あつし 猫 ツイッター。 あつしチャンネル(ティガロビニック)みのりんと破局もファン困惑プチ炎上中│Buzz Library

ご飯が欲しすぎて鳴きまくる猫

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「」については、やたらいろいろな人が語っている。 私のよ うに、怪獣映画は全部観てきたというような人間からすると「ニワカがあれ これ言いやがって」というのが本音なのだが、空気を読んでみなそういうこ とは言わずにいる。 この映画では、六十二年の歴史をもつが、初めて人々の前に姿を現 したことになっている。 この世界には映画は存在しないのだ、とも言 われるが、それも八四年のリメイクの時もそうだったから二度もはリ セットされたことになる。 九三年の『大怪獣空中決戦』でもが リセットされている。 八四年に『』が復活し、『対』以後再度シリーズ 化されたあと、製作者や評論家はみな何かにとり憑かれたように、は 本来人類の敵なのだ、怖かったのだと言い続けた。 当初そうだったは 、六四年の『三大怪獣地球最大の決戦』で、と喧嘩している時にモス ラの説得を受けて、宇宙怪獣と戦って退けてから「人間の味方 」になってしまう。 対象は低年齢化し、顔つきは愛嬌のある、時にはブサイ クとも言えるものになり、「シェー」をしたり、のまねをした り、果てはテレビの『流星人間ゾーン』にゲスト出演したりして、子供のア イドルになってしまう。 そしていったんシリーズは終わるのだが、もうこれ は関係者からするとのであり汚点なのだ。 だが今回、の第二形態「蒲田くん」はかわいいと言われフィギュア も人気で、ああ、お前はいつになっても人から愛されてしまうのだね 、などと言いたくなるのであった。 jun-jun1965 「」が始まったのは一九七一年で、私は小学三年生 だから知らなかったが、日活という映画会社は「」で知ってい たから、高校生くらいになって、五画会社の一つが、もっぱらポルノを 作るようになったということを知ってにわかに信じられなかった。 上野の京 成線入口の向うにも一つあったが、昔はポルノ専門の映画館というのがあり 、需要もあったのだろうが、家庭用ビデオデッキが普及し、アダルトビデオ が出始めると、当然ながらすたれ、八八年にはロマンポルノは終わった。 映画評論家には左翼的な人が多く、わいせつは国家に摘発されるから正し いという倒錯した思想からロマンポルノを称揚する向きもあり、そこから根 岸吉太郎やのような一般映画の監督も育ったとか、や東て る美も出てきたと言われるが、ロマンポルノ映画自体がそんなに面白いかと いえば、そうでもない。 そんな中で私が惹かれたのは野平ゆき(のちユキ)という女優で、前に「 ドラマ主義者宣言」で紹介した主演の「の黄金仮面」で、 スパイを演じていて、潜水服を着て逃走するのだが仲間に撃たれ、が前 をはだけると裸の胸が血に染まっているという役を演じた。 それから何だか 気になっていたのだが、主演の「修道女ルチア」がDVDになっていたので観た ら、やっぱり良かった。 世間には、修道女ないし修道女的な女性が好きだという趣味嗜好の男もい るようだが、私にはそれはない。 この映画は、まあ日本ので、若いヒ ロインがさまざまにいたぶられて復讐するといったたわいもないものだが、 の脚本がうまいのか、わりあい楽しく観られた。 野平ゆきの、丸顔に野性的な目で、 敵に対峙する姿勢がいいのである。 しかしロマンポルノの女優としてはメジ ャーではないらしいが、それもいい。 しかし、ポルノ映画からの一般女優への転向はできても、アダルトビデオ から一般への転向は難しい。 など私は好きな女優だったが消えてし まったし、は自殺してしまった。 やはり藝能界での視線の厳しさや差 別があるということだろうか。 AV業界自体が揺れているが、女優として素 質を感じる人もいるだけに、そのへん正常化してほしいと思う。 