ジャニー 性 的 虐待。 法廷で元ジュニアが証言したジャニー喜多川社長による性的虐待|LITERA/リテラ

さすが週刊文春やるねえ!ジャニー喜多川礼賛の中で元ジュニアの「性的虐待」告白・・・誘いに抵抗したらステージの隅っこ: J

ジャニー 性 的 虐待

7月10日、ジャニー喜多川氏の死去を伝えるニュースは大きく報じられた。 (写真=EPA/時事通信フォト) スポーツ紙は致し方ないと思うが、朝日新聞も一面で取り上げた。 「1931年、米ロサンゼルスで生まれた。 10代で、公演で現地を訪れた美空ひばりらの通訳をし、ショービジネスの基礎を学んだ。 その後、日本で、コーチをしていた少年野球チーム『ジャニーズ』からメンバーをスカウトし、62年、同名グループのマネジメントのためジャニーズ事務所を設立した。 70~80年代にかけてフォーリーブスや郷ひろみ、近藤真彦、田原俊彦、少年隊、光GENJIら時代を代表する人気タレントが次々と輩出。 日本の歌謡界で歌って踊れる『男性アイドル』というジャンルを定着させた。 その後、世に送り出したSMAP、TOKIO、V6、嵐などがヒット曲を連発。 マルチタレントとして幅広い世代から支持を集めることに成功した」(7月10日付) どんな偉大な人間にも表の顔と裏の顔がある 翌日の「天声人語」もこう書いている。 「これほど名を知られていながら、これほど素顔を知られぬまま旅立った人も珍しいのではないか。 訃報(ふほう)の写真のジャニー喜多川さんは、帽子をかぶり、サングラスをかけている。 同僚者によると、取材には毎回、撮影不可という条件が付された。 そんな言い回しで知られたが、取材には折り目正しい日本語をゆっくり話し、敬語も丁寧だった。 ジャニーズらしさとは何かと尋ねると、『品の良さ』と答えたという」 すぐにでも国民栄誉賞を与えろといわんばかりの持ち上げ方である。 週刊誌、特に新聞社系がそれに追随した。 「追悼・ジャニーさん そして『伝説』は『神話』へと」(『サンデー毎日』7/28号)「追悼 ジャニーさん、ありがとう」(『週刊朝日』7/26号)。 朝日は表紙に、ジャニーズ事務所のタレントが表紙になった号をズラッと並べた。 中でも『AERA』は、「追悼・ジャニーさん『YOU! やっちゃいなよ』胸に刻んだ」と銘打ち、大特集を組んだのである。 どんな偉大な人間にも表の顔と裏の顔があり、建前と本音がある。 ましてや芸能界という荒海の中で生き抜くためには、清濁を併せ呑む度量が要求されたはずだ。 多角的な視点からジャニー喜多川という人間を見なければ、まっとうな評価はできない。

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ジャニー喜多川はなぜ青少年虐待で逮捕されないのですか?

