パーソナリティ 障害 診断 テスト。 自己愛性パーソナリティ障害(自己愛性人格障害)の症状と診断

境界性パーソナリティ障害チェック

パーソナリティ 障害 診断 テスト

自己愛性パーソナリティ障害(自己愛性人格障害)とは、ありのままの自分を愛せず、傷つきやすい自己愛を守るために偉大な自分を信じこんでいるという特徴があります。 その強い信じこみによって、周囲と様々なトラブルをおこすことがあります。 しかしながら症状が表面化していないことも多く、気づかずに振り回されてしまうことも少なくありません。 自己愛は誰にでもあるもので、強い傾向があるだけなら性格の個性の範囲になります。 ですが意に沿わない相手を攻撃したり、自分自身も苦しむほどの憤りに追われるようになると、パーソナリティ障害として治療対象になります。 ここでは、自己愛性パーソナリティ障害の症状と診断の基準についてお伝えしていきたいと思います。 1.自己愛性パーソナリティ障害の診断の流れ 治療関係を築いていく中で、少しずつパーソナリティ障害が見えてくることが多いです。 自己愛性パーソナリティ障害のような心の病気は、身体の病気のように検査で客観的に診断できるものではありません。 医師が自分の感覚で勝手に自己愛性パーソナリティ障害と診断してしまうと、同じ症状でも人によって診断がバラバラになってしまいます。 このため診断基準を参考にして、それに従って診断していきます。 現在精神科で主に使われる診断基準には2種類があり、1つがアメリカ精神医学会がつくる「DSM精神疾患の診断・統計マニュアル」、もう1つはWHO(世界保健機構)がつくる「ICD疾病および関連保険問題の国際統計分類」です。 こ れらは順次内容が改訂され、2016年7月現在は「DSM-V」と「ICD-10」が最新となっています。 自己愛性パーソナリティ障害の場合、「ICD-10」では独立した病名として扱われていません。 そのため現在の自己愛性パーソナリティ障害の 診断基準は、「DSM-V」が主に使われています。 この診断基準では、自己愛性パーソナリティ障害の特徴がとりあげられています。 典型的な特徴をとりあげているので、実際にはこのようにわかりやすい人は少ないです。 いろいろな要素が入り混じっていますが、本質的に自己愛による問題が大きい場合に自己愛性パーソナリティ障害と診断されます。 パーソナリティ障害の診断は、明らかに問題行動があって、その特徴がはっきりしている場合は診断がすぐにつくこともありますが、多くの場合は時間をかけないと診断はつきません。 患者さんと治療の関係性が築けてから、少しずつパーソナリティの問題がみえてきます。 パーソナリティ障害と診断するには、大きく2つの条件があります。 病気などとは関係なく、若い頃から続いていること• 生活の全般にわたって認められること うつ病や不安障害など、他の病気で困って患者さんは受診します。 その病気の本質を考えていく中で、パーソナリティ障害が見えてくることがあります。 その時に、診断基準の特徴を参考にしていきます。 ここでは原書を参考に、表現をわかりやすくしたものをのせています。 現実の自分とかけ離れた大げさな空想やそれにもとづく行動• 他者や世間から高い評価でほめたたえられたい欲求• 他者に対する共感の無さ この3つの特徴が20代頃までに始まり、様々な場面で目立つ。 具体的には以下のうち5つ以上の症状が見られる。 自分は非常に重要で偉大な人物だという思い込みがある。 それを裏付ける業績や才能を大げさにアピールするが、実際には内容がともなっていない。 自分の成功、権力、才能、美しさ、愛に関して、現実にそぐわない理想的な幻想にとらわれている。 自分は一般人とは違う特別な選ばれし者だと信じていて、同じように特別な地位にある人や団体としか関わるべきではない、そういう人たちにしか理解できない人物だと思っている。 常に他者や世間から、大げさにほめたたえられることを求めている。 特権意識が高い。 周囲は自分に対し、特別有利な対応や意のままに従うのが当然だと思っているが、実際にそのようにされる理由を持ち合わせていない。 自分の目的達成のために他者を利用する。 他者の気持ちや欲求や都合を理解しようとしない。 他者に強烈な嫉妬をする。 反対に、周囲が自分の能力や美貌に嫉妬していると決めつけることもある。 尊大でごうまんな行動や態度が目立つ 3.自己愛の裏側に隠された強い自己否定感 自己愛性パーソナリティ障害の症状の裏側には、強い自己否定感が隠れています。 それを本人も自覚しておらず、自己愛という形で虚勢を張っている状態です。 このような症状を一見すると、自信満々で偉そうな態度をとる自己中な人、と受け取ってしまいそうになりますが、実はそうではありません。 自己愛性パーソナリティ障害の人の偉そうな態度の裏側には、極端な自信の無さが隠されているといわれていて、「あるがままの自分を愛せない障害」とも呼ばれています。 本人にはその自覚がなく、自分自身の強い自己否定感に気づかないように、必死で虚勢を張っている状態です。 そのため、他者から批判や指摘を受けると過剰に反応し、相手を攻撃したり、うつ状態におちいってしまったりすることがあります。 自己愛性パーソナリティ障害の人の大きな問題点は、その隠された強い自己否定感にあります。 