に かん はっしょう いち だい ご え ふ。 八大地獄

はっかんのじ

に かん はっしょう いち だい ご え ふ

構成 [ ] 地獄の種別やその位置は、経典により差異があるが、八大地獄、百三十六地獄、六万四千地獄など様々な地獄が説かれる。 倶舎論の説 [ ] が住むの下、4万を過ぎて、最下層に無間地獄(むけんじごく)があり、その縦・広さ・深さは各2万由旬ある。 その上の1万9千由旬の中に、下から大焦熱・焦熱・大叫喚・叫喚・衆合・黒縄・等活の7つの地獄が重層しているという。 これらを総称して八大(八熱)地獄という。 これらの地獄にはそれぞれ性質があり、そこにいる衆生の寿命もまた異なるとされる。 また、八熱地獄の周囲ないし横に八寒地獄があるともいわれる。 長阿含経の説 [ ] 長阿含経(じょうあごんきょう)は原始仏教の経典とされ、それによると地獄は、八熱地獄と十地獄に大別され、八熱地獄に付随する小地獄は全て共通の十六種類であるという。 須弥山世界(仏教における、人間界を含む宇宙の全て)の一番外側を輪のように取り囲む 鉄囲山(てっちせん)は内と外の二重構造であり、その間に地獄や閻魔王宮があるとしている。 二重鉄囲山の間は太陽や月の光が届かない暗黒世界で、僧佉(そうきょ)という大風が常に吹き荒れている。 この風はもし人間界に吹いてきたら全てのものを吹き飛ばし粉々にしてしまう威力を持ち、さらに超高熱の炎と悪臭を伴っている。 人間界の物に例えるなら、大型爆弾などの爆風や炎、衝撃波あたりがイメージとして適当かと思われる。 現在と異なり、八熱地獄は階層構造ではなく、十地獄ともども世界をぐるりと取り囲む形で配置されている。 その名は第一地獄から順に、 1 想地獄、 2 黒縄地獄、 3 堆圧地獄、 4 叫喚地獄、 5 大叫喚地獄、 6 焼炙(しょうしゃ)地獄、 7 大焼炙(だいしょうしゃ)地獄、 8 無間地獄である。 想地獄は現在の等活地獄、焼炙・大焼炙地獄は焦熱・大焦熱地獄に対応していると思われるが、具体的な内容は不明。 八熱地獄に付随する小地獄もまた、現在の説と異なり全ての地獄で共通の十六種類が付く。 その名は 1 黒沙(こくしゃ)、 2 沸屎(ふっし)、 3 五百釘(ごひゃくちょう)、 4 飢(き)、 5 渇(かつ)、 6 一銅釜(いちどうふ)、 7 多銅釜(たどうふ)、 8 石磨(せきま)、 9 膿血(のうけつ)、 10 量火(りょうか)、 11 灰河(はいが)、 12 鉄丸(てつがん)、 13 釿斧(きんぷ)、 14 犲狼(さいろう)、 15 剣樹(けんじゅ)、 16 寒氷(かんぴょう)で、具体的な内容は伝わっていないものの、名前である程度は想像できると思われる。 さらにそれらとはまた別に十地獄が存在し、その名は 1 厚雲(こううん)、 2 無雲(むうん)、 3 呵呵(かか)、 4 奈呵(なか)、 5 羊鳴(ようめい)、 6 須乾提(しゅけんだい)、 7 憂鉢羅(うはつら)、 8 拘物頭(くもつず)、 9 分陀利(ぶんだり)、 10 鉢頭摩(はどま)で、罪の軽重などの落ちる条件、地獄の内容など、具体的な事は不明である。 正法念処経 [ ] 八熱地獄に付随する十六の小地獄があるとし、また各々の種別を挙げる。 八熱地獄の4面に4門があり、門外に各4つの小地獄があり、これを合して(十六遊増地獄、四門地獄、副地獄)という。 八熱地獄と合せば百三十六地獄となる。 小地獄は中央の八熱地獄の亡者(衆生)が迷い込む他、中央の地獄に落ちる条件の中でもさらに細かい条件に合ったものが落ち、例えば殺生をしたものが落ちる「等活地獄」の小地獄の場合、「鳥や鹿を殺した者」「生前に勝手気ままに殺生をした者」などといった条件を備えた小地獄があり、その内容も各地獄によって異なる。 