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ジャニー喜多川氏 大晦日恒例の『第70回NHK紅白歌合戦』に、来年メジャーデビューを控えるジャニーズ事務所若手グループのSixTONESとSnowManが出演する。 彼らが中心となったジャニーズJr. によって、今年7月に亡くなったジャニー喜多川氏の追悼ステージが披露されるという。 ジャニー氏がつくりあげた「男性アイドルグループ」のかたちは日本の芸能史にすさまじい影響をもたらした。 ポップスの世界はもとより、映画・ドラマ、バラエティ番組、ミュージカルをはじめとした舞台など、ジャニーズのアイドルは日本のエンターテインメントのありとあらゆるジャンルで絶大な人気を誇っている。 ジャニー氏の存在がなかったら、日本のエンターテインメントはまったく違ったものになっていただろう。 そんなジャニー氏の影響は日本だけにとどまらない。 BoA、少女時代、東方神起、Super Junior、SHINee、f x 、EXO、Red Velvetなどを輩出した韓国大手事務所・SMエンターテインメントのマネジメント体制はジャニーズ事務所をモデルにつくられたと言われており、いま世界を席巻するK-POP文化もジャニー氏がいなければ異なるものになっていた可能性が高い。 しかし、ジャニー氏が日本の芸能界に残したのは、良いことだけではない。 1960年代の(初代)ジャニーズ以降、半世紀以上におよぶキャリアのなかには、「負の側面」もある。 そこから目をそらし、故人の功績だけを称えるのはどうなのだろうか。 ジャニー喜多川氏が芸能界に残した「負の側面」 特に問題視されるのが「ジャニーズタブー」の存在である。 SMAPの爆発的ブレイク以降、ジャニーズ事務所はタレントのもつ圧倒的な力を背景にテレビ、ラジオ、出版社などのメディアを完全に掌握した。 その結果、所属タレントのスキャンダルを潰したり、キャスティングに影響をおよぼす力をもつようになる。 これによって、日本のエンターテインメントにさまざまな不公平がもたらされた。 最近でこそLDH勢やK-POPのグループが人気を伸ばしているが、それまでDA PUMPやw-inds. この構図のせいで潰されてしまった才能は少なくないはずである。 もちろんこの状況をつくりだしたのは、ジャニー氏ひとりの責任ではない。 メリー喜多川氏、藤島ジュリー景子氏(現ジャニーズ事務所代表取締役社長)、飯島三智マネージャー(現CULEN取締役)、また表に名前のほとんど出ない経営陣やスタッフが辣腕をふるってきたからこそだろう。 最大の「ジャニーズタブー」、少年への性的虐待 「ジャニーズタブー」の最もたるものは、ジャニー氏による所属タレントへの性的虐待・セクシャルハラスメントに関するスキャンダルである。 大手メディアではほとんど報道されないため「都市伝説」のように扱われることも多いジャニー氏のセクハラスキャンダルだが、これは決して単なる「噂」ではなく、裁判でジャニー氏は敗訴している。 ジャニー氏の性的虐待疑惑については、かねてよりジャニーズ事務所の元所属タレントたちが暴露本を通じて告発してきた。 しかし「週刊文春」(文藝春秋)の報道は、秘密を暴くことになる。 「週刊文春」は1999年から2000年にかけ、10回以上におよぶ追及記事を掲載。 記事によれば、「合宿所」と呼ばれているジャニー氏の自宅や、コンサート先のホテルにジュニアのメンバーが宿泊する際、夜中になるとジャニー氏が夜這いをしかけてきて、そのまま肉体関係を強要するのだという。 ジャニー氏はほとんど同じ手口で何人ものジュニアのメンバーに関係を迫ったとして、「週刊文春」の追及記事では、複数の少年が同様の被害を語っている。 ジャニー氏は翌朝になると必ず数万円単位のお小遣いを渡すというが、少年たちが肉体関係に応じたのは、そんなはした金のためではない。 ジャニー氏の要求を断れば、事務所内で不遇な扱いを受け、グループとしてデビューさせてもらえないかもしれないという恐怖があるからだ。 記事ではジャニー氏との関係を拒絶したことによって口をきいてもらえなくなった例も記されている。 ジャニーズ事務所のタレントとして成功したければ、どんな理不尽なハラスメントであろうとも、歯を食いしばって耐えるしかない。 「週刊文春」はジャニー氏のハラスメント自体はもちろん、こうした権力構造そのものを、記事のなかで何度も繰り返し批判していた。 