大洗 鹿島 線。 鹿島線

鹿島臨海鉄道(大洗鹿島線)の通過連絡運輸について

大洗 鹿島 線

停車駅一覧• 乗換路線• 乗換路線 乗換路線はありません• 乗換路線 乗換路線はありません• 乗換路線 乗換路線はありません• 乗換路線 乗換路線はありません• 乗換路線 乗換路線はありません• 乗換路線 乗換路線はありません• 乗換路線 乗換路線はありません• 乗換路線 乗換路線はありません• 乗換路線 乗換路線はありません• 乗換路線 乗換路線はありません• 乗換路線 乗換路線はありません• 乗換路線 乗換路線はありません• 乗換路線 乗換路線はありません• 乗換路線.

次の

鹿島線

大洗 鹿島 線

路線データ [編集 ]• 管轄(事業種別):鹿島臨海鉄道()• 路線距離():53. 0km• :1067mm• 駅数:15駅(起終点駅含む)• 複線区間:なし(全線)• 電化区間:なし(全線)• :特殊自動閉塞式(軌道回路検知式)• 保安装置:• 最長トンネル:大貫トンネル 1380m 路線概要 [編集 ] 水戸 - 大洗間 [編集 ] 水戸の近郊エリアとして通勤・通学や、水族館()や、、といったマリンレジャースポットが多数点在するへのアクセスに利用される。 この区間の運転本数は1時間に2 - 3本ほどあり、の地方鉄道線としては比較的列車密度が高い。 水戸 - 大洗間の区間列車が約半数を占めており、旅客輸送においては重要な拠点駅となっている。 大洗 - 新鉾田間 [編集 ] この区間はの海岸線に沿って進むが、5kmほど距離を置いて走行するため、車窓からが映る区間はない。 農地が続く平地を直線状に路線が敷かれ、駅間距離も5kmほどと長いために、ローカル線の気動車ながら走行速度は高い。 大洗より南は、列車本数は1時間に1本ほどと少なくなる。 は途中駅としては大洗駅に次いで利用者数が多く、大洗鹿島線における拠点駅の一つである。 大洗鹿島線の開通によって、鉾田市(開通当時は鉾田町)から水戸市までの移動時間が大幅に短縮された。 鉾田市には(旧、2007年廃止)のがあり、鉾田市にとっては大洗鹿島線は初めての鉄道路線ではなかったが、開通時は大洗町と同様に地元からの歓迎を受けた。 大洗鹿島線の新鉾田駅と鹿島鉄道の鉾田駅(現在はのみ存続)は、道のりで2kmほど離れている。 新鉾田 - 鹿島サッカースタジアム間 [編集 ] と鹿島灘の間を走行し、大洋 - 鹿島サッカースタジアム間は鹿島灘の沿岸から2kmほどの距離を置いて走行する。 大洗鹿島線の終点は鹿島サッカースタジアム駅だが、での試合開催日以外は旅客営業を行なわないため通過するである。 大洋 - 鹿島サッカースタジアム間は、と並行する。 鹿島サッカースタジアム - 鹿島神宮間は(JR東日本)に乗り入れる。 歴史 [編集 ] 別表第39号「茨城県水戸ヨリ鉾田ヲ経テ鹿島ニ至ル鉄道」である。 国有鉄道()が路線決定したのは、(大正11年)のことであった。 (国鉄)の( - )は、(昭和45年)に開業し、北鹿島(現・鹿島サッカースタジアム)以北の水戸へ至る鉄道を延伸する工事が続けられてきた。 (昭和55年)の施行時には鉄建公団により建設中で、開業後の輸送密度が4000人以上見込めるとして工事が続行されたが、完成目前になって、大洗鹿島線の経営主体問題が生じた。 当時の国鉄は、地方交通線の分離方針から国鉄直営での開業は不可能となり、での運営を希望した。 これを承け茨城県では、(昭和59年)、鹿島臨海鉄道による引き受けを決定し、翌(昭和60年)に開業した。 建設途中の国鉄新線が、赤字経営の国鉄の工事凍結を免れ、第三セクター線として開業した全国で初めての路線であった。 当初は特急列車を運行する計画があったため、単線ながら高規格な設計になっている。 踏切は、水戸駅近辺の常磐線と並行する部分にJRが設置している2箇所以外には存在しない。 年表 [編集 ]• (昭和60年):水戸 - 北鹿島(現・鹿島サッカースタジアム)間 53. 0km 開業。 国鉄鹿島線鹿島神宮駅まで直通運転。 