それにより周囲とトラブルがおきたり、うつ状態や不眠に悩まされたりする場合に、パーソナリティ障害として扱われます。 偉そうでワガママな態度が見られたとしても、「少し困った人」のレベルで周囲や本人の生活に支障がないのなら、自己愛性パーソナリティ障害とはされません。 4.日常におきるトラブルが診断の大きな手がかり 日常生活でのトラブルが、本人のパーソナリティの特徴を考える大きな手がかりになります。 日常生活で本人や周囲が支障を感じない限り、どのようなパーソナリティ(性格)傾向があっても個性の範囲なので問題にはなりません。 自己愛性パーソナリティ障害として診断されるのは、日常生活上で何か具体的にトラブルがおきているときです。 実際の診療の場では、日常生活においてどのようなトラブルがおきているかということも、診断の大きな手がかりとなります。 それでは自己愛性パーソナリティ障害の患者さんの、現実の生活上でみられる症状やトラブルにはどのようなものがあるのでしょうか。 自己愛性パーソナリティ障害の人におこりやすい職場や家庭でのトラブルをいくつかご紹介していきます。 相手には相手の考えや感情があるとか、それぞれの事情や都合があるということが理解できず、すべて自分の意のままに動いてくれるべきだと考えてしまいます。 これも極端な自信の無さの裏返しと言われ、心の奥底に強い自己否定感があるため、周囲が思いどおりに動いてくれないと、まるで自分が否定されているような気になって強い不安がわいてきます。 健全な自己愛のある人は、相手が自分の申し出を断ったからといって、相手に嫌われているとか否定されているとは考えません。 たまたま都合が合わなかったとか、価値観が違っていただけだとかとらえることができますが、自己愛性パーソナリティ障害の人はそのような考え方ができません。 常に自分の意のままに沿うように要求し、断れば不機嫌になったり怒りだしたりするとなれば、当然人間関係は上手くいきません。 周囲が離れてしまい孤独になるか、意のままに従おうとした周囲の人の方が疲れてしまうか、いずれにしても何らかの問題がでてしまいます。 根っから自信満々で自己中な人との大きな違いはそこの部分で、心から自分に自信のある人は、人に何と言われようと自分を貫くことができます。 しかし、自己愛性パーソナリティ障害の人の自信満々の態度は自信のなさからおこる虚勢です。 そのため常に他者や世間から高い評価を受け、大げさにほめたたえてもらわないと自信を保つことができず、他者のささいな言動に一喜一憂し、感情がとても不安定になりがちです。 とくに、自分が否定されたとかバカにされたと感じたとき、普通では考えられないレベルの激しい怒りを見せることがあり、その独特な怒りは「自己愛憤怒」と呼ばれます。 ささいな言動によって評価をコロコロ変えたり、他人のアラや弱点を見つけるとそれをしつこく指摘したりすることがあります。 反対に、周囲から高く評価される特別な才能や地位を持っている人に対しては、絶対崇拝の態度を示すときもあります。 また、自分を持ち上げてくれる人に対しても非常に面倒見よく可愛がることがあります。 ですが少しでも自分が否定されたとかバカにされたとか感じるエピソードがあると、手のひらを返したように相手を批判し強い嫌悪感を表す場合があり、他者と安定した関係が上手く築けません。 治療の場においても、待ち時間があると文句を言ったり、予約時間を守らなかったり、医師やスタッフに対して自分の意のままに動かそうとしたりして、治療が継続できないことがあります。 趣味や仕事に関しても、自分がそれを好んで選択しているというより、周囲からいい評価を受けるための手段となっている傾向があります。 このため一人で何かを楽しむとか、心から興味を持って取り組むとか、やりがいを見いだすとかいうことが難しく、いつも側にいて自分を持ち上げてくれる誰かを求めてしまいます。 そのため、家族や友人、恋人に対し束縛の強い関係性になり、相手がそれに疲れて離れていこうとすると、強い執着を見せてつきまとったり、暴力や金銭などで支配しようとしたりすることがあります。 5.症状が表面化せず診断が難しいケース 自己愛性パーソナリティ障害の症状が表面化しないと、その本質になかなか気づけないことがあります。 このように症状が表面化している場合、自己愛性パーソナリティ障害の疑いは比較的早い段階で行うことができます。 しかし、自己愛性パーソナリティ障害の人は表面にはその症状を見せないこともあり、判別が非常に難しいケースもあります。 とくに初対面の頃はとても愛想よく、面倒見のいい態度を見せることがあります。 一見すると人につくしたり喜ばせたりするのが好きな人に思えるのですが、実際には他者に対して共感の気持ちはなく、自分の評価を高めるための道具としてとらえてしまっています。 そのため相手が自分の思い通りの反応を示してくれないと敵意を感じ、その人の悪い噂を流したり裏で策略をして孤立に追いこんだりする場合があります。 また、自分の目的のために相手をだまし利用することもあります。 このようなケースでは、標的にされている以外の人には問題が見えず、本人が自ら治療の場に現れることもあまり考えられないため、被害を受けている人の方が精神的なダメージを受けてしまう恐れがあります。 そして私もプライベートで気づくことができずに、信用しきってしまって巻き込まれてしまった過去があります。 