裁判では「その重要な部分について真実であることの証明があった」 これに対しジャニーズ事務所とジャニー氏は、キャンペーン記事によって名誉を毀損されたとして東京地裁に民事訴訟を起こした。 一審ではジャニーズ側の勝訴となったのだが、二審ではセクハラ行為の部分は事実であると認定して損害賠償額が減額された。 「週刊文春」によれば、控訴審判決のなかで東京高裁は<喜多川が少年らに対しセクハラ行為をしたとの各証言はこれを信用することができ、喜多川が少年達が逆らえばステージの立ち位置が悪くなったり、デビューできなくなるという抗拒不能な状態にあるのに乗じ、セクハラ行為をしているとの本件記事は、その重要な部分について真実であることの証明があった>と結論づけたという。 この後、ジャニーズ側は上告したが棄却された。 結果的に、「週刊文春」側の名誉毀損自体は認められたが、それは「合宿所のなかで少年らに飲酒や喫煙をさせている」といった記述に対するものであり、ジャニー氏による少年らへの性的虐待自体は事実と認定されたのである。 しかしこの裁判について、日本国内の主要メディアは黙殺した。 マスメディアは総出で少年への性虐待を見ないようにし、ジャニー氏の行為は糾弾されることも罰されることもなかった。 メディアの「圧力に屈する」「権力に忖度する」といった構図がジャニーズタブーをつくりだし、結果的に、少年たちの心に一生残るような傷を残す非道な行為がまかり通る環境を生み出してしまったにもかかわらず、である。 ジャニーズ事務所への忖度が必要ない海外メディアは別だ。 2000年1月30日付「ニューヨーク・タイムズ」では、ジャニー氏の性的虐待のみならず、強大な力をもつジャニーズ事務所に屈服してジャニー氏に関するネガティブな報道ができない日本のメディア状況も含めて報道された。 同じ構図は今年も見られた。 日本国内のメディアではジャニー氏の訃報を伝える際、このことに触れるメディアは皆無だったが、海外では報道があったのだ。 2019年9月9日付ネットニュース版「ニューヨーク・タイムズ」に掲載されたジャニー氏の訃報を伝える記事には<2002年、東京地方裁判所は、所属する若いタレントたちへのセクシャルハラスメントを報じた週刊誌が名誉棄損であるとの喜多川の主張を支持したが、その後、裁判所は判決の一部を覆した>と記された。 同じ日のネットニュース版「BBCニュース」でも<彼のキャリアは論争と無縁ではなかった。 1999年、日本の雑誌「週刊文春」が事務所の少年たちに対して性的虐待を加えている記事を何度も掲載したのだ。 喜多川はすべての告発を否定。 そして、雑誌を相手どった名誉毀損の裁判を起こし勝利した。 しかし、その後、裁判所は判決の一部を覆した。 彼はどの告発に関しても罪に問われることはなかった>と伝えていた。 2017年、110年ぶりに刑法の性犯罪に関する規定が改正された、その改正では「強姦罪」の名称が「強制性交等罪」となり、これまで被害者が女性だけに限定されていたのが、男性も含まれることになった。 性暴力・性被害を受けた男性に対する保護や支援の必要性も社会的に共有される必要がある。 そのためにも、ジャニー氏の性加害の実例に蓋をし、「なかったこと」のように扱う日本国内メディアの報道の在り方は問題であろう。

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さすが週刊文春やるねえ!ジャニー喜多川礼賛の中で元ジュニアの「性的虐待」告白・・・誘いに抵抗したらステージの隅っこ: J

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ジャニーズ事務所社長の「ジャニー喜多川」こと喜多川擴(きたがわ・ひろむ、本名ジョン・ヒロム・キタガワ)さんが、7月9日の午後4時47分、解離性脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血のため、87歳で死去したというニュースがありました。 死去したのは都内の病院だったということです。 後任の社長は姉の藤島メリー泰子副社長 92 ではなく、その娘でジャニー喜多川にとっては姪にあたる藤島ジュリー景子副社長 52 になると報じられています。 ジャニー喜多川の最期の日々については、病室でお世話になったタレントが体をさすって、回復することがたびたびあった、ジャニー喜多川の好物をみんなで食べるなどした、などという美談が報じられています。 