jun-jun1965 一九七八年に、NHKで初のオリジナルアニメとして「」 が始まると聞いた時、私は「」かと思ったのだが、別 にそれはそのコナンを読んでいたからではなく、にコナン・シ リーズが入っているのを知っていただけだった。 その後、コナン・ザ・グレ ートが映画化されても観なかったし、読んだのもつい数年前のことで、それ もちょっと読んだだけで「なんじゃ、こりゃあ」と思ってやめてしまった。 超古代のファンタのヴァイオレンスもので、これはこういうの が好きな人が読むものだろう。 「草の上の月」は、そのハワードの恋を描いた映画である。 ハワード役は 、恋人のノーヴェリン・プライス役がレネー・ゼ ルウィガーだが、ハワードはたぶん実物よりまともに描かれていて、なんだ か純文学作品でも書いているみたいである。 しかしこの映画でいいのは何と言ってもである。 少 しふっくらしていて、とても色っぽい。 いいなあと思い、ほかにどんな映画 に出ているのか調べたら、「」の主演だった から驚いた。 「草の上の月」の時は二十七歳、「ブリジット・ジョーンズ」は五年後の 三十二歳だし、後者では役作りのために太ったというが、私はこの映画は観 たのに全然気づかなかった。 ここが私の映画音痴たるゆえんなのだが、どう もゼルウィガーというのは、その時々で顔つきが変わって見える女優である らしい。 だが、私にはこの映画でのレネーがいちばんいいと思えた。 「ブリ ジット・ジョーンズ」は女性向け映画で、内容的には面白くなかったから、 そういう人は「草の上の月」を観るとゼルウェガーを見直すかもしれない。 jun-jun1965 巨匠の作品だが、日本未公開である。 英語字幕つきの DVDが「The Flowers of War」の題で出ており、リージョンコード1だが これで観た。 、つまりを背景としたフィクションで、日本で上映さ れないのはそのためそのためのようだ。 カ人の男(クリスチャン・ベ ール)が、日本軍による襲撃を逃れて、の教会へ逃れるが、そ こへ十五、六人の十代の女子学生と、「金陵十三釵」と呼ばれる十三人の娼 婦とが逃げ込んでくる。 「金陵」は南京の古称で、清代の小説『』に登場する美女たちが「 金陵十二釵」と呼ばれるので、それにならった呼称である。 娼婦たちはけば けばしい化粧をし、中にはひときわ美しいのもいて(ニニ)、カ人と 痴戯を演じるので、女学生らは軽蔑を感じる。 だが凶暴なが、人がいるのを見つけて銃撃してき、女学生は殺され たり、拉致されて強姦されたりする。 その後で日本の将校()が兵 隊とともに訪れ、流暢に英語をしゃべり、兵士の暴行について詫びるが、戦 争の時はやむをえないとも言い、オルガンで「ふるさと」を弾く。 カ 人は、聖職者のふりをする。 だが二度目に来た将校は、女学生たちが並んで歌っているのを見て、旅団 司令部が、女学生たちの歌を聴きたいから明日連れていくと言い、兵隊がそ こにいた女学生の数を数えると、それが十三人であった。 連れていかれたら どうなるか分からないと、カ人は許してくれるよう頼むのだが、将校 は聞き入れない。 そこで……。 あとはまあ言わずにおく。 らしい、通俗味があって華や かなシナリオである。 の強姦シーン(とその後)などは無残だし、日 本人として不快になるだろうし、アジア人同士の戦争に西洋人の善玉が介入 するというのも気になるところだが、日本で字幕をつけてDVDにしてもい いのではあるまいか。 この版は英語字幕がついていて、さほど観賞は困難で はない。 jun-jun1965 1941年2月の井上金太郎監督「東京から来た武士」は里見弴原作らしい。 見落としていた。 1932年の「」をもとにした翻案ものである。 「」は、でドイツ人の青年を殺してしまったフランス人ポールが、ホルダーリンという青年の実家を訪ねて詫びようとする話だが、全編英語である。 しかしポールは、真相を殺された青年の許嫁エルザに話し、母親にも告げようとするのをエルザに止められ、両親はポールが息子の友達だと信じたまま、ポールがヴァイオリンで「」を弾き、エルザがピアノで伴奏を始めたところで終わる。 