他者からの評価にひどく傷つきやすく、理想化した自己像が崩れるのを恐れ、人と接することを避けようとします。 また、相手からほめてもらうために、わざと自分を低く評価し極端に謙遜するときもあります。 しかしながら期待したフォローの言葉が返ってこないと傷つき、激しい怒りをおぼえますが、表面にそれを出すことができずうつ状態や不眠におちいったり、身近な家族やパートナーに八つ当たりをしたりする場合があります。 周囲の人は、本人がなぜそのように落ち込んだりイライラしたりしているのかがわからず困惑し、普段の大人しい態度から自己愛性パーソナリティ障害とは気づくことができません。 6.自己愛性パーソナリティ障害と他の病気の違い 境界性パーソナリティ障害や反社会性パーソナリティ障害、回避性パーソナリティ障害などと判別が難しいことがあります。 自己愛性パーソナリティ障害の診断についてみてきましたが、このようにクリアカットに自己愛の特徴を認める方は少ないです。 いろいろなパーソナリティ傾向が入り混じっていて、その中で本質的に自己愛性パーソナリティ障害の要素が強い方を診断していきます。 ここでは、自己愛性パーソナリティ障害とオーバーラップすることの多いパーソナリティ障害について、簡単にご紹介していきたいと思います。 境界性パーソナリティ障害の根底にあるのは「身近な人から見捨てられてしまうのではないか」という強い不安といわれています。 考え方が自己中心的になりがちですが、他者に共感せず自分の目的のために利用するという傾向が目立つことはなく、自己愛性パーソナリティ障害ではあまり見られないリストカットや過食嘔吐などの自傷行為が多いのも特徴です。 自己愛性パーソナリティ障害の人は積極的に法を犯すことはあまりありませんが、自分の目的を達成するための詐欺行為や暴力行為など、反社会的パーソナリティ障害の人に近い状態になっているケースもあり、判別が難しい場合があります。 自己愛性パーソナリティ障害の中でもおとなしく卑屈なタイプは、回避性パーソナリティ障害の人と似たような行動を見せるため、判別が難しい場合があります。 しかし、回避性パーソナリティ障害の人は、理想の自分と現実の自分にギャップがあることを自覚しており、自分が批判されたときは、他者よりも自分を強く責める傾向があります。 まとめ 精神疾患全般に言えることですが、検査数値や目に見てわかる症状がないため、その診断は簡単ではなく、長い時間を要することがあります。 また、医師によって診断が異なる場合もあります。 診断基準や症状の特徴は判別の目安にはなりますが、それだけで簡単に診断はできず、自己判断で決めつけてしまえるものでもありません。 ここに書かれていることもすべての人に当てはまるわけではなく、1つの例や目安です。 自己愛性パーソナリティ障害の確実な診断や治療のためには、専門機関でカウンセリングを受けたりしながら、時間をかけて慎重に自分の問題を探っていく必要があります。 2017年3月22日 カテゴリー• 1,162• 月別アーカイブ•

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境界性パーソナリティ障害診断テスト

パーソナリティ 障害 診断 テスト

妄想性パーソナリティ障害は、2003年頃まで、妄想性人格障害と呼ばれていました。 今でも妄想性パーソナリティ障害のことを妄想性人格障害と呼ぶことがあります。 また、妄想性パーソナリティのことを猜疑性パーソナリティ障害と呼ぶこともあります。 妄想性パーソナリティ障害(猜疑性パーソナリティ障害・妄想性人格障害)の特徴は、何の根拠もなく妄想的に「人から利用されるに違いない」「陥れられるに違いない」といった猜疑心や不信感を抱く点にあります。 日常生活や社会生活を営む上で、人や物ごとを疑うことは、時には必要です。 けれども、度をこした猜疑心は対人関係を破綻させます。 この記事では妄想性パーソナリティ障害の人の症状(というより考え方や行動)、原因、治療法、付き合い方などについて、一緒に見ていきましょう。 この記事の目次• 妄想性パーソナリティ障害と妄想性障害って同じなの?違うの? 妄想性パーソナリティ障害と猜疑性パーソナリティ障害と妄想性人格障害は同じもの。 妄想性パーソナリティ障害と妄想性障害は違うものです。 名前が似ているので混乱しますね。 妄想性パーソナリティ障害と猜疑性パーソナリティ障害と妄想性人格障害は同じ?違う? 妄想性パーソナリティ障害は、妄想性人格障害と同じです。 と、いうより、単に日本語訳が違うだけです。 また、妄想性パーソナリティ障害と猜疑性パーソナリティ障害も同じです。 というより、やはり単に日本語訳が違うだけです。 まず、パーソテリティ障害も人格障害も英語の「personality disorder」を日本語訳したもので、そもそも同じです。 しかし、Personality disorderを人格障害と訳すと偏見的差別的な印象を与えるということから、2000年以降から、精神科関連の書物で「人格障害」は「パーソナリティ障害」の訳に改められる傾向があります。 これに伴い、paranoid personality disorderも妄想性(猜疑性)パーソナリティ障害と訳すのが、今の日本では一般的になりつつあります。 