その内容は、• 膝まで没するような熱灰の中を歩かされる「煻煨増(とういぞう)」• 糞尿と泥の河に沈められ、そこに巣食う虫たちに喰われる「屍糞増(しふんぞう)」• 無数の剣が刃を立てて並ぶ道・刀刃路、刃の葉を持つ林・剣葉林、無数の剣が生えた木を登り降りさせられる・鉄刺林、これらを備えた「鋒刃増(ほうじんぞう)」• 沸騰した灰水の河に落とされる「烈河増(れっかぞう)」 といわれている。 八寒地獄にもそれぞれ十六小地獄があると言われているが、具体的な内容は伝わっていない。 八熱地獄及び対応する罪 [ ] 等活(とうかつ)地獄 [ ] 殺生。 想地獄の別名を持つ。 いたずらに生き物の命を断つ者がこの地獄に堕ち、ケラ・アリ・蚊(カ)・蝱(アブ)の小虫を殺した者も、懺悔しなければ必ずこの地獄に堕ちると説かれている。 また、生前争いが好きだった者や、反乱で死んだ者もここに落ちると言われている。 (地上の世界、人間界)の地下、1千由旬にある。 縦広斉等にして1万由旬ある。 この中の衆人たちは互いに害心を抱き、自らの身に備わった鉄の爪や刀剣などで殺し合うという。 そうでない者もに身体を切り裂かれ、粉砕され、死ぬが、涼風が吹いて、また獄卒の「活きよ、活きよ」の声で等しく元の身体に生き返る、という責め苦が繰り返されるゆえに、等活という。 ただし、この「死んでもすぐに肉体が再生して何度でも責め苦が繰り返される」現象は、他の八大地獄や小地獄にも共通することである。 この地獄における衆人の寿命は500歳である。 ただし、通常の500歳ではなく、人間界の50年を第一(四大王衆天)の一日一夜とした場合の500年が等活地獄の一日一夜であり、それが500年にわたって続くので、人間界の時間に換算すると 1兆6653億1250万年にわたって苦しみを受けることになる(1年を365日とした場合の計算。 以下も同様)。 しかし、それを待たず中間で死ぬ者もいる。 そこにいる衆生の悪業にも上中下の差別があるので、その命にもまた上中下の差別がある。 業の多少・軽重に応じて、等活地獄の一処だけで受くか、もしくは二処、三処、四処、五処、六処と、最後は十六処まで悪業が尽きるまで苦痛を受ける。 この一処、二処というのが、十六小地獄を順番に回っていくことなのか、それとも時間の区切りなのかは判然としない。 十六小地獄の内容については を参照。 黒縄(こくじょう)地獄 [ ] 殺生、盗み。 殺生のうえに偸盗(ちゅうとう)といって盗みを重ねた者がこの地獄に堕ちると説かれている。 等活地獄の下に位置し、縦横の広さは等活地獄と同じである(以下、大焦熱地獄まで広さは共通)。 獄卒は罪人を捕らえて、熱く焼けた鉄の地面に伏し倒し、同じく熱く焼けた縄で身体に墨縄をうち、これまた熱く焼けた鉄の斧もしくは鋸(のこぎり)でその跡にそって切り、裂き、削る。 また左右に大きく鉄の山がある。 山の上に鉄の幢(はたほこ)を立て、鉄の縄をはり、罪人に鉄の山を背負わせて縄の上を渡らせる。 すると罪人は縄から落ちて砕け、あるいは鉄の鼎(かなえ)に突き落とされて煮られる。 この苦しみは、先の等活地獄の苦しみよりも10倍である。 人間界の100年は、六欲天の第二の(とうりてん)の一日一夜である。 その忉利天の寿命は1000歳である。 この天の寿命1000歳を一日一夜として、この第二の黒縄地獄における衆人の寿命は1000歳である。 人間界の時間では13兆3225億年に当たる。 ここにも十六小地獄があるはずだが、「正法念処経」には三種類の名前しか伝わっていない。 詳しくは を参照。 衆合(しゅごう、しゅうごう)地獄 [ ] 殺生、盗み、邪淫。 堆圧地獄の別名を持つ。 先の二つに加えて淫らな行いを繰り返した者が落ちる。 黒縄地獄の下に位置し、その10倍の苦を受ける。 多くの罪人が、相対する鉄の山が両方から崩れ落ち、圧殺されるなどの苦を受ける。 剣の葉を持つ林の木の上に美人が誘惑して招き、罪人が登ると今度は木の下に美人が現れ、その昇り降りのたびに罪人の体から血が吹き出す。 鉄の巨象に踏まれて押し潰される。 人間の200歳を第三のの一日一夜として、さらにその2000年をこの地獄の一日一夜として、この地獄での寿命は2000歳という。 