アンネ の 日記 あらすじ。 アンネ・フランク

「アンネの日記」最後の言葉から72年、そこに記された少女の願いとは

アンネ の 日記 あらすじ

中学生・高校生にぜひ読んで欲しい• 平和・第二次世界大戦・ホロコースト• 読書感想文にもおすすめ あらすじ 世界的ベストセラーとして知られる『アンネの日記』。 ドイツ軍のユダヤ迫害を逃れるために屋根裏での隠れ家生活を綴った少女の日記は、歴史的遺産ともいえる世界的ベストセラー。 アンネの隠れ家に、フランク一家と同居していたペルス一家の長男ペーターが日記を書き残していたら…という視点で描かれたのがこの作品。 『アンネの日記』はぜひ読むように、と言われるが実は読んだことがないという人もたくさんいるんじゃないかな。 女子トークのような語りの日記は男子には読みづらいかもしれないね。 そんな人に特にお勧めしたい。 夢見がちな女の子全開のアンネの日記はちょっと読みづらい…と感じる男子には、ぜひこちらがおすすめ。 この日記をみんなに読んでほしいと最後まで希望を持ち続けたアンネに対して、ペーターが恐れていることは、自分が女の子を抱くことなく死ぬかもしれないというリアルさ。 第1部では、アンネの日記ならぬ、隠れ家での日々を語る、『ペーターの日記』。 アンネの日記と読み比べてみるのもおもしろいです。 第2部では、アンネの日記で描かれることのなかった「あの日」以降のことが描かれています。 当時の記録や資料を元に、ペーターに起こったであろうことを想像を交えながら描かれているフィクションですが、当時収容所にいたユダヤ人の一般像であるといえるようです。 残されている記録によると、実際のペーターもアウシュビッツ収容所に送られ郵便室で働き、その後マウトハウゼン強制収容所に向かう「死の行進」をさせられています。 アンネの日記がノンフィクションであるのに対して、こちらはフィクションですが、アンネの日記や史実をもとに描かれているためか、より現実的に身に迫る感じがあります。 あとがきも合わせてどうぞ。 「はじめに」で著者はこう語っています。 「想像しなおす」ことは、歴史を風化させないための、重要なひとつの方法といえるでしょう。 平和の鍵は、抑制力でも創造力でもない、想像力です。 そんな私はただの理想家なのかもしれないけど…。 ブックデータ.

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アンネの日記

アンネ の 日記 あらすじ

私は研究版(偽書説にこたえるためにオランダの公的機関が出版したもの)で読みました。 基本的に日記の内容は普通ですよね。 何々の勉強をした、誰誰が気に入らないというのがメインで、たまにちょっと真面目な話をする。 ママなんてくたばればいいなんて普通に書いたり、気に入らない同居人をけちょんけちょんに書いたりとそうとう子供っぽい内容でもあります。 ただ、彼女は父よりドイツ古典を多数与えられていたので同世代の子供よりはモノを見る目は鋭いし、表現力は豊か、というのが私の印象です。 逮捕されるまでに20冊ドイツ古典を読んだということなので、そのへんのぼんやりした子供よりも文章力はあってしかるべきでしょう。 また、アンネは出版を意識して日記を書いているので彼女の可能な範囲で洗練された文書を作ろうとしたわけですから、「同年代と比べて」そこそこ格調高い文章になるのは自然なことです。 彼女の筆跡鑑定でも、「同世代と比べて書字能力は高いが、異常な領域ではない」という評価がなされています。 ある一つの表現を、何らかの書物を通じて知ったとします。 そこから、その表現を使いこなす(的確に当てはめる)には、 それなりの鍛錬が必要かと思います。 アンネフランクは、いつどこで、その鍛錬を行ったのだろうか? 日記を通じて、それら全てが正確に使われています。 尚且つ、その表現の本質を大凡把握した上でユーモアへと昇華させています。 こんなことが、14歳前後の子供に出来るだろうか? 抽象的に捉えた事柄を抽象的なままに読み手に伝わるように書くことの難しさなど、卓越した能力に思えてなりません。 ま、子供ゆえに可能とも考えられます。 大人の場合であれば、抽象的に捉えた事柄を抽象的なまま誰かに伝えるなら、 比喩に頼るであろうとも推測しています。 知識は現代の日本の子供が知らないことを当時のドイツの子供は知っていたし、ドイツの子供が知らなかったことを日本の子供は知っている。 現代の日本の子供が書いたものをドイツ語やオランダ語に訳して当時に持って行ったら現地の子供は驚く。 文章の表現の仕方はオランダ語を日本語に訳す時に日本人の目には一見抽象的な表現に見える。 しかし日本語をオランダ語に訳すとオランダ人の目にはやはり抽象的で難解な表現に見える。 日本語には日本語の論理がありオランダ語にはオランダ語の論理がある。 それが違う。 違った論理で書かれた文章は違う論理の言語を使う人には抽象的で難解に感じられる。 ちなみにアンネの母語はドイツ語だが日記は当時アンネが住んでいたオランダ語で書いてある。 ドイツ語とオランダ語はかなり似ている。 方言の違いのようなもの。 普通に、アンネが書いたものだと思いました。 というか、今でも思ってます。 確か、最初に出版されたのは、性的な内容をお父さんが削いでしまったんだったと思いますが、今は完全版が出てますよね(記憶がかなり曖昧なんですが、違いましたっけ)? とても個人的な意見なんですが、質問者様はアンネと同年代の日本人と比べてるように感じました。 違かったら申し訳ないです。 日本の子どもたちって、結構幼いと思うんです。 話し方とか話の内容とか、物事に対する考え方とか。 私の中では、海外の子たちって視野が広く、大人びた考え方をしている子が多いイメージです。 また、アンネが生きたのは戦時中です。 隠れ家で息を潜めながら生活しなければならず、反りの合わないおじさんと同じ部屋で生活しなければいけなかったりもしたと思います。 そういった経験が、さらに大人びた考え方を持つようになった理由ではないかなと、勝手に思ってます。 13歳から15歳の少女が書いた日記として何の違和感もありません。 観察力に優れた少しオマセで前向きな少女によるユーモアに溢れた素晴らしい文章だと思います。 逆に感性豊かな少女だからこそ書けたのだと思います。 わたしは大人になって読みましたが非常に感動しました。 ちなみに『アンネの日記』は、オランダ語*で書かれています。 あなたが読まれた本は、文芸春秋が出版した深町真理子さんの訳だと思いますが、深町さんは英語ミステリーの翻訳家で知られており、この翻訳はオランダ語とその英訳本を底本として対比ながら訳しています。 オランダ語と英語は似ていますから、オランダ語の作品を翻訳する際には少数のオランダ語専門翻訳家に依頼するよりも、英訳本を手練れの英語翻訳家に依頼するケースが多いのだと思います。 オランダの絵本『うさこちゃん』の絵本も英語の翻訳家(石井桃子先生)が訳しています。 何が言いたいのかというと、英訳本は簡単に入手できますのでもしも英検2級(できたら準1級)以上の英語力があれば読み比べてみるといいと思います。 少女が書いた文章として違和感は感じられないと思います。 *注(オランダ語と非常に似てはいますが)ドイツ語ではありませんのでご注意ください。 アンネの隠れ家では、敵国ドイツ語は使用禁止なのです。 そもそも回答者の条件は読んだことのある人ですよね? この名作を読んだことがないのはもちろん、この程度の常識もないレベルで、日記は偽造だなんだと言ってくる人がいまだにいるのが驚きです。