paranoidという部分は、「偏執症の」とか「被害妄想の」とか「猜疑心の強い」という意味で、以前は「妄想性」と訳されることの方が多かったのですが、最近は「猜疑性」の訳も使われています。 しかし、日本語訳が変わっても、英語が変わった訳ではありませんし、指している状態が変わったわけでもありません。 この記事では、paranoid personality disorderの訳として妄想性パーソナリティ障害を使いますが、妄想性パーソナリティ障害も、猜疑性パーソナリティ障害も妄想性人格障害も、同じものを指す言葉です。 妄想性パーソナリティ障害と妄想性障害は同じ?違う? 妄想性パーソナリティ障害と妄想性障害は違います。 言葉が似ているので、同じものを指していると誤解されることがありますが、異なるものです。 そもそも、妄想性パーソナリティ障害は、精神科医や心理学者が妄想性障害の病理研究や臨床活動の中で、「これは病気ではなくて、人格の問題だ」と、わざわざ別扱いにしたものです。 以下に、妄想性パーソナリティ障害と妄想性障害について少し詳しく書きます。 妄想性パーソナリティ障害 先述したように、妄想性パーソナリティ障害は、現在の解釈では、病気というより「パーソナリティ(人格・性格)が通常とは逸脱している状態」です。 また、妄想性パーソナリティ障害では漠然とした「世の中は信用ならない」などの妄想的観念は持ちますが、「誰かに毎日毒を盛られている」などの妄想がある訳ではありません。 したがって、妄想性パーソナリティ障害は、病気ではありません・・・と、書きたいところですが、実は、最近の脳科学的な研究によると、パーソナリティ障害にも脳の異常があるというデータが集まってきており、もしかすると、今後は病気として取り扱うことになるかもしれません。 また、パーソナリティを神経科学的にな枠組みで捉えようという研究も盛んに行われており、パーソナリティ(人格・性格)障害と病気の境界は曖昧になっていくかもしれません。 しかし、少なくとも、今の所、伝統的な精神医学の考え方では、妄想性パーソナリティ障害は、病気ではなくて性格の歪み・人格の逸脱です。 妄想性障害 妄想性障害は持続した妄想が続く精神病性の精神障害で、はっきりとした病気です。 妄想性障害は、統合失調症に非常によく似ていますが、統合失調症と違うのは、統合失調症では妄想の他に、幻覚(幻聴・幻視など)を伴い、幻覚に引きずられた(支離滅裂に見える)言動や、意欲低下や引きこもりなどの陰性症状が見られるのに対し、妄想性障害は、妄想のみが症状という点です。 妄想性障害では、統合失調症と比べると、心身の機能は良好で、ある程度の社会性・社会機能が保たれています。 統合失調質パーソナリティ障害 妄想性パーソナリティ障害と良く似たパーソナリティ障害に、統合失調質パーソナリティ障害(分裂病型・分裂病質パーソナリティ障害)があります。 妄想性パーソナリティ障害は、「猜疑性」と「人間不信」「警戒心」を特徴とする独裁者に多いパーソナリティ障害であるのに対し、統合失調質パーソナリティ障害は、「関係念慮」と「知覚変容」を特徴とする数学者や哲学者、思想家、宗教家などに多いパーソナリティ障害と言われています。 関係念慮とは、人間関係における偶然の出来事に対して、独特の意味づけや考えを持つものです。 例えば、家族が犬を散歩に連れ出した時に「1時間前に犬を散歩に出せとテレパシーを送った結果だ」と本気で信じるなどです。 知覚変容は、自分の名前を誰かが呼んでいる、部屋の中に誰かがいるなど、普通ではない知覚体験、身体的錯覚をもつものです。 統合失調質パーソナリティ障害と妄想性パーソナリティ障害の区別は、曖昧な部分があり、はっきり区別できないこともあります。 妄想性パーソナリティ障害の人は、妄想性障害になりやすいの? 妄想性障害は、はっきり病気なのですが、実は、「統合失調症に近いもの」から、「猜疑心の強い性格に近いもの」まで、かなり色々含まれています。 言い換えると、はっきりとした病気と言い切れるものと、性格の偏りにすぎないと思われるものまでが、同じ妄想性障害という病名になることがあります。 もし、「妄想性障害」が、「猜疑心の強い性格に近いもの」の場合は、妄想性パーソナリティ障害(妄想性人格障害)との境界がはっきりしません。 つまり、妄想性パーソナリティ障害(妄想性人格障害)の人だから、妄想性障害になるというよりは、この二つはそもそも同じものということになります。 「妄想性障害」が「統合失調症に近いもの」の場合は、妄想性パーソナリティ障害(妄想性人格障害)と妄想性障害は無関係と言って概ね差し支えないでしょう。 けれども、「概ね差し支えない」です。 なぜかというと、精神科の病気は、はっきりと病気であっても、病気になる前の性格と病気が、割と関係あるように見えることが多いからです。 もともとの性格=妄想性パーソナリティ障害が強調されて妄想性障害になったと考えるか、もともとの性格=妄想性パーソナリティ障害に見えていたものが、実は妄想性障害の潜在的な始まりだったと考えるかは、判断がつきかねることも多いのです。 ですから、この質問に対する答えは、「妄想性パーソナリティ障害(妄想性人格障害)だからといって、妄想性障害になりやすいことはないはずだが、関係あるように見えてもおかしくないし、関係あるかもしれない」と、いうことになります。 