「東京から来た武士」は、明治初年、隊士だった男が、かつて殺した男の家族に詫びるため京都にやってくるが、ついに真相は告げられないという話らしい。 だが原作が発表されたかどうかも分からないし、フィルムも残っているか分からない。 私が作った「詳細年譜」では、1940年12月に「この頃の映画のストーリーを頼まれるか。 」とあるから、これが発展したものだろう。 jun-jun1965 私は若い頃はカナダへ留学していたのだが、その後神経を病んで飛行機に 乗れなくなり、最後に海外へ行ったのは二十二年前である。 ヨーロッパもま だ行ったことがなかったので、当初は悲観したものだが、次第に諦めがつい た。 その上飛行機が禁煙になったから、どのみちこれでは行けないとさらに諦 めがついた。 なおの新幹線も禁煙になったから、東北方面も行け なくなった。 ところで、飛行機が怖いと言うと「船で行けば」と言う人がい るのだが、普通に海外へ行くためのというのは、一九七〇年代頃には もうなくなっていたようで、今のは世界一周とかクルーズ専用である。 するうち、グーグルマップとかというのができた。 これ は画期的で、いながらにして世界のたいていの場所をそこへ行ったように見 ることができる。 これなら、別に面倒な思いをして海外へ行くことなどない、 とまた楽しくなった。 「キー・ラーゴ」は、フロリダの冲にある島を舞台としたサスペンス映画 である。 マクスウェル・アンダーソンの戯曲の映画化だが、これの邦訳はな いようだ。 戦争帰りのが、キーラーゴ島の旅館にやっ てくるが、ハリが近づいていて、しかもボガートはそこにギャングのボ スがいるのに気づいてしまい、殺人事件が起きて、保安官が来るが、ギャン グは旅館の主人らを人質にとって保安官に本当のことを言わせず、ついにボ ガートをボートに乗せて脱出するが、ボガートがギャングをやっつけて島へ 帰るという犯罪もので、妻のも出ている。 さて、この映画を観て、グーグルマップで「キー・ラーゴ」の場所を確認 して驚く。 の南端から、エビのヒゲのような土地がずうっと続 いていて、その途中にキー・ラーゴ島がある。 グーグルマップは拡大できる から、驚嘆の時である。 こんなところで人はどうやって生活しているのだろ うと思う。 この拡大できるところが、グーグルマップの醍醐味で、地図と一 緒に楽しめる映画だと言えるだろう。 jun-jun1965.

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動画を見ていただければわかると思いますが。 そうなんです!彼は猫の動画をメインにあげる、猫系YouTuberなんです。 元々ニコ生でカード実況やゲーム関連の配信をしていたあつしちゃんねる。 たまたま猫を拾ってそれを動画で配信したところ…見事に大ヒット。 これに味を占めたあつしちゃんねるは、猫メインの動画の配信を始めました。 だいたい1動画につき3万回再生。 これを2動画あげているので6万回再生。 1再生0. 1円と仮定すると1日6000円の収益を得られていることがわかる。 ただこれはあくまで単純な計算。 過去の動画も再生されていることを加味すると以下の年収が妥当でしょう。 皆さんはこう思ったはずです。 【あれ?1再生の単価高くね?】と。 基本的にあつしちゃんねるを見ている人は30歳以上の主婦が多いはずです。 というのも、禁断ボーイズやラファエルみたいに、過激な動画を出しているわけでもなく のんびりとした動画を出しているからです。 ここから察するに見ている人が大人=広告単価が高い(大人はお金を持っているから) という方程式が成り立つからです。 これからYouTube始める人は大人ウケする動画づくりをしていけば 儲かる可能性は広がると思いますよ!では次に行ってみましょう! 猫動画出しまくりでアンチ大量?? あつしちゃんねるは基本的に過激な動画ではないため、安定してファンがついています。 たとえばこんなツイートがあります。 