快速を運転開始。 (平成元年):全線で貨物営業開始。 (平成2年):長者ヶ浜潮騒はまなす公園前駅新設。 (平成4年):7000形気動車による快速「」運転開始。 (平成6年):北鹿島駅を鹿島サッカースタジアム駅に改称。 サッカー試合開催日の一部列車のみ旅客営業開始。 (平成8年):設定廃止。 (平成10年):快速「マリンライナーはまなす」廃止(翌年より土日限定の臨時列車として運転)。 (平成13年):ワンマン運転開始。 (平成16年):大洗鹿島線COMBAT()導入プロジェクト立ち上げ。 (平成17年):常澄 - 大洗間でCOMBATの表示機能運用開始。 (平成23年):()の被害を受け、全線が不通となる。 :水戸 - 大洗間運転再開。 :大洋 - 鹿島サッカースタジアム間運転再開。 JR鹿島線鹿島神宮 - 鹿島サッカースタジアム間が未復旧のため、鹿島サッカースタジアム駅に全列車が停車し(応急的営業)、代行バスと連絡。 また、大洋駅 - 新鉾田駅間で代行バスの運転開始。 :大洗 - 新鉾田間運転再開。 :JR鹿島線との直通運転再開。 これに伴い、7日からの鹿島サッカースタジアム駅の応急的営業は終了。 :大洋駅 - 新鉾田駅間運転再開し全線で運行再開。 大洋駅 - 新鉾田駅間の代行バスは11日限りで運転終了。 運行形態 [編集 ] 路線上の終点である鹿島サッカースタジアム駅を通る水戸方面との列車はすべて鹿島臨海鉄道所有ので運行され、JRまで一区間乗り入れる。 列車は1両あたり定員120名・通常2両編成ので、途中ある13駅のうち、とを除いて無人駅である。 鹿島サッカースタジアム駅はサッカー開催日のみ営業する臨時駅で、1994年に貨物駅であった北鹿島駅を改称して旅客扱いを始めたものである。 旅客営業を行わない日はすべての列車が通過扱いで、一部がのためにを行うだけである。 列車としては、毎時1本の水戸 - 鹿島神宮間を運行する列車のほか、水戸 - 大洗間の列車も多く設定されており水戸周辺の地域輸送の便を図っている。 水戸 - 新鉾田間の区間列車も数本設定されている。 1985年の開業時は、水戸 - 鹿島神宮駅間(約56キロ)を所要時間1時間15分で1日14往復し 、快速列車も朝夕1本ずつ設定され、同区間を56分で結んだ。 鹿島サッカースタジアム駅までの鹿島線は直流1500Vでされており、が定期の牽引等で入線する。 開催時に東京方面からJR東日本のを鹿島サッカースタジアム駅まで運転する輸送計画が立てられたが、前年に起きたを教訓に、利用客集中による警備上の問題から見送られた。 その後、2006年7月15日の2006に際して、初めてJR東日本の旅客車両が鹿島サッカースタジアム駅まで臨時列車として営業運行され、以後は多客が見込める場合に、JR東日本の臨時増発列車が乗り入れることもある。 開業後の数年間、シーズンにJR東日本からの気動車による臨時「おおあらい」(後にになる)が水戸駅から大洗駅まで乗り入れていた。 また、から・経由の臨時普通列車「大洗エメラルド」も機関車牽引の客車列車で大洗駅まで運転された。 機関車牽引の旅客列車については、の関係上自社のではなく、国鉄およびJR東日本のが牽引していた。 マリンライナーはまなす [編集 ] 1992年から1998年 まで、で定期運行されていた有料。 水戸 - 鹿島神宮間に2往復、水戸 - 大洗間に2往復が運行されていた。 で行われる開催中はJRまで延長運転を行うことがあった。 なお、乗車の際にはのほかに「マリンライナーはまなす券」()200円が必要だった(券は車内で販売)。 では乗車できないため、通勤・通学利用向きの列車ではなかった。 当時の停車駅は以下のとおり。 水戸 - 大洗 - 鹿島旭 - 新鉾田 - 大洋 - 鹿島大野 - 鹿島神宮 (- 潮来) 定期運行廃止後も、あやめ祭り期間等に臨時列車として運転したことがあった。 なお、このときは水戸 - 潮来間各駅停車(JR鹿島線内のも停車)で、特別料金は不要であった。 