妄想性パーソナリティ障害の人の症状(というより考え方や行動) 妄想性パーソナリティ障害(妄想性人格障害)は、病気というより考え方に問題のある人格「障害」ですので、「症状」という表現はあまり適切ではありません。 したがって、ここでは、「症状」ではなく「考え方」「行動」という言葉を使います。 妄想性パーソナリティ障害の人は、猜疑心と不信感を持つ 妄想性パーソナリティ障害の人は、「人間不信」の考え方に陥っています。 友人や同僚、初めて会う人達の誠実さを不当に疑い、「世の中の人は全て嘘つきで、お人好しの自分はいつも騙されている被害者だ」と考えています。 妄想性パーソナリティ障害と診断されている最も有名な人物は、ヒットラーやスターリンなどの独裁者です。 彼らは猜疑性が強く、その不信感ゆえに冷徹に多くの人を死に追いやりましたが、恐らく、最後まで「人を信じすぎた故に、陰謀に陥れられた」と感じていただろうと言われています。 妄想性パーソナリティ障害の人は、自分の疑いを確認するために、周囲の人たちの自分自身への評価や、配偶者・恋人などの情報を関係ない人に聞いて回ったり、盗聴器を仕掛けたり、現在ならインターネットの掲示板利用といった普通でない方法で情報収集して、他者の行動を細かく調べ回ります。 その結果、少しでも不誠実な部分を見つければ、自分の推測は正しかったと納得し、「やはり、世の中の人は全て嘘つきで、自分はいつも騙されている」「いつも騙されている自分は、お人好しなのだ」「騙されないように、もっともっと注意深くなくては」という確信をさらに強固なものに変え、警戒心を強めていきます。 また、悪意に満ちた世間に、個人情報や自分の素直な感情を出すことも嫌悪します。 名前や好きな食べ物など、個人的な情報は、悪用されると思っているからです。 つまり、妄想性パーソナリティ障害の考え方の特徴は、「猜疑心(疑い深さ)」「不信感(他人を信じられない)」「警戒心」で表せると言えます。 妄想性パーソナリティ障害にとって、世間は敵で汚い陰謀に満ちており、陥れられないように警戒しなくてはならないのです。 そして、本人は、自分のことを「無垢で、お人好しで、騙されやすい」と本気で信じています。 妄想性パーソナリティ障害の人は親しい人のことも信じられない 妄想性パーソナリティ障害は、その人の眼鏡に適ったごくごく親しい人のことも信じられなくなります。 配偶者や異性のパートナーのことを、何の根拠もなく「不誠実だ」と疑い、相手が何処にいたか、何をしていたか、どういうつもりだったか、少しでも自分のことを嫌だと思ったのではないか、浮気しようと思ったのではないかなど、絶えず何度も何度も尋ね、「納得いく回答をするよう」求めます。 しかし、納得するような回答が得られることは永遠にありません。 不誠実な気持ちが本当に全くなかったとしても、「不誠実な気持ちは全くない」という答えが、なかなか信じられないからです。 さらに、妄想性パーソナリティ障害の人は、「何度も何度も同じことを尋ねられてうんざりだ」という態度には過剰に敏感です。 もし、相手が「うんざりだ」という感情を少しでも持てば、すぐにそれを感じ取り「裏切りだ」と怒りを露わにするでしょう。 妄想性パーソナリティ障害の人は、軽視や侮辱や悪意に対し過敏で、執拗に恨み、攻撃的である 妄想性パーソナリティ障害の人は、「3年前の初対面の時の握手が、自分に対してだけ丁寧でなかった」などの、客観的に事実かどうかわからないことに対しても、軽視や侮辱を感じ取ります。 そして、「そんなことはない」「そんなつもりはなかった」と反論すれば、今度は拒絶されたと感じて執拗に恨みます。 また、妄想性パーソナリティ障害の人は、他者の弱みや欠点を見つけ出すと、それを指摘せずにはいられません。 しかし、例えば「同じことを、あなたも以前なさったように思いますよ」と、自分のことを言われると猛烈に腹を立てます。 そして、そのことを何年経っても許すことはないでしょう。 妄想性パーソナリティ障害の人たちは、本人視点では、慢性的に傷つられ、裏切られ続けるという被害者体験にさらされ続けています。 そして、傷つけられ裏切られたと感じたことを、忘れることをはありません。 言い換えると、妄想性パーソナリティ障害の人達は、被害を受けないように過剰に防衛し、そのせいで攻撃的になってしまうくらいに追い詰められた人達なのかもしれません。 妄想性パーソナリティ障害の人の妄想的概念は、その障害ゆえに事実になってしまう 妄想性パーソナリティ障害の人には、有能な人も多いのですが、その障害ゆえに人間関係が上手くいかず、社会において成功しにくいことがあります。 しかし、本人は、自分のことを、「高潔で、無垢で、お人好しで、騙されやすい」と思っていますから、「周囲の人が自分にを認めず、みんなで陰謀して自分を陥れているから、社会的に成功できない」という妄想的確信を持ちます。 妄想性パーソナリティ障害の人は、証拠はないのに人は自分に悪意を抱いていると疑い、絶えず反撃のチャンスを狙っています(本人としては正当防衛、あるいは報復です)。 けれども、大抵の場合、このような行動は人から嫌われますから、最終的に、本人が「最初に抱いた不信感や直感は、やはり正しかった」思いこむ状態が起こります。 つまり、いつも誰かを疑っているような人とは、誰も一緒に仕事をしたくないので、誰も協力しないということが発生します。 