YouTubeであつしちゃんねるの ティガロビニックはほんまに癒される!! みんな可愛すぎ!! みんな飼い主大好きなんも ものすごいいい!! — しまうー tjgmtd けれど、その一方でこのような投稿も発見しました。 いわゆる嫉妬ってやつですね。 ではなぜ平穏な動画をあげているのに、あつしちゃんねるにはアンチがいるのでしょうか? その大きな理由として、一つ目に上げられるのが楽に動画投稿をしてお金を儲けている 所でしょう。 実際禁断ボーイズや、ラファエルなどは体を張っているところがあるので 【頑張ったからその分お金をもらった。 】と捉えることが出来ます。 けれど、あつしちゃんねるは猫がじゃれている動画をあげるだけなので とても簡単なんですよね。 たとえばこんな動画 捨て猫がいたので水責めしてみた という動画です。 本来水責めというのは、水を顔にかけ続け、または多量に飲ませるといった方法による 酷い仕打ちのことであり、動物〇待と全く同じことです。 動画の内容自体はただ水をかけて洗ってあげるだけの動画なんですが 完全に 釣り動画と化しているのです。 これに良く思わない人が続出し、そのあとアンチになってしまったってケースも 多いのでファンがいる一方でアンチも沢山いる状況になってしまったんですね。 まあこれから動画を出す予定の人は なるべく動画の内容とタイトルを極力近づけてアンチを沸かせない金儲けの技術を 学んでから動画投稿をした方がいいですよ。 以上で終わります。 ありがとうございました! カテゴリー•

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《あつし》Channelについて聞きたいです自分はあの人と同じように猫を飼...

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「」については、やたらいろいろな人が語っている。 私のよ うに、怪獣映画は全部観てきたというような人間からすると「ニワカがあれ これ言いやがって」というのが本音なのだが、空気を読んでみなそういうこ とは言わずにいる。 この映画では、六十二年の歴史をもつが、初めて人々の前に姿を現 したことになっている。 この世界には映画は存在しないのだ、とも言 われるが、それも八四年のリメイクの時もそうだったから二度もはリ セットされたことになる。 九三年の『大怪獣空中決戦』でもが リセットされている。 八四年に『』が復活し、『対』以後再度シリーズ 化されたあと、製作者や評論家はみな何かにとり憑かれたように、は 本来人類の敵なのだ、怖かったのだと言い続けた。 当初そうだったは 、六四年の『三大怪獣地球最大の決戦』で、と喧嘩している時にモス ラの説得を受けて、宇宙怪獣と戦って退けてから「人間の味方 」になってしまう。 対象は低年齢化し、顔つきは愛嬌のある、時にはブサイ クとも言えるものになり、「シェー」をしたり、のまねをした り、果てはテレビの『流星人間ゾーン』にゲスト出演したりして、子供のア イドルになってしまう。 そしていったんシリーズは終わるのだが、もうこれ は関係者からするとのであり汚点なのだ。 だが今回、の第二形態「蒲田くん」はかわいいと言われフィギュア も人気で、ああ、お前はいつになっても人から愛されてしまうのだね 、などと言いたくなるのであった。 jun-jun1965 「」が始まったのは一九七一年で、私は小学三年生 だから知らなかったが、日活という映画会社は「」で知ってい たから、高校生くらいになって、五画会社の一つが、もっぱらポルノを 作るようになったということを知ってにわかに信じられなかった。 上野の京 成線入口の向うにも一つあったが、昔はポルノ専門の映画館というのがあり 、需要もあったのだろうが、家庭用ビデオデッキが普及し、アダルトビデオ が出始めると、当然ながらすたれ、八八年にはロマンポルノは終わった。 映画評論家には左翼的な人が多く、わいせつは国家に摘発されるから正し いという倒錯した思想からロマンポルノを称揚する向きもあり、そこから根 岸吉太郎やのような一般映画の監督も育ったとか、や東て る美も出てきたと言われるが、ロマンポルノ映画自体がそんなに面白いかと いえば、そうでもない。 