これは人間界の時間に換算すると106兆5800億年に当たる。 十六小地獄の内容についてはを参照。 叫喚(きょうかん)地獄 [ ] 殺生、盗み、邪淫、飲酒。 「飲酒」という項目があるが、ただ酒を飲んだり売買した者は、この地獄には堕ちない。 酒に毒を入れて人殺しをしたり、他人に酒を飲ませて悪事を働くように仕向けたりすることなどが叫喚地獄に堕ちる条件になる。 衆合地獄の下に位置し、その10倍の苦を受ける。 熱湯の大釜や猛火の鉄室に入れられ、号泣、叫喚する。 その泣き喚き、許しを請い哀願する声を聞いた獄卒はさらに怒り狂い、罪人をますます責めさいなむ。 頭が金色、目から火を噴き、赤い服を着た巨大な獄卒が罪人を追い回して弓矢で射る。 焼けた鉄の地面を走らされ、鉄の棒で打ち砕かれる。 人間の400歳を第四のの一日一夜とする。 その兜率天の4000年を一日一夜として、この地獄における寿命は4000歳という。 これは人間界の時間で852兆6400億年に当たる。 十六小地獄の内容については を参照。 大叫喚(だいきょうかん)地獄 [ ] 殺生、盗み、邪淫、飲酒、妄語(うそ)。 叫喚地獄の下に位置し、その10倍の苦を受ける。 叫喚地獄で使われる鍋や釜より大きな物が使われ、更に大きな苦を受け叫び喚(な)く。 人間の800歳は、第五のの一日一夜として、寿8000歳という。 その8000歳を一日一夜として、この地獄での寿命は8000歳である。 これは人間界の時間で6821兆1200億年に当たる。 十六小地獄といいつつ、この大叫喚地獄のみ18種類の名が伝わっている。 理由は不明。 内容については を参照。 大叫喚地獄の下に位置し、その10倍の苦を受ける。 常に極熱で焼かれ焦げる。 赤く熱した鉄板の上で、また鉄串に刺されて、またある者は目・鼻・口・手足などに分解されてそれぞれが炎で焼かれる。 この焦熱地獄の炎に比べると、それまでの地獄の炎も雪のように冷たく感じられるほどであり、豆粒ほどの焦熱地獄の火を地上に持って来ただけでも地上の全てが一瞬で焼き尽くされるという。 人間界の1600歳は、の一日一夜として、その寿1万6000歳である。 その1万6000歳を一日一夜として、この地獄での寿命は1万6000歳という。 これは人間界の時間で5京4568兆9600億年に当たる。 小地獄の内容については を参照。 焦熱地獄の下に位置し、前の6つの地獄の一切の諸苦に10倍して重く受ける。 また更なる極熱で焼かれて焦げる。 その炎は最大で高さ500由旬、横幅200由旬あるという。 罪人の苦しみの声は地獄から3000由旬離れた場所でも聞こえる。 この地獄に落ちる罪人は、死の三日前から中有(転生待ち)の段階にも地獄と同じ苦しみを受ける。 この地獄における寿命は、人間界の3200歳を一日一夜とした場合の3万2000歳を一日一夜として3万2000歳であり、人間界の時間では43京6551兆6800億年に当たる。 また、この期間を半とも呼ぶ。 小地獄の内容については を参照。 地獄の最下層に位置する。 大きさは前の7つの地獄よりも大きく、縦横高さそれぞれ2万由旬(8万由旬とする説もある)。 最下層ゆえ、この地獄に到達するには、真っ逆さまに(自由落下速度で)落ち続けて2000年 、かかるという。 前の七大地獄並びに別処の一切の諸苦を以て一分として、大阿鼻地獄の苦、1000倍もあるという。 剣樹、刀山、湯などの苦しみを絶え間(寸分・刹那)なく受ける。 背丈が4由旬、64の目を持ち火を吐く奇怪な鬼がいる。 舌を抜き出されて100本の釘を打たれ、毒や火を吐く虫や大蛇に責めさいなまれ、熱鉄の山を上り下りさせられる。 これまでの7つの地獄でさえ、この無間地獄に比べれば夢のような幸福であるという。 この地獄における寿命は、人間界の6400歳を一日一夜とした場合の6万4000歳を一日一夜として6万4000歳であり、人間界の時間では349京2413兆4400億年に当たる。 