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『アンネの日記』あらすじと内容・感想 【生きたいと願った少女が残した言葉】|しゅりブログ

アンネ の 日記 あらすじ

『アンネの日記』は、第二次世界大戦中にヒトラーによって迫害を受けたユダヤ人の少女、アンネ・フランクによって書かれた日記を、彼女の死後に父親のオットー・フランクが出版したものです。 ユダヤ人狩りから逃れるために、隠れ家での生活を余儀なくされたアンネ一家の様子やアンネ自身の心の葛藤などがつづられた作品で、長きにわたり読み伝えられています。 あらすじ 『アンネの日記』の舞台は、第二次世界大戦でドイツにより占領されたオランダ・アムステルダムです。 ドイツ労働者党によるユダヤ人の迫害から逃れるため、アンネ一家が隠れ家に移り住んだところから日記は始まります。 アンネは日記を「キティー」と名付け、まるで語りかけるような日記をつけ始めるのです。 アンネは父が会社を経営する比較的裕福な家に生まれ育ったため、隠れ家に移り住むことができますが、そうではない一般庶民は毎日のように強制収容所へ連行されていました。 そのような状況の中、13~15歳という多感な時期を過ごしたアンネはさまざまな思いを日記に託します。 周囲の人への不満、淡い恋心など、至って普通の女の子の日記かと思いきや、周囲の大人への批判や家族との軋轢など、とても15歳とは思えない鋭い洞察力なども垣間見えます。 隠れ家が密告されてしまい連行されるその日まで、アンネは日記を書き続けています。 その後フランク一家で一人だけ生還したアンネの父・オットーによって出版されたものが『アンネの日記』です。 登場人物 『アンネの日記』で押さえておきたい登場人物は、やはりアンネ一家と一緒に隠れ家で生活をしている人々でしょう。 アンネは子供ながら実に豊かな感性で、同居人たちを見つめています。 読み進めていくと、さまざまな出来事を通して登場人物それぞれの人物像が見えてきます。 アンネ・フランク オットーとエーディトの次女 戦争が終わったら作家になりたいと考えていた 発疹チフスにより強制収容所で死亡 オットー・フランク アンネの父 元ドイツ軍将校 アンネからは非常に敬愛されていた 連行後も生き残り日記の出版に尽力する エーディト・フランク アンネの母 アンネとは折り合いが悪い 姉のマルゴットのことはかわいがっている マルゴット・フランク アンネの姉 物静かで女の子らしい性格 日記からはペーターに若干思いを寄せていたと考えられる ペーター・ファン・ペルス 隠れ家の住人 ヘルマンとアウグステの長男 アンネと恋に落ちるが強制収容所に連行され死亡 ヘルマン・ファン・ペルス ペーターの父 フランク一家とは衝突が絶えなかった 連行後アウシュビッツ強制収容所にて死亡 アウグステ・ファン・ペルス ペーターの母 フランク一家との摩擦がたびたび見られる 逮捕後死亡と伝えられているがどこの収容所かは不明 フリッツ・プフェファー 歯科医 アンネとは折り合いが悪く日記では常に悪役となった 逮捕後ノイエンガンメ強制収容所で死亡 参考 出版までの経緯 『アンネの日記』はアンネたちが隠れ家に移り住んでからの様子が描かれていますが、その隠れ家での生活は2年足らずでした。 1944年8月4日、アンネたちは何者かの密告によって保安警察に逮捕され、それぞれ別の強制収容所に送られます。 アンネたちを匿っていたのは、オットーの会社の従業員だったミープ・ヒース。 ミープはアンネたちが連れ去られた後の隠れ家から、アンネの日記を見つけ保管していました。 8人の中で終戦を迎えることができたのはオットー・フランクだけでした。 オランダへ帰還したオットーは、ミープからアンネの日記を受け取り、自ら編集して出版に至ったのです。

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