、精通しております。 最近の若人たちの車離れを、食い止めるべく、車の良さ、凄さなどを分かって頂きたいために、様々なエピソードやお役立ち情報など紹介してまいりたいと思います。 どうぞお楽しみください。

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