その一方で、ジャニー喜多川については過去にタレントに対する性的虐待疑惑・ホモセクハラ疑惑などがたびたび取り沙汰され、それをめぐる民事訴訟が行われたという過去もありました。 ジャニー喜多川の性的虐待・セクハラ疑惑とは? 既に1964年にはセクハラ疑惑が 最初にジャニー喜多川のホモセクハラが疑惑の種になったのは、なんと今から55年も前の1964年のことだといいます。 切っ掛けは「ジャニーズ」の独立前に歌やダンスを学んでいた新芸能学院から、支払われていなかった授業料やスタジオ使用料などの約270万円を請求されたことでした。 この裁判は3年間も続き、ジャニーズとともにレッスンを受けていた同僚の証言によると、少年たちにいかがわしい写真を見せて興奮させた上で、少年の体にいたずらをしたり、ジャニーの局部を触らせるなどしたといいます。 被害者はジュニアの4人も含むジャニーズの15人にものぼり、あおい輝彦さん新芸能学院の学長が知ることになったそうです。 しかし1967年9月の後半では、すでに人気グループとなっていたジャニーズの4人が出廷し、裁判ではホモセクハラの有無について質問責めにあいますが、「知りません」「覚えていません」で押し通して事実として認定することはありませんでした。 このブログは「アドセンス」という広告を使用しており、あまり過激な性的な表現をすると広告を停止される恐れがあります。 本の内容について興味のある方は下記ページをご覧ください。 この『光GENJIへ』は大きな話題になり、なんと10シリーズも出版されたといいます。 その中の1冊である『さらば!! 光GENJIへ』では、フォーリーブスの次にジャニーズでデビューした「ジューク・ボックス」の元メンバーである小谷純さんとやなせかおるさんもセクハラについて証言しました。 当時、13、14歳だった小谷純さんは行為の意味すら良く理解できなかったといいます。 疑問に思う小谷さんでしたが、ジャニー喜多川はデビューを餌にした甘言で疑惑を封じたそうです。 しかし小谷さんは一線は超えないようになんとか抵抗します。 また、バイク事故を起こして入院している小谷さんの口にジャニー喜多川は局部を入れようとした、デビュー後も行為を拒否すると給料がもらえず、貰えても他のメンバーより少ない、などという信じがたいエピソードが書かれているといいます。 中谷良『ジャニーズの逆襲』 ジャニー喜多川のセクハラが最初に取りざたされた1964年の裁判については先述しましたが、そこで行われた証言についての真実を暴露したのが89年に出た元ジャニーズの中谷良さんの『ジャニーズの逆襲』でした。 それによれば「覚えていない」「知りません」などとした4人の証言は、ジャニー喜多川が説き伏せて、事前に答弁の言葉は決められており、その通りに言わせたとされています。 中谷さんは11歳の時に初めてジャニー喜多川による性的な接触を受けました。 ジャニー喜多川は「気持ちいいはずだよ、こうすると」と言いながら手を使って、中谷さんの局部を果てるまで刺激したといいます。 平本淳也『ジャニーズのすべて 少年愛の館』 少年隊の植草克秀らとほぼ同期である平本淳也さんが1996年に上梓した『ジャニーズのすべて 少年愛の館』でもジャニー喜多川のセクハラについて書かれています。 当時の合宿所では、ジャニー喜多川と一緒に風呂に入り、体の隅々まで洗われ、ふろ上がりは拭いてもらうのが当たり前だったといいます。 平本さんは寝ている時にジャニー喜多川に行為を迫られますが「トイレに行く」といって難を逃れ、戻っていくと「忍者」の正木慎也に対して行為をしていたといいます。 平本さんはジュニアのリーダーとして活躍しましたが、最後の一線を許さなかったためにデビューすることができなかったそうです。 豊川誕『ひとりぼっちの旅立ち』 また97年に出版された元ジャニーズ・豊川誕の『ひとりぼっちの旅立ち』でも、ジャニー喜多川によるタレントへの性的な行為は書かれています。 おそらくジャニー喜多川のセクハラ行為の真偽について疑問に思う人にとって、この豊川誕さんの一冊が最大の決め手になると思います。 なぜなら、豊川誕さんの『ひとりぼっちの旅立ち』の帯には「ジャニーさん、メリーさん、ありがとう!! 」と書かれており、豊川誕さんにはジャニー喜多川への恨みの感情・復讐心はまったく感じられないものだからです。 なぜ豊川誕さんには恨みの感情がないかといえば、豊川誕さんは孤児であることから他のタレントにはないような腹のくくり方ができており、なおかつゲイバーに勤めた経験もあるからだといいます。 