なお、「マリンライナーはまなす」とは別に1985年の開業時から、水戸 - 鹿島神宮間にによる料金不要の快速(1986年から「はまなす」の愛称が付く)が1往復運転されていたが、これも1998年に廃止されている。 列車名のは鹿嶋市の市の花である。 ハマナス自生南限地帯が鹿嶋市内にあり 、国のに指定されている。 最寄り駅は。 - にも、臨時列車として水戸 - 大洗間を運行していた。 利用状況 [編集 ] 輸送実績 [編集 ] 大洗鹿島線の近年の輸送実績を下表に記す。 表中、輸送人員の単位は万人。 輸送人員は年度での値。 表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。 1 11. 9 14. 8 36. 8 1,924 開業 1986年(昭和61年) 22. 0 85. 1 115. 7 222. 8 2,190 1987年(昭和62年) 26. 7 104. 0 120. 9 251. 6 2,443 1988年(昭和63年) 28. 7 119. 4 130. 9 279. 0 2,718 1989年(平成元年) 28. 9 132. 7 143. 2 304. 8 2,939 1990年(平成2年) 31. 4 148. 6 154. 6 334. 6 3,158 長者ヶ浜潮騒はまなす公園前駅新設 1991年(平成3年) 35. 5 156. 0 160. 6 352. 1 3,226 1992年(平成4年) 38. 4 164. 4 156. 0 358. 8 3,310 1993年(平成5年) 37. 5 163. 9 156. 9 358. 3 3,378 鹿島サッカースタジアム駅旅客営業開始 1994年(平成6年) 36. 7 163. 3 153. 3 353. 3 3,345 1995年(平成7年) 38. 8 158. 7 151. 6 349. 1 3,272 1996年(平成8年) 39. 0 154. 7 146. 4 340. 1 3,130 1997年(平成9年) 36. 5 144. 2 136. 2 316. 9 2,873 1998年(平成10年) 38. 0 142. 4 129. 9 310. 3 2,779 1999年(平成11年) 36. 2 140. 2 122. 7 299. 1 2,627 2000年(平成12年) 37. 1 135. 6 117. 9 290. 6 2,527 2001年(平成13年) 34. 7 130. 3 115. 5 280. 5 2,474 2002年(平成14年) 32. 5 126. 4 113. 5 272. 4 2,453 2003年(平成15年) 32. 4 125. 4 100. 5 258. 3 2,310 2004年(平成16年) 31. 7 121. 8 96. 6 250. 1 2,230 2005年(平成17年) 94. 3 247. 7 2006年(平成18年) 94. 1 245. 0 2007年(平成19年) 92. 9 244. 8 2008年(平成20年) 34. 2 119. 2 90. 4 243. 8 2009年(平成21年) 31. 9 118. 5 87. 0 237. 4 2010年(平成22年) 28. 8 114. 9 78. 8 222. 6 2011年(平成23年) 24. 2 96. 0 65. 4 185. 6 東日本大震災 2012年(平成24年) 29. 1 107. 3 78. 4 214. 8 2013年(平成25年) 81. 6 218. 0 2014年(平成26年) 2015年(平成27年) 2016年(平成28年) 1,923 収入実績 [編集 ] 大洗鹿島線の近年の収入実績を下表に記す。 表中、収入の単位は千円。 数値は年度での値。 表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。 全駅に所在• 8 3. 5 8. 3 11. 4 18. 0 | 4. 