超 芸術 トマソン。 超芸術トマソン

意味のない階段、どこへも繋がっていない扉。異世界を感じる超芸術トマソンの世界がすごい!

超 芸術 トマソン

「どうしてこんなところに階段が!?」と二度見せずにはいられない、奇妙な写真がTwitterに投稿され話題になっている。 あなたはご存じだろうか、これが「超芸術トマソン」の世界だ。 その階段の写真は、異世界を感じさせる奇妙なものだった。 そして「トマソン」という謎のワード…。 二度見せずにはいられない奇妙さだ。 違和感しかない。 異世界へ続く道のようにも見える。 これらは、おそらく設計変更や新しくできた建物の影響により、意味をなさなくなった階段だろう。 不気味でありつつも、どこか不思議な魅力のある写真だ。 このように無用の長物となってしまったものを「トマソン」と呼ぶらしい。 超芸術トマソンとは、赤瀬川原平らの発見による芸術上の概念。 不動産に付属し、まるで展示するかのように美しく保存されている無用の長物。 存在がまるで芸術のようでありながら、その役にたたなさ・非実用において芸術よりももっと芸術らしい物を「超芸術」と呼び、その中でも不動産に属するものをトマソンと呼ぶ。 端的に言うと、役に立たなくなった階段や扉に注目した芸術が「超芸術トマソン」だ。 その役立たなさに芸術性を感じるらしく、アートの世界は素人に分からない深淵なものということか。 ちなみに1980年代に雑誌に特集されたのをきっかけにブームに火がついたので、名前くらいは聞いたことがあるという方も多いだろう。 このツイートに触発されたのか、全国各地から「トマソン」の写真が投稿された。 秋葉原にあるそうだ。 これぞ無用の長物。 こんなに昔から「トマソン」はあった。 ぼーっとエスカレーターに乗っていると危ない! ちなみに、「トマソン」の語源は、かつて読売ジャイアンツに在籍した、ダメ助っ人外国人のゲーリー・トマソンに由来する。 1981~1982年、読売ジャイアンツに在籍した。 トマソンは、元大リーガーとして移籍後1年目はそこそこの活躍を見せたものの、2年目は全くの不発であるにもかかわらず四番打者の位置に据えられ続けた。 空振りを見せるために四番に据えられ続けているかのようなその姿が、ちょうど「不動産に付着して(あたかも芸術のように) 美しく保存された無用の長物」という概念を指し示すのにぴったりだったため、名称として採用された。 ネーミングからして、実に破天荒な芸術概念だ。 なお、トマソンの創始者、美術家の赤瀬川原平氏の遺志を継ぐ「超芸術トマソン観測センター」がFacebookにを開設している。 各地で撮影されたトマソンの写真なども多く展示されているので、気になる方はチェックしてみていただきたい。 アイコンもしっかりとトマソンだ。 最後に、今回リサーチした中で最大のトマソンをご紹介したい。 トマソンに相応しい役立たなさだ。 今回ご紹介したもの以外にも、全国のトマソンを撮った写真が続々とTwitterに投稿されている。 いかに役に立たないものが身近に溢れているかということが分かる。 なお、語源となったゲーリー・トーマス選手は、引退後に親のビジネスを引き継いで実業家となったそうだ。 当の本人は、21世紀になってもこんなところで名前が使われ続けていることに気づいているのだろうか。

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【超芸術】ここ最近見つけたトマソン集(地味ネタ含む)