そうすれば、結果的に「周囲の人が自分に敵意を持ち、誰も協力しないから社会的に成功できない」ことが事実になってしまいます。 さらに、本人の猜疑心や不信感、そして裏切られたと感じた時の凄まじい怒りや態度に対し、周りの人が嫌悪感を持ち、離れていきます。 そうすると、結果的に「みんな自分から離れていく」「最終的には、全ての人から裏切られる」も事実になってしまいます。 このようにして、妄想的パーソナリティ障害の人の妄想的概念は事実となってしまうのです。 そして、そのことが、本人の思い込みをさらに強固なものにすることは言うまでもありません。 妄想性パーソナリティ障害の診断 精神科医や臨床心理士は、本人の話や周りの人の話をよく聞き、考え方や行動、種々の状況などを包括的に判断して妄想性パーソナリティ障害の診断をつけます。 妄想性パーソナリティ障害の診断の難しさ 妄想性パーソナリティ障害の人は、自分が道徳であり正義であり、他罰的なスタイルでも許される場所であれば、非常に有能です。 このような居場所があれば、妄想性パーソナリティ障害の人たちは、「騙されたり、陥れられたりすることに注意しながら」うまくやっていくことができるのです。 したがって、このような考え方を持つ人が、精神科医や臨床心理士を受診することは、殆どないでしょう。 そもそも精神科医や臨床心理士のことを、信用できることもないでしょう。 ただし、妄想性パーソナリティ障害の人達が、不安症状を持った時や、双極性障害のうつ状態の時には、受診するかもしれません。 不安症状の根底や原因が、妄想性パーソナリティ障害のことは少なくありませんが、その場合でも、不安症状やうつ状態が軽減すれば、治療者を敵だと考え、治療者から離れる(あるいは不要な治療をしたと治療者を訴える)ケースが多いので、妄想性パーソナリティ障害の診断にまで至るのは難しいです。 妄想性パーソナリティ障害の診断基準 妄想性パーソナリティ障害に限らず、精神疾患やパーソナリティ障害について調べていると、「ICD-10」や「DSM-5」という言葉を目にすると思います。 精神科医や臨床心理士は、ICD-10やDSM-5を参考に、妄想性パーソナリティ障害の診断を行います。 これらは国際的に使用されている疾病分類で、もともとは疾病統計を取るためにつくられたものですが、疾病統計を取るためには、疾病を同じ基準で診断する必要があります。 そのため、ICD-10にも、DSM-10にも診断基準が明記してあります。 ICD-10って何? ICD-10は世界保健機構(World Health Organization:WHO)によって作成されている疾病及び関連保健問題の国際統計分類 第10版のことです。 ICD-10では、身体疾患も精神疾患も網羅おり、そのコードは、されいます。 また、日本語版ICD-10もで無料公開されています。 ICD-10 (疾病及び関連保健問題の国際統計分類 第10版):The ICD-10;the 10th revision of the International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems 精神障害や行動障害は、身体の病気とは異なり、精神科専門医や臨床心理士による症状の確認や観察が不可欠なため、厳密な診断基準やその根拠となる臨床的概念が、ICD-10の別冊である以下の2冊に記されています。 ICD-10による妄想性パーソナリティ障害の診断基準 以下にWHOで無料公開されている妄想性パーソナリティ障害の診断基準と、筆者による日本語訳(不正確かつ医学用語として正しくない部分があります)を載せます。 妄想性パーソナリティ障害の理解するために、眺める程度のご利用にとどめていただければ幸いです。 なお、正式な日本語訳は、先述の本をご購入の上、ご確認ください。 妄想性パーソナリティ障害の診断基準 A. The general criteria of personality disorder F60 must be met. :(前提として、)パーソナリティ障害(F60)の一般的基準を満たす。 At least four of the following must be present:以下のうち少なくとも4つが存在する。 Excessive sensitivity to setbacks and rebuffs. :妨害や拒絶(されたと感じること)に対しての過剰な敏感性• Tendency to bear grudges persistently, e. unforgiveness of insults, injuries or slights. :執拗に恨みを持つ傾向。 例えば(自分が受けた)無礼、傷、軽視などを許さない• Suspiciousness and a pervasive tendency to distort experience by misconstruing the neutral or friendly actions of others as hostile or contemptuous. ;猜疑心と経験した出来事を全て歪曲する傾向。 