8 22. 9 26. 3 31. 9 34. 9 | 4. 1 39. 1 43. 1 | 3. 0 46. 3 48. 4 | 1. 7 50. 1 | () 2. 9 53. JR東日本と同型の端末が設置されている。 自動券売機が設置されている無人駅はない。 鹿島サッカースタジアム駅は貨物駅・としては常設。 運賃について [編集 ] 路線上の終点(境界)は鹿島サッカースタジアム駅であるが、通常は旅客扱いを行わず、JR鹿島線に乗り入れて鹿島神宮駅まで運転され、鹿島神宮駅が佐原方面とのとなる。 そのため、大洗鹿島線で鹿島神宮駅を経由する場合、JRの鹿島サッカースタジアム駅までの運賃と鹿島臨海鉄道の運賃が発生する(最短区間である鹿島神宮 - 荒野台間は特別連絡運賃が設定されている)。 このため、JRの在来線を乗車可能な(、など)で鹿島神宮駅から大洗鹿島線へ乗り越す(あるいは大洗鹿島線から鹿島神宮駅を経由してJRへ乗り越す)ために、鹿島サッカースタジアム駅が旅客営業していない日にも、鹿島サッカースタジアム駅発着の乗車券が発売(あるいは乗り越し精算)される。 ・などのを使っての乗車(運賃支払い)はできない。 なお、大洗鹿島線を経由したの扱いが、区間を限定して( - ・鹿島線 - 鹿島神宮 - 大洗鹿島線 - 水戸 - 常磐線・水郡線方面)設定されている。 大人普通旅客運賃(小児半額・10円未満切り上げ)。 2019年10月1日改定。 1985年の開業当時は、水戸 - 大洗間が240円、水戸 - 鹿島神宮間が1220円かかった。 キロ程 運賃(円) 初乗り3km 180 4 - 8 220 9 240 10 260 11 290 12 330 13 350 14 370 15 400 16 420 17 450 18 470 19 500 20 520 21 560 22 590 キロ程 運賃(円) 23 610 24 640 25 660 26 690 27 710 28 740 29 770 30 800 31 820 32 850 33 870 34 900 35 920 36 960 37 990 38 1,020 キロ程 運賃(円) 39 1,040 40 1,060 41 1,090 42 1,110 43 1,140 44 1,160 45 1,180 46 1,210 47 1,240 48 1,260 49 1,290 50 1,310 51 1,340 52 1,370 53 1,400• 寺田裕一『データブック日本の私鉄』ネコ・パブリッシング、2002年、p. 190• 『国鉄監修 交通公社の時刻表』1985年7月号・1986年6月号、日本交通公社出版事業局(現:)• 『JTB時刻表』1995年4月号p. 623、1996年3月号p. 623、1997年3月号p. 625、1998年7月号p. 625• 茨城県教育委員会. 2017年9月6日閲覧。 鉄道ホビダス 2009年4月17日. 2015年3月12日閲覧。 - 鹿島臨海鉄道、2019年9月5日(2019年10月9日閲覧)• - 鹿島臨海鉄道(2019年10月9日閲覧)• - 鹿島臨海鉄道(2019年10月9日閲覧) 関連項目 [編集 ]• 外部リンク [編集 ]•

次の

鹿島臨海鉄道大洗鹿島線の路線図

大洗 鹿島 線

概要 [ ] 成田線のから側の1駅先にあるから分岐し、や十二橋めぐりなどのの観光地を持つ、やのある鹿嶋市の中心であるを経由し、を終点とする。 によって建設され、開業はと比較的新しい路線である。 国家的な開発プロジェクトであった鹿島臨海工業地帯の開発・発展に寄与するため、現在のの営業路線(・)と共々に計画・建設され、香取駅 - 北鹿島駅(現在の鹿島サッカースタジアム駅)間が(国鉄)の「鹿島線」として開業した。 日本鉄道建設公団によって建設された路線であるため、全線のほとんどが高架路線となっている。 との分岐点を過ぎると、鹿島線内にははひとつもない。 このことは接続先の大洗鹿島線でも水戸駅付近をのぞけば同様である。 