また、この期間を一とも呼ぶ。 この一中劫の長さに関する説明としては、「この人寿無量歳なりしが100年に一寿を減じ、また100年に一寿を減ずるほどに、人寿10歳の時に減ずるを一減という。 また10歳より100年に一寿を増し、また100年に一寿を増する程に、8万歳に増するを一増という。 この一増一減の程をとして、20の増減を一中劫という」とする表現もあり、これも人間界の年月に換算すると349京2413兆4400億年になる(1年を365日とした場合)。 また、一説によると、この地獄における寿命は、人間界の8000歳を一日一夜とした場合の8万歳を一日一夜として8万歳とも言われ 、この場合は人間界の時間で682京1120兆年に相当する計算になる。 いずれにせよ、この地獄に落ちた者は気が遠くなるほどの長い年月にわたって、およそ人間の想像を絶する最大の苦しみを休みなく受け続けなければならない。 この他、一中劫の長さを表す喩えとしては、「縦横高さがそれぞれの巨大な正方形の石を、100年に一度ずつ柔らかな木綿の布で軽く払い、その繰り返しで石がすり減って完全になくなるまでの時間である」とか、「縦横高さがそれぞれの巨大な城にがぎっしり詰まっており、その中から100年に一粒ずつケシ粒を取り出していって、城の中のケシ粒が完全になくなるまでの時間である」などとも言われる。 この地獄に堕ちたる者は、これほど久しく無間地獄に住して大苦を受くという。 小地獄の内容については を参照。 八寒地獄(参考) [ ] 八寒地獄の名称は次のとおり。 頞部陀(あぶだ)地獄 Arbuda 八寒地獄の第一。 寒さのあまり鳥肌が立ち、身体にを生じる。 「あばた」という語源自体が、この「あぶだ」が由来となっている(藤井正雄 『仏教早わかり事典』 日本文芸社 1997年 p. 254. 尼剌部陀(にらぶだ)地獄 Nirarbuda 八寒地獄の第二。 鳥肌が潰れ、全身にあかぎれが生じる。 頞哳吒(あたた)地獄 Atata 八寒地獄の第三。 寒さによって「あたた」という悲鳴を生じるのが、名前の由来。 以下「虎虎婆」まで共通。 臛臛婆(かかば)地獄 Hahava 八寒地獄の第四。 寒さのあまり舌がもつれて動かずしか出ない。 虎虎婆(ここば)地獄 Huhuva 八寒地獄の第五。 寒さのあまり口が開かずしか出ない。 嗢鉢羅(うばら)地獄 Utpala 八寒地獄の第六。 全身が凍傷のためにひび割れ、青い蓮のようにめくれ上がる事から「青蓮地獄」とも呼ばれる。 鉢特摩(はどま)地獄 Padma 意訳で「 紅蓮地獄」とも呼ばれる八寒地獄の第七。 鉢特摩(はどま)はを意味するの音写。 ここに落ちた者は酷い寒さにより皮膚が裂けて流血し、紅色の蓮の花に似るという。 摩訶鉢特摩(まかはどま)地獄 Mahapadma 意訳で「 大紅蓮地獄」とも呼ばれる八寒地獄の第八。 八寒地獄で最も広大。 摩訶(まか)は大を意味するの音写。 ここに落ちた者は、紅蓮地獄を超える寒さにより体が折れ裂けて流血し、紅色の蓮の花に似るという。 脚注 [ ]• 閏年、閏秒、終端速度を考慮せず重力加速度が地球と同じ 9. 80665m毎秒毎秒 と仮定すると、630億7200万秒間落下するため、到達時は6億1852万5028. さらに落下距離としては約200万光年である。 立風書房 ジャガーバックス:木谷恭介著『地獄大図鑑』1976年発行(絶版) 関連項目 [ ]•

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一大事因縁

に かん はっしょう いち だい ご え ふ