超 芸術 トマソン

超芸術トマソンとは 超芸術トマソンとは、赤瀬川原平さんにより、 「不動産に付着していて美しく保存されている無用の長物」 と定義されています。 1972年、赤瀬川さんたちは、単に登っておりるだけの奇妙な階段を、そしてふさがれた窓口と門を発見します。 使われていない、単なるゴミと思われたそれらに補修の痕を発見した赤瀬川さんは驚きました。 芸術は意識的に作り上げるものです。 それに対し、意図的でないにもかかわらず美しく保存されているこれらの物件は、芸術を超えたもの="超芸術"であるとされたのです。 その名は、かつて読売ジャイアンツに在籍していたゲーリー・トマソン選手に由来します。 トマソン選手は豪快にバットを振り回すものの、ボールに当てることはほとんどできなかったそうです。 彼は、役に立たないにもかかわらず(極めて失礼)ジャイアンツに動態保存されていた、生きた超芸術だったのです。 ご冥福をお祈り申し上げます。 路上観察について 1986年、赤瀬川さん、藤森照信さん、南伸坊さん、林丈二さんらにより「路上観察学会」が結成されました。 トマソン、古い洋館、ハリガミ、マンホールなど、それぞれの得意分野の観察で路上を流れていた方々が合流。 さらにパワーアップされた視点で、日常からずれているモノたちを採集し始めました。 トマソン・ハンティングにしろ看板ウォッチングにしろ、ほとんど 何の役にも立っていません。 見つける行為もまたトマソン化しています。 しかし、役に立たないからこそ純粋におもしろがれるもの。 何かのために、と思うと楽しさも半減するではありませんか。 自分はこれを見る、というテーマがあれば街歩きもより楽しくなります。 お店のおしゃれな看板、凝ったガーデニング、穴あきブロックの観察、番犬の種類や屋根瓦etc……。 トマソン云々にこだわらず、自分流の歩き方で、毎日を少しでも楽しく過ごせたらいいですよね。 私も吉野さんの教えに従い、カメラを持つときは運転免許証を携帯しています。

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『超芸術トマソン (ちくま文庫)』(赤瀬川原平)の感想(72レビュー)

超 芸術 トマソン

「どうしてこんなところに階段が!?」と二度見せずにはいられない、奇妙な写真がTwitterに投稿され話題になっている。 あなたはご存じだろうか、これが「超芸術トマソン」の世界だ。 その階段の写真は、異世界を感じさせる奇妙なものだった。 そして「トマソン」という謎のワード…。 二度見せずにはいられない奇妙さだ。 違和感しかない。 異世界へ続く道のようにも見える。 これらは、おそらく設計変更や新しくできた建物の影響により、意味をなさなくなった階段だろう。 不気味でありつつも、どこか不思議な魅力のある写真だ。 このように無用の長物となってしまったものを「トマソン」と呼ぶらしい。 超芸術トマソンとは、赤瀬川原平らの発見による芸術上の概念。 不動産に付属し、まるで展示するかのように美しく保存されている無用の長物。 存在がまるで芸術のようでありながら、その役にたたなさ・非実用において芸術よりももっと芸術らしい物を「超芸術」と呼び、その中でも不動産に属するものをトマソンと呼ぶ。 端的に言うと、役に立たなくなった階段や扉に注目した芸術が「超芸術トマソン」だ。 その役立たなさに芸術性を感じるらしく、アートの世界は素人に分からない深淵なものということか。 ちなみに1980年代に雑誌に特集されたのをきっかけにブームに火がついたので、名前くらいは聞いたことがあるという方も多いだろう。 このツイートに触発されたのか、全国各地から「トマソン」の写真が投稿された。 秋葉原にあるそうだ。 これぞ無用の長物。 こんなに昔から「トマソン」はあった。 ぼーっとエスカレーターに乗っていると危ない! ちなみに、「トマソン」の語源は、かつて読売ジャイアンツに在籍した、ダメ助っ人外国人のゲーリー・トマソンに由来する。 1981~1982年、読売ジャイアンツに在籍した。 トマソンは、元大リーガーとして移籍後1年目はそこそこの活躍を見せたものの、2年目は全くの不発であるにもかかわらず四番打者の位置に据えられ続けた。 空振りを見せるために四番に据えられ続けているかのようなその姿が、ちょうど「不動産に付着して(あたかも芸術のように) 美しく保存された無用の長物」という概念を指し示すのにぴったりだったため、名称として採用された。 ネーミングからして、実に破天荒な芸術概念だ。 なお、トマソンの創始者、美術家の赤瀬川原平氏の遺志を継ぐ「超芸術トマソン観測センター」がFacebookにを開設している。 各地で撮影されたトマソンの写真なども多く展示されているので、気になる方はチェックしてみていただきたい。 アイコンもしっかりとトマソンだ。 最後に、今回リサーチした中で最大のトマソンをご紹介したい。 トマソンに相応しい役立たなさだ。 今回ご紹介したもの以外にも、全国のトマソンを撮った写真が続々とTwitterに投稿されている。 いかに役に立たないものが身近に溢れているかということが分かる。 なお、語源となったゲーリー・トーマス選手は、引退後に親のビジネスを引き継いで実業家となったそうだ。 当の本人は、21世紀になってもこんなところで名前が使われ続けていることに気づいているのだろうか。

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