また・に架かる橋梁はいずれも長大で、特に北浦に架かる北浦橋梁は1236 mの長さを持ち、東海道新幹線の富士川橋梁に次ぐ長さを有する。 ただし、強風時は香取駅 - 十二橋駅間、延方駅 - 鹿島神宮駅間で速度制限や運転見合わせが行われることがある。 JRにおける実質的な旅客上の運用範囲は佐原駅 - 鹿島神宮駅間である。 鹿島神宮駅 - 鹿島サッカースタジアム駅間はJRの区間であるが、旅客輸送は鹿島臨海鉄道の車両が担う。 よって鹿島線の同区間に大洗鹿島線が乗り入れる形態となるが、特に多客が見込まれる時は、鹿島神宮以西より鹿島サッカースタジアムにかけてJRによる旅客輸送が行われる場合がある。 なお鹿島神宮駅 - 鹿島サッカースタジアム駅間はあくまでJRなので、「」など、企画きっぷもエリア内であれば使用可能である。 また旅客列車のほかに、(JR貨物)によるも運行されている。 このため可能な駅は、いずれもがかなり長い。 利用者は地元の沿線住民がほとんどで、純然たるローカル輸送に留まっている。 鹿嶋市と東京間のアクセスとしてはから特急「」が運行されていた。 しかしがまで開通し、1989年から「」が運行開始したことにより、東京駅と鹿島神宮駅間の普通運賃よりも安く、本数も非常に多く、渋滞が無ければ所要時間でもほぼ互角となった高速バスの乗客が激増し、沿線対東京の輸送では高速バスが圧倒的な優位となっていった。 「あやめ」は1982年には最大5往復運行されていたが、乗客減により1993年には3往復、1994年からは1往復のみの運行となった(鹿島線には乗り入れていない「ホームタウン成田」「すいごう」が2004年から「あやめ」に名称変更した分は除く)。 で「あやめ」は定期運行を終了した。 全区間がの定める「」に含まれており、など交通系ICカードの利用が可能である。 、は全駅とも設置されていない。 沿線自治体からは特急「あやめ」復活のほかへの直通列車増便、鹿島線各駅への交通系ICカード機器設置、鹿島サッカースタジアム駅の常設化をJR東日本に求めていたが、2018年4月にJR東日本は「『あやめ』復活は厳しい」との見解を示している。 路線データ [ ]• 管轄(事業種別):東日本旅客鉄道()・日本貨物鉄道()• 路線距離():17. 4km• :1067mm• 駅数:6駅(起終点駅含む)• 鹿島線所属駅に限定した場合、成田線所属の香取駅 が除外され、5駅となる。 複線区間:なし(全線)• 電化区間:全線(直流1500V)• :自動閉塞式• 保安装置:• 表定速度:56. :千葉総合指令室(成田指令・)• 準運転取扱駅(入換時は駅が信号を制御):鹿島サッカースタジアム駅 全区間がの管轄である。 歴史 [ ] 東北地方太平洋沖地震により破損したを跨ぐ付近の橋梁 鹿島臨海工業地帯の開発に伴って敷設された路線である。 予定線としては、別表第39号の2に「茨城縣鹿島ヨリ千葉縣佐原ニ至ル鐵道」と掲げられていた。 1964年に運輸大臣からへの建設指定を受けて鉄道建設が行われた。 香取 - 北鹿島間の鹿島線は、開業当初はディーゼル動力の気動車で運転していたが、1974年に全線電化された。 1978年に新東京国際空港(現・と改称)が開港すると、鹿島臨海工業地帯で生産される航空燃料輸送に用いられた。 当初3年間使用が予定されていたが、千葉港と空港を結ぶパイプラインの完成が遅延したため変更されることになり、地域住民の不信感を増大させる結果となった。 年表 [ ]• (45年)• :鹿島線香取駅 - 鹿島神宮駅間 14. 2km が開業。 開業当初より CTC を導入。 :急行「水郷」が佐原駅から普通列車として鹿島神宮駅まで乗り入れ開始。 :鹿島神宮駅 - 北鹿島駅(現在の鹿島サッカースタジアム駅)間 3. 2km が貨物線として開業。 開業当初よりCTC導入。 香取駅 - 北鹿島駅間で貨物営業開始。 (昭和49年):香取駅 - 北鹿島駅間が電化。 (昭和50年):東京駅 - 鹿島神宮駅間に特急「」、両国駅 - 鹿島神宮駅間に急行「鹿島」運転開始。 