そんな中で私が惹かれたのは野平ゆき(のちユキ)という女優で、前に「 ドラマ主義者宣言」で紹介した主演の「の黄金仮面」で、 スパイを演じていて、潜水服を着て逃走するのだが仲間に撃たれ、が前 をはだけると裸の胸が血に染まっているという役を演じた。 それから何だか 気になっていたのだが、主演の「修道女ルチア」がDVDになっていたので観た ら、やっぱり良かった。 世間には、修道女ないし修道女的な女性が好きだという趣味嗜好の男もい るようだが、私にはそれはない。 この映画は、まあ日本ので、若いヒ ロインがさまざまにいたぶられて復讐するといったたわいもないものだが、 の脚本がうまいのか、わりあい楽しく観られた。 野平ゆきの、丸顔に野性的な目で、 敵に対峙する姿勢がいいのである。 しかしロマンポルノの女優としてはメジ ャーではないらしいが、それもいい。 しかし、ポルノ映画からの一般女優への転向はできても、アダルトビデオ から一般への転向は難しい。 など私は好きな女優だったが消えてし まったし、は自殺してしまった。 やはり藝能界での視線の厳しさや差 別があるということだろうか。 AV業界自体が揺れているが、女優として素 質を感じる人もいるだけに、そのへん正常化してほしいと思う。 jun-jun1965 一九七八年に、NHKで初のオリジナルアニメとして「」 が始まると聞いた時、私は「」かと思ったのだが、別 にそれはそのコナンを読んでいたからではなく、にコナン・シ リーズが入っているのを知っていただけだった。 その後、コナン・ザ・グレ ートが映画化されても観なかったし、読んだのもつい数年前のことで、それ もちょっと読んだだけで「なんじゃ、こりゃあ」と思ってやめてしまった。 超古代のファンタのヴァイオレンスもので、これはこういうの が好きな人が読むものだろう。 「草の上の月」は、そのハワードの恋を描いた映画である。 ハワード役は 、恋人のノーヴェリン・プライス役がレネー・ゼ ルウィガーだが、ハワードはたぶん実物よりまともに描かれていて、なんだ か純文学作品でも書いているみたいである。 しかしこの映画でいいのは何と言ってもである。 少 しふっくらしていて、とても色っぽい。 いいなあと思い、ほかにどんな映画 に出ているのか調べたら、「」の主演だった から驚いた。 「草の上の月」の時は二十七歳、「ブリジット・ジョーンズ」は五年後の 三十二歳だし、後者では役作りのために太ったというが、私はこの映画は観 たのに全然気づかなかった。 ここが私の映画音痴たるゆえんなのだが、どう もゼルウィガーというのは、その時々で顔つきが変わって見える女優である らしい。 だが、私にはこの映画でのレネーがいちばんいいと思えた。 「ブリ ジット・ジョーンズ」は女性向け映画で、内容的には面白くなかったから、 そういう人は「草の上の月」を観るとゼルウェガーを見直すかもしれない。 jun-jun1965 巨匠の作品だが、日本未公開である。 英語字幕つきの DVDが「The Flowers of War」の題で出ており、リージョンコード1だが これで観た。 、つまりを背景としたフィクションで、日本で上映さ れないのはそのためそのためのようだ。 カ人の男(クリスチャン・ベ ール)が、日本軍による襲撃を逃れて、の教会へ逃れるが、そ こへ十五、六人の十代の女子学生と、「金陵十三釵」と呼ばれる十三人の娼 婦とが逃げ込んでくる。 「金陵」は南京の古称で、清代の小説『』に登場する美女たちが「 金陵十二釵」と呼ばれるので、それにならった呼称である。 娼婦たちはけば けばしい化粧をし、中にはひときわ美しいのもいて(ニニ)、カ人と 痴戯を演じるので、女学生らは軽蔑を感じる。 だが凶暴なが、人がいるのを見つけて銃撃してき、女学生は殺され たり、拉致されて強姦されたりする。 