他者の中立的あるいは友好的行動を、敵意あるもの、見下しているものと曲解するため、(本人視点では常に)敵意にさらされ、見下されているという体験をしていることになる• A combative and tenacious sense of personal rights out of keeping with the actual situation. :現実を顧みない、闘争的で粘着的な自身の権利への意識• Recurrent suspicions, without justification, regarding sexual fidelity of spouse or sexual partner. :配偶者や異性パートナーの貞操に対する不当で何度も繰り返す疑念• Persistent self-referential attitude, associated particularly with excessive self-importance. :過剰な自尊心に関連する、執拗な自己言及的態度(常に自分を引き合いに出す態度)• :自分の身近な出来事と世界規模の出来事の両方に対する、根拠のない「陰謀」論的解釈の盲信 :より引用(日本語訳は筆者) DSMって何? DSMとは、アメリカ精神医学会による、「精神障害の診断と統計マニュアル:Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders」のことです。 なぜかDSM-5だけ算用数字です。 このマニュアルによってつけられた病名は、北米中心に保険請求や統計などに用いられています。 例えば、アメリカ合衆国の0. 5〜2. 5%が妄想性パーソナリティ障害であるという統計を取る時、このDSMの診断基準に合致したものを「妄想性パーソナリティ障害」に分類して、統計結果を出しています。 妄想性パーソナリティ障害の詳しい診断基準は、DSMにも記されています。 DSMには厳格な著作権管理が行われており、ご紹介するには、相応の手続きが必要です。 日本精神神経学会による日本語の完全訳本が医学書院から出版されていますが、訳本の方であっても、うっかり紹介すると著作権侵害を問われかねません。 そういうわけで、こちらではご紹介できません。 ご了承ください。 妄想性パーソナリティ障害の原因と治療 妄想性パーソナリティ障害は、アメリカ合衆国では人口の0. 5〜2. ほとんどのケースで、青年期〜早期成人期までに、猜疑性や不信などの特徴的な考え方が現れるようですが、結婚したり就職したりするまで、行動の偏りとは結びつかないことも多く、周りの人は、この障害に気づかないまま、振り回されることも良くあります。 妄想性パーソナリティ障害の原因 原因は不明です。 今の所、病気というよりは、人格の歪みと言われていますが、遺伝や脳の微細な障害、脳内伝達物質の異常などが関係しているかもしれないとも言われています。 また、血縁者に統合失調症の患者さんがいる場合、有病率が高いとされています。 さらに、家庭や学校など青年期までの環境や、現実社会の中で実際に裏切られたような経験も原因になり得ると考えられています。 妄想性パーソナリティ障害だけでなく、パーソナリティ障害全体に言えることですが、パーソナリティ障害は、もともとのパーソナリティ(人格・性格)が、何かをきっかけに歪み、精神状態、社会生活、対人関係で困難(障害)が生じる状態です。 妄想性パーソナリティ障害の人の場合、もともと繊細かつ目上に対して礼儀正しく、嘘や裏切りを酷く嫌う傾向にあるようです。 妄想性パーソナリティ障害の治療 治療は、不安があれば抗不安剤、抑うつ症状があれば抗うつ剤、被害妄想的概念が強い場合は抗精神病薬などの投与になります。 妄想性パーソナリティ障害自体に対しては、カウンセリングや心理療法、精神療法なども有用ですが、これらの治療を受け入れる妄想性パーソナリティ障害の人は多くはありません。 また、病名をつけた人や向精神薬の投薬を行った人に対して、憤怒を向けることも多く、治療者を訴えることすらあります。 妄想性パーソナリティ障害は、治らない訳ではないのですが、「パーソナリティ(人格)の障害」の名称が示すように、障害ではあってもその人なりに安定したパーソナリティです。 自傷他傷の恐れがあれば別ですが、本人が治療を希望していないのに治療をすることはできません。 本人は、「周りが嘘ばかりつくので(という妄想的観念があるので)」困ったり、抑うつ症状を示したりすることはありますが、疑われ、責められ、振り回されて、抑うつ的になったり不眠症になったりして、本当に医療施設を受診するのは、周囲の人たちに多いのです。 妄想性パーソナリティ障害の人への接し方 正直なところ、出会ってしまった人達にとっては、厄介な存在である妄想性パーソナリティ障害ですが、どのように接すれば、穏やかに過ごすことができるのでしょうか? 心の距離を保つ 妄想性パーソナリティ障害の人と接する場合、最も重要なことは、(可能なら)心の距離をとることです。 妄想性パーソナリティ障害の人は、本人は気づいていなくても常に孤独です。 ですから、自分より立場が下の新人や、出会ったばかりの人には、親切に力を貸す傾向があります(権力者や有能な新人には、初めから敵意をむき出しにすることも多いです)。 この障害を持つ人は、有能で頼りになることも多いのですが、頼らずにかわしてしまうのが賢明でしょう。 本人は断固として認めないでしょうが、一旦頼りにすると、妄想性パーソナリティ障害の人の方で、親しくなったと心を許してしまうのです。 