急行「水郷」の鹿島線乗り入れ廃止。 (昭和53年):鹿島臨海鉄道鹿島臨港線の旅客営業開始により、鹿島神宮駅 - 北鹿島駅間で旅客営業開始(ただし北鹿島駅での旅客扱いはなし)。 (昭和57年):急行「鹿島」廃止。 (昭和58年):鹿島臨海鉄道鹿島臨港線の旅客営業廃止により鹿島神宮駅 - 北鹿島駅間の旅客営業廃止。 (昭和60年):鹿島臨海鉄道大洗鹿島線の開業によって鹿島神宮駅 - 北鹿島駅間で旅客営業開始(ただし北鹿島駅での旅客扱いはなし)。 (昭和62年):国鉄民営化により東日本旅客鉄道に承継。 日本貨物鉄道が第二種鉄道事業者となる。 (平成6年):北鹿島駅が鹿島サッカースタジアム駅に改称。 サッカー試合日の鹿島臨海鉄道大洗鹿島線直通の一部列車に限り、旅客営業開始。 (平成21年):全線がに組み込まれる。 (平成23年)• :で被災し、高架や駅舎が被害を受け全線不通。 :香取駅 - 延方駅間で運転再開。 :延方駅 - 鹿島サッカースタジアム駅間で運転再開。 鹿島臨海鉄道大洗鹿島線との直通運転再開。 :香取駅 - 鹿島サッカースタジアム駅間で使用開始。 (平成27年)3月14日:特急「あやめ」廃止。 また、朝の成田線佐原駅始発の東京方面の快速が鹿島神宮駅始発に変更となり、2004年のダイヤ改正以来の東京方面の快速が復活。 (2年)3月14日:全線で「」の利用が可能となる。 運行形態 [ ] 旅客列車 [ ] からの分岐駅はであるが、運転系統上の分岐駅はである。 1日16往復の運行で、・・佐原駅からのが鹿島神宮駅まで運転されている。 1日1往復(佐原発20時台・鹿島神宮発6時)のみ(鹿島神宮行きは発)との直通列車があり、で行き列車から分割された付属編成の4両が使用され、翌朝の東京行きの運用となる。 鹿島神宮駅 - 鹿島サッカースタジアム駅間は、車両ののための列車以外JR車の運行はなく、からの直通列車()のみが行される。 2006年7月15日の2006に際して、初めてJR東日本の旅客車両が鹿島サッカースタジアム駅まで営業運行()された。 からは、ホームゲームで多客が見込める試合開催時に、成田駅と鹿島サッカースタジアム駅を結ぶ臨時列車が運行されている(運行される場合はJR東日本千葉支社のホームページで告知される)。 貨物列車 [ ] 航空燃料暫定輸送鉄道ルート は全線で運転されており、の方面へと引き継がれる。 鹿島臨海鉄道鹿島臨港線内で荷役する輸送やで製造・消費される輸送が主な収入源である。 化成品は従来で輸送されていたが、タンクコンテナ化が進んでいることからと積載に置き換えられている。 2020年3月現在、所属のとのが1往復ずつ牽引している。 かつてはディーゼル機関車や電気機関車が牽引していた。 新東京国際空港(現・)が開港した1978年からから成田空港を直結するが完成した1983年までの間、から鹿島臨港線・鹿島線・成田線を経由して成田市まで貨車によるの暫定輸送が行われていた。 使用車両 [ ] 現在の使用車両 [ ] 基本的に香取駅 - 鹿島神宮駅間はJR東日本ので、鹿島神宮駅 - 鹿島サッカースタジアム駅間は鹿島臨海鉄道ので運転されている。 JR東日本の車両はで鹿島サッカースタジアム駅までの全線で運用される場合もある。 貨物列車は「」の節も参照。 普通列車 電車(所属) から運用開始し、4両編成で運行されている。 電車(所属) 4両の付属編成のみ入線する。 横須賀線・総武快速線からの直通列車に加え、夜間帯にはで一部の線内運用にも使用される。 2002年のがカシマスタジアムで開催された際は臨時列車として試合日に基本編成が入線した事がある。 その際グリーン車は下りは営業・上りは開放扱いであった。 特急列車 電車(幕張車両センター所属) 2005年12月10日から運用開始。 のみの5両編成で、特急「」に充当されていた(ただし鹿島線内はとして運行)。 また間合い運用で線内運転の普通列車にも使用されていた。 「あやめ」が廃止となった2015年3月14日以降は臨時特急「あやめ祭り号」などとして乗り入れている。 