と釈しています。 つまり、「一」とは一実相。 その一とは、五・三・七等と相対したものではなく、すべてを 具 そな える根本的・絶対的な一をいう。 その一実相は、一切の法界を具え、広大なる故に「大」という。 この一実相を実際の化導という事相の上に説くのが諸仏出世の本懐の儀式であるから「事」という。 そして「因」とは、 一 いち 乗 じょう 純 じゅん 円 えん の 機 き 根 こん を有する衆生が仏を感ずること。 「縁」とは、仏が 純 じゅん 円 えん 一 いち 実 じつ の衆生の機に応ずること。 この一大事因縁こそが仏の出世の本意なのである、と教えています。 「 汎 ひろ く出世の大事を論ずるに 即 すなわ ち三意有り。 一には、 迹 しゃく 門 もん の 顕 けん 実 じつ を出世の大事と為す(中略)二には、 寿 じゅ 量 りょう の 顕 けん 本 ぽん を出世の大事と為す(中略)三には、 文 もん 底 てい の 秘 ひ 法 ほう を出世の大事と為す(中略)此くの如き三義、浅きより深きに至って第三の 最 さい 極 ごく なり。 然 しか るに 本 ほん 化 げ (地涌の菩薩)の 涌 ゆ 出 じゅつ は、 此 こ の第三の最極の秘法の末法流布の 瑞 ずい 相 そう なり」(御書文段 371頁) 一は、 権実 ごんじつ 相対の意で、 方 ほう 便 べん 権 ごん 教 きょう を開いて真実の法華経(迹門)をもって出世の本懐とします。 二は、 本 ほん 迹 じゃく 相対の意で、法華経本門の『寿量品』の 発 ほっ 迹 しゃく 顕 けん 本 ぽん をもって出世の本懐とします。 そして三は、 種 しゅ 脱 だつ 相対の意で、『寿量品』の 文 もん 底 てい 下 げ 種 しゅ の妙法を 開 かい 顕 けん することを出世の本懐とし、それは地涌の再誕、末法の御本仏である大聖人の最極深秘の法門です。 『得受職人功徳法門抄』に、 「一は 謂 い わく、本門の本尊なり。 是れ 則 すなわ ち 一 いち 閻 えん 浮 ぶ 提 だい 第一の故なり、又閻浮提の中に二無く 亦 また 三無し、是の故に一と 云 い うなり。 大は謂わく、本門の戒壇なり。 旧より 勝 すぐ るるなりと 訓 くん ず、権迹(権教と法華迹門)の諸戒に勝るるが故なり、又最勝の地を 尋 たず ねて建立するが故なり。 事は謂わく、本門の題目なり。 理に 非 あら ざるを事と 曰 い う、是れ天台の理行に非ざる故なり。 又事を事に行ずるが故に事と言うなり。 並びに両意を存す、 乃 すなわ ち是れ 待 たい 絶 ぜつ なり。 於 あ 戯 あ 天晴れぬれば地明らかなり、 吾 わ が祖の本懐 掌 たなごころ に 在 あ らんのみ」(六巻抄 41頁).

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一大事因縁

に かん はっしょう いち だい ご え ふ

皆さんは、瀟湘八景(しょうしょうはっけい)という山水図(さんすいず)の画題(がだい)を知っていますか?「近江(おうみ)八景や金沢(かなざわ)八景ならどこかで聞いたことがあるので、もしかするとその親戚(しんせき)かもしれない」と考えた人は、きっと豊かな想像力(そうぞうりょく)の持ち主です。 実は近江八景も金沢八景も、この瀟湘八景になぞらえて生み出されたものだからです。 ですから、親戚というよりはむしろ本家本元(ほんけほんもと)、元祖(がんそ)と呼んだ方がより正解に近いといえましょう。 瀟湘とは中国(ちゅうごく)の湖南省(こなんしょう)を流れるふたつの河(かわ)の名前(瀟水(しょうすい)・湘水(しょうすい))に基(もと)づく地名で、これらが合流(ごうりゅう)して洞庭湖(どうていこ)という大きな湖(みずうみ)にそそぐ地域(ちいき)をこう呼んでいます。 中国有数(ゆうすう)の景勝地(けいしょうち)として名高(なだか)いこの瀟湘の地は古くからさまざまな神話(しんわ)や伝説(でんせつ)に育(はぐく)まれ、数多くの詩人(しじん)や画家(がか)たちが訪(おとず)れました。 美しい場所を一目見たいという欲望(よくぼう)は、いつの世も変わるものではありません。 