その後で日本の将校()が兵 隊とともに訪れ、流暢に英語をしゃべり、兵士の暴行について詫びるが、戦 争の時はやむをえないとも言い、オルガンで「ふるさと」を弾く。 カ 人は、聖職者のふりをする。 だが二度目に来た将校は、女学生たちが並んで歌っているのを見て、旅団 司令部が、女学生たちの歌を聴きたいから明日連れていくと言い、兵隊がそ こにいた女学生の数を数えると、それが十三人であった。 連れていかれたら どうなるか分からないと、カ人は許してくれるよう頼むのだが、将校 は聞き入れない。 そこで……。 あとはまあ言わずにおく。 らしい、通俗味があって華や かなシナリオである。 の強姦シーン(とその後)などは無残だし、日 本人として不快になるだろうし、アジア人同士の戦争に西洋人の善玉が介入 するというのも気になるところだが、日本で字幕をつけてDVDにしてもい いのではあるまいか。 この版は英語字幕がついていて、さほど観賞は困難で はない。 jun-jun1965 1941年2月の井上金太郎監督「東京から来た武士」は里見弴原作らしい。 見落としていた。 1932年の「」をもとにした翻案ものである。 「」は、でドイツ人の青年を殺してしまったフランス人ポールが、ホルダーリンという青年の実家を訪ねて詫びようとする話だが、全編英語である。 しかしポールは、真相を殺された青年の許嫁エルザに話し、母親にも告げようとするのをエルザに止められ、両親はポールが息子の友達だと信じたまま、ポールがヴァイオリンで「」を弾き、エルザがピアノで伴奏を始めたところで終わる。 「東京から来た武士」は、明治初年、隊士だった男が、かつて殺した男の家族に詫びるため京都にやってくるが、ついに真相は告げられないという話らしい。 だが原作が発表されたかどうかも分からないし、フィルムも残っているか分からない。 私が作った「詳細年譜」では、1940年12月に「この頃の映画のストーリーを頼まれるか。 」とあるから、これが発展したものだろう。 jun-jun1965 私は若い頃はカナダへ留学していたのだが、その後神経を病んで飛行機に 乗れなくなり、最後に海外へ行ったのは二十二年前である。 ヨーロッパもま だ行ったことがなかったので、当初は悲観したものだが、次第に諦めがつい た。 その上飛行機が禁煙になったから、どのみちこれでは行けないとさらに諦 めがついた。 なおの新幹線も禁煙になったから、東北方面も行け なくなった。 ところで、飛行機が怖いと言うと「船で行けば」と言う人がい るのだが、普通に海外へ行くためのというのは、一九七〇年代頃には もうなくなっていたようで、今のは世界一周とかクルーズ専用である。 するうち、グーグルマップとかというのができた。 これ は画期的で、いながらにして世界のたいていの場所をそこへ行ったように見 ることができる。 これなら、別に面倒な思いをして海外へ行くことなどない、 とまた楽しくなった。 「キー・ラーゴ」は、フロリダの冲にある島を舞台としたサスペンス映画 である。 マクスウェル・アンダーソンの戯曲の映画化だが、これの邦訳はな いようだ。 戦争帰りのが、キーラーゴ島の旅館にやっ てくるが、ハリが近づいていて、しかもボガートはそこにギャングのボ スがいるのに気づいてしまい、殺人事件が起きて、保安官が来るが、ギャン グは旅館の主人らを人質にとって保安官に本当のことを言わせず、ついにボ ガートをボートに乗せて脱出するが、ボガートがギャングをやっつけて島へ 帰るという犯罪もので、妻のも出ている。 さて、この映画を観て、グーグルマップで「キー・ラーゴ」の場所を確認 して驚く。 の南端から、エビのヒゲのような土地がずうっと続 いていて、その途中にキー・ラーゴ島がある。 グーグルマップは拡大できる から、驚嘆の時である。 こんなところで人はどうやって生活しているのだろ うと思う。 この拡大できるところが、グーグルマップの醍醐味で、地図と一 緒に楽しめる映画だと言えるだろう。 jun-jun1965.

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