貨物列車牽引用 電気機関車() 電気機関車() 鹿島臨海鉄道からの乗り入れ 気動車、気動車 大洗鹿島線水戸方面から鹿島神宮駅に直通する定期運用に使用。 導入予定車両 [ ] 普通列車 佐原駅 - 鹿島神宮駅間で運行開始予定。 過去の使用車両 [ ] 普通列車 電車(からの改造車を含む)(津田沼電車区所属) 電車(幕張車両センター所属) 4両編成のみ入線していたが、2010年12月4日ダイヤ改正で鹿島線での運用が消滅した。 佐原駅の鹿島線折り返し用ホームである0番線のが4両分しかないため、6両編成は定期運用を持たない。 113系が横須賀線・総武快速線で運用されていた時代は配置の編成も入線し、成田で基本編成と増結する1日5本ほどの東京・・・方面への直通列車も設定されていた。 大船配置車も佐原駅 - 鹿島神宮駅間で間合い運用されたことがある。 電車(幕張車両センター所属) 臨時列車等で使用実績がある。 特急・急行列車 電車 特急「あやめ」で1975年3月の新設時から2005年12月まで使用された。 ・電車 急行「」で1975年3月の新設時から1982年11月の廃止まで使用された。 気動車 急行「」で1970年10月から1975年3月まで使用された。 貨物列車牽引用 電気機関車() 2016年3月まで貨物列車の牽引に使用されていた。 それ以降も代走で入線することがある。 代走で吹田機関区や岡山機関区の車両が使用されることもあった。 ディーゼル機関車() 2001年10月まで貨物列車の牽引に使用された。 DD51は総武本線からの運用であり、21世紀初頭まで東京23区内でも定期運用があった。 鹿島臨海鉄道からの乗り入れ 気動車 大洗鹿島線開業時に使用された。 1991年に全廃。 気動車 1978年から1983年までの鹿島臨港線旅客営業時に使用された。 気動車(茨城県所有) 期間中などに鹿島サッカースタジアム駅 - 潮来駅間に乗り入れることがあった。 EF64 1000番台(延方-鹿島神宮) 駅一覧 [ ] 便宜上、全列車が直通する成田線佐原駅からの区間を記載する。 鹿島線内ではすべての定期旅客列車が臨時駅以外の全駅に停車• 6 0. 0 3. 0 | 2. 2 5. 2 10. 8 14. 2 17. とは終点の鹿島サッカースタジアム駅で接続しているが、実際の佐原方面 - 鹿島神宮間の旅客列車との乗り換え駅は鹿島神宮駅となる。 平均通過人員 [ ] 各年度の、旅客運輸収入は以下の通り。 , 2019年7月31日閲覧。 東京新聞. 2018年4月5日. 2018年4月6日閲覧。 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』 1998年• 日本語 PDF プレスリリース , 東日本旅客鉄道, 2008年12月22日 , の2019年5月3日時点におけるアーカイブ。 , 2019年7月30日閲覧。 - 鹿嶋市 2011年3月23日• - 『鉄道ファン』交友社 railf. jp鉄道ニュース 2011年4月16日• 茨城新聞クロスアイ. 2020年3月15日配信, 2020年3月19日閲覧. PDF プレスリリース , 東日本旅客鉄道, 2020年5月12日 , 2020年5月12日閲覧。 - ネコ・パブリッシング• - 東日本旅客鉄道• 東日本旅客鉄道株式会社. 20200125閲覧。 参考文献 [ ]• (監修)『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』26号 総武本線・成田線・鹿島線・東金線、朝日新聞出版分冊百科編集部(編集)、〈週刊朝日百科〉、2010年1月17日、21・24-25頁。 中川浩一『茨城県大百科事典』茨城新聞社編、、1981年、241頁。 「鹿島線」 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 - 競合バス路線 外部リンク [ ]• - 東日本旅客鉄道千葉支社.

次の