その本にはジャニー喜多川の行為はただ事実として淡々と描かれているだけです。 豊川誕さんは自室ではなくジャニー喜多川の部屋で眠り、ジャニー喜多川の求めに応じた結果たった1週間でのデビューが決まったといいます。 また合宿所では未成年でも酒やたばこが暗黙の了解で許されていたといいます。 豊川誕さんは現在でも歌手活動などをしているようで、『』という公式ブログを書いています。 1999年『週刊文春』キャンペーンからの裁判 1999年に『週刊文春』は「芸能界のモンスター『ジャニーズ事務所』の非道」というタイトルで、十数回にわたって未成年の喫煙、不当なギャラ、マスコミへの圧力、ジャニー喜多川によるホモセクハラなどを取り上げました。 これらのことはジャニーズ事務所によって訴えられ、裁判に発展しました。 裁判の結果は一審・二審ともにジャニーズ事務所側が勝っています。 しかし裁判所は「 セクハラ行為」「関西出身ジャニーズの給料面での冷遇」「学校に行けないほどの過密スケジュール」などを事実と認めています。 つまり裁判所はホモセクハラに関する『文春』記事の主要部分を事実と認定したということです。 文春側が支払う損害賠償額は、一審では880万円でしたが、二審の判決では120万円に減額されました。 木山将吾『Smapへ』 ところが裁判所が認めたジャニー喜多川によるセクハラを、ニュース・ワイドショーは完全にスルーします。 それを許せなかったのか、もう一人の被害者が、裁判の終わりから1年ほど経った2005年3月に、追い打ちをかけるようにまたホモセクハラ疑惑について書いた本を出しました。 その中では、木山さんを一目見て気に入ったジャニー喜多川がデビューをすぐに約束、そしてジャニー喜多川が泡風呂に一緒に入って木山さんの体を丁寧にマッサージ・頬にキスした、などというエピソードが書かれています。 さらに二回目に木山さんが合宿所を訪れた時、バスルームのある部屋に木山さんを押し込めてカギをかけ、堅くなった股間を果てるまで押し付ける、という行為などを赤裸々に描写しています。 2019-07-10 18:18 ジャニー喜多川のセクハラ被害者の噂? ジャニー喜多川のセクハラの被害者と噂されているタレントは数多いようです。 あくまで噂ですが、• 少年隊• 光GENJI• SMAP• TOKIO• King&Prince といった名前が挙がっています。 しかし「誰と誰」とか「このグループとこのグループ」など言っても仕方ないでしょう。 これまでの元ジャニーズ事務所所属タレントの証言から推察するに、具体的に名前が表に出ようと出まいと、「ジャニーズ事務所所属はほぼすべて」と考えた方が早いんじゃないでしょうか。 仮にセクハラが過去の話だとしても、しょせんジャニー喜多川の精力が減退したから終わっただけの話で、別に道徳的に反省したわけではないと思います。 2019-07-10 10:21 ジャニー喜多川の性的虐待疑惑に関する マスコミの奇妙な沈黙 このことはしばしばジャニー喜多川の「少年愛疑惑」「少年愛裁判」と表現される場合もありますが、少年愛などではなく、単なる性的虐待に過ぎないでしょう 一方でジャニー喜多川がタレント、少年たちに愛情を持っていたのは間違いないと思います。 だからといってこうした性的虐待、セクハラがチャラになるわけではありません。 美談ばかり報じるマスコミの報道はどうかしているのではと思います。 もっとも、過去のことなので単純に覚えていない人も多いのでしょうが。 しかしジャニー喜多川の芸能界・メディアの世界での権力は、いわゆる「 文春砲」(文春の十数回のキャンペーン)をもってしても打ち倒すことができなかったということは記憶しておくべきだと思います。 個人的な記憶についていえば、たしか千原ジュニアと元「光GENJI」の諸星さんが共演した番組で、ジュニアが「ジャニー喜多川は人を見る目がある、凄いと思う」と発言したところ、諸星が言下に否定し、ジュニアはなおもジャニー喜多川の「人を見る目」を褒めましたが、諸星はその言葉を最後まで頑として受け付けなかったことを覚えています。 私は何となくジャニー喜多川の性的虐待疑惑について思い出し、それと結びつけて諸星の心中を察することができたような気がしました。 この記事は以上になります。

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