止利仏師 鞍作鳥。 飛鳥寺(アクセス・見どころ・概要・・・)

止利仏師(とりぶっし)とは

止利仏師 鞍作鳥

飛鳥時代の仏師。 生没年不明。 止利仏師 とりぶっし とも。 祖父は しばたっと ,父は多須奈 たすな。 仏教を信仰した渡来人の家系に生まれ,7世紀初め飛鳥 あすか 寺の本尊をつくり,623年にはの金釈迦三尊 しゃかさんぞん を完成。 後者は彼の代表的遺作で,一光三尊の舟形光背 こうはい を負い,裳懸 もかけ 座上にすわる。 この像容は当時半島を経由して伝えられた中国北魏 ほくぎ 末〜東・西魏ころの彫刻様式に基づいている。 これと類似の飛鳥時代の作品が幾つかあり,いずれも鞍作止利の一派の作と思われ,止利の様式が日本の初期の仏像を支配していたことを示す。 また605年に銅・繡の丈六仏像各1軀を造らせたところ,高句麗王がこれを聞いて黄金300両を貢しており 紀 ,ここにも高句麗との関係がうかがえる。 鞍作止利は新漢人(いまきのあやひと)系の帰化人とみなされているが,太子の崩後に造立した法隆寺金堂の釈迦三尊像 623年銘 の作者である。 出典| 株式会社平凡社 世界大百科事典 第2版について.

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日本最古の仏像「飛鳥大仏」が鎮座する飛鳥寺は蘇我馬子が建立した古寺

止利仏師 鞍作鳥

スポンサーリンク 飛鳥寺の目玉はなんといっても「飛鳥大仏」 ではさっそく中へ。 大きく飛鳥大佛の文字。 阿弥陀如来もおられます。 そして待ちに待ちわびた大仏様とのご対面。 こちらが、かの有名な 【 飛鳥大仏】です!! 日本最古の仏像・飛鳥大仏(あすかだいぶつ)とは!? 飛鳥大仏は火災によって大きく破損し、頭部と右手指の一部のみが創建当時のままとされています。 飛鳥寺配布の「飛鳥寺」によると、推古天皇17年 609 に鞍作鳥(止利仏師)によって、高さ3mで、当時銅15t、黄金30kgを用いて造られたとのこと。 この飛鳥大仏は、西暦605年に日本最古の金銅丈六釈迦如来像として発願され、609年に開眼されてます。 ちなみに、東大寺の奈良の大仏の開眼が752年です。 ということは… 「 」 よりも飛鳥大仏は100歳以上も先輩なのです。 それどころか、年代のわかる現存の 仏像では日本最古のものと言われているそうです。 実は 「」よりも先輩の飛鳥大仏様。

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止利仏師(とりぶっし)とは

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