北宋(ほくそう)時代(11世紀)に活躍(かつやく)した画家・宋廸(そうてき)もそんなひとりだったのですが、彼はそこで八通りの景観(けいかん:景色(けしき))を選び絵画化しました。 これが瀟湘八景のはじまりです。 残念なことに宋廸が描(えが)いた瀟湘八景図は遺(のこ)っていませんが、史料(しりょう)によると、彼が選んだ景観は次のようなものでした。 市(いち)のにぎわい(山市晴嵐(さんしせいらん))、遠く海上を帆船(はんせん)が行(ゆ)き交(か)うさま(遠浦帰帆(えんぽきはん))、のどかな漁村(ぎょそん)の光景(こうけい)(漁村夕照(ぎょそんせきしょう))、ひっそりとした山あいの寺の鐘(かね)がゴーンと鳴るところ(遠寺晩鐘(えんじばんしょう))、しとしとと降(ふ)る夜の雨(瀟湘夜雨(しょうしょうやう))、湖上(こじょう)に浮かぶ月(洞庭秋月(どうていしゅうげつ))、砂浜に雁が舞(ま)い降(お)りるところ(平沙落雁(へいさらくがん))、山に雪が降(ふ)り積(つ)もるさま(江天暮雪(こうてんぼせつ))。 どれも私たちの心に染(し)み込(こ)んでくるような風情(ふぜい)のあるものばかりですが、ここで面白(おもしろ)いのは八景の選び方です。 どの景観も四季(しき)や晴雨(せいう)などの気象(きしょう)、昼や夜などの時刻(じこく)の違いを強く意識して選んでいることに気づかれるでしょう。 さて、中国で成立したこの瀟湘八景は、詩文(しぶん)や絵画作品などを通じて、遅(おそ)くとも鎌倉(かまくら)時代ころにはわが国でもよく知られるようになりました。 当時の人びとは文化先進国(ぶんかせんしんこく)の中国に強い憧(あこが)れを抱(いだ)いていたので、中国の一大名勝地(いちだいめいしょうち)・瀟湘への関心(かんしん)はとりわけ強いものがあったようです。 といって簡単(かんたん)に訪(たず)ねることなどとてもできないわけですから、画家にその絵を描かせることで瀟湘の地に想(おも)いを馳(は)せたのでした。 鑑賞者(かんしょうしゃ)はまさに居(い)ながらにして瀟湘の地を散策(さんさく)する気分(きぶん)に浸(ひた)っていた、というわけです。 ここで、狩野派(かのうは)の二代目(にだいめ)・元信(もとのぶ:1477?~1559)の手になる瀟湘八景図(東海庵(とうかいあん)蔵)四幅対(ふくつい)のうちの一幅を見てみましょう。 重要文化財 瀟湘八景図(四幅対のうち) 狩野元信筆 <東海庵蔵> ここには八景のうちの二景が描かれているのですが、わかりますか。 画面中ほどの山の急斜面(きゅうしゃめん)にたつ寺が遠寺晩鐘、また画面下に配(はい)された小さな舟(ふね)と干(ほ)した網(あみ)が漁村夕照です。 このように、当時の人びとも八景を象徴(しょうちょう)する題材(だいざい)を探(さが)すことで、知らず知らず絵の中に深く入(はい)り込(こ)んでいったのでしょう。 なかなか優雅(ゆうが)な遊びだったと思いませんか? 最後にもうひとつ、八景図の楽しみ方を教えましょう。 先に触(ふ)れたように瀟湘八景には特定の山とか建物は描かれないので、景観の組み合わせ方や全体の構図(こうず)などは画家がかなり自由に決められます。 そのため、一景を一図に描くのを基本(きほん)として先の元信画のような二景ずつで四幅対としたのものや、相国寺(しょうこくじ)の画僧(がそう)・是庵(ぜあん:1486〜1581)が描いたような四景ずつ二幅対のもの(京都国立博物館蔵)、さらに八景すべてを一幅に収(おさ)め込んだものも制作(せいさく)されました。 夏と冬、晴れと雨、そして昼と夜をあらわす景観がひとつの画面内にどのようにうまく配されているか。 そんな組み合わせの妙(みょう)を楽しむことも、瀟湘八景図ならではの鑑賞法といえましょう。 瀟湘八景図(二幅対のうち) 是庵筆 <京都国立博物館蔵> 美術室 山本 2000年6月10日.

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