その気はないのに、恋人扱いされていることもあります。 そして、一旦、そのような状態になると「自分を頼りにしなかったこと」にさえ、悪意を感じてしまいます。 「頼りにしなかったこと」は隠し事と同等の悪意を含む裏切りであり、悪意を感じ取ると、今度は「自分が心を許したこと」を、まるで陥れられたかのよう解釈し、怒り狂います。 言いがかりをつけ、嘘つき呼ばわし、侮辱されたと憤るでしょう。 本人は、自分は高潔で正しいと思う傾向があり、自分に直すべき点はないと本気で考えていることが多いので、騙されたと感じた時の怒りは凄まじいのです。 可能であれば、初めから近寄らないのが一番です。 目立たない存在になる もし、既に身近に妄想性パーソナリティ障害の人がいて、今更、急に距離を取れない場合は、少しずつ、目立たない存在になりましょう。 急に距離をとれば、その人の猜疑心や他者への不信感を肯定し、怒りに火を注ぐことになりますので、「少しずつ目立たなくなる」「相手に興味を失わせる」のがポイントです。 妄想性パーソナリティ障害の人は、目下の新人には親切で頼もしい存在ですし、多くの場合カリスマ性を併せ持つので、新しい崇拝者は直ぐに現れます。 離れると決めたら、嘘はつかず堂々と 妄想性パーソナリティ障害の人が家族にいる場合は、距離をとるのは非常に難しいかもしれません。 しかし、離れる覚悟ができたら、「結果として裏切るように見えるかもしれないが、自立したいのだ」と率直に伝える以外にないでしょう。 言い訳や嘘や小細工は最も避けるべき行動です。 また、「裏切り者」と罵られ、うろたえた様子を見せるのも、避けるべきです。 逃げ腰のおどおどした振る舞いは、妄想性パーソナリティ障害の人を失望させ、逆上させます。 「裏切り者とあなたがが感じることは分かっているし、そうとられても仕方がないが、今までのご恩には感謝しているのは事実だ。 敵になりたいわけではない。 自立したいだけだ。 」ということを、毅然とした態度で、はっきり示す必要があります。 妄想性パーソナリティ障害の人は、誇り高いのです。 弱腰の嘘つきに騙されて影で笑われる(と感じる)くらいなら、誇り高い相手に礼儀正しく堂々と距離を置かれた方がマシです。 ただし、敵対する気がないことは(例え信じてもらえなくても)、はっきりと伝えてください。 そして、その言葉が嘘にならないように、敵対せずに、きちんと距離をおいてください。 もしかしたら、そのことは、将来、妄想性パーソナリティ障害の人の心の拠り所になるかもしれません。 まとめ 妄想性パーソナリティ障害の人は、人を疑い続け、怒り続け、裏切られと感じればあらゆる手段を使って報復します。 そして猜疑的で攻撃的なその言動のせいで、「この人も、いつかは、自分を裏切る」という疑いが事実になっていく運命にあります。 でも、きっとそれはとても苦しく、辛いことなのでしょう。 妄想性パーソナリティ障害の人にとって、信頼に足ると感じ、寄り添ってくれる人が現れたらどんなにいいだろうなんて思いますが、でも、だからと言って、私自身がそのような存在にはなりたいとは、やはり思えません。 妄想性パーソナリティ障害の人がいたら、初めから近寄らないという選択肢を選ぶに違いありません。 けれども、妄想性パーソナリティ障害の人は、近寄りたくないという思いを敏感に感じ取り、傷つき、更なる人間不信に陥るのだろうな、と、想像してしまいます。 そのことが、なんとももどかしく感じてしまいます。 関連記事として、 ・ ・ ・ これらの記事も読んでおきましょう。

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強迫性障害 診断チェック

パーソナリティ 障害 診断 テスト

トラウマの影響は身体に出る 乳児期から児童期にかけて、虐待やネグレクト、不運なトラウマ体験を受けて育つと、安全が脅かされて、身体の中にトラウマが刻み込まれて、生存本能を司る脳幹や大脳辺縁系は、通常の人とは違った形で成長します。 脳は危機が差し迫っているとして、警報を鳴らし、身体は身構え、周りの顔色を伺います。 嫌悪する刺激には、身体が硬直する反応が出て、神経が繊細に反応するため、動悸がする、ザワザワする、息が浅く早くなる、焦る、落ち着きがない、胸が痛む、息を止まる、凝視する、目を逸らす、近づく、離れる、戦う、逃げる、興奮する、怒る、凍りつくなどが起きます。 身体の中のトラウマの影響により、自分の意思に基づかない反応に支配されます。 そのため、脅威を感じると、焦燥感に駆られ、落ち着きがなくなり、その場にいられなくなって、物事を解決しようと思考が回転しますが、うまくいかなと胸が苦しくなります。 また、危険を迫ってくる場合は、目の前にあるものが敵か味方かを判断して、敵だと思うと、全身が縮まり、闘争・逃走反応を示します。 トラウマの影響は日常生活に出る 身体の中にトラウマを抱えると、日常生活のなかで、身近な存在に警戒し、同じ姿勢でじっとしていることが苦手になります。 子どもの頃から、安心して過ごすことできない環境で育つと、心の成長がスムーズにいきません。 特に、他者の気配が気になり、対人関係の距離の取り方や対象を求める質がおかしくなります。 価値観が違う相手は、自分の思ったように動いてくれないため、予想外の動きをされると、ビクッと反応して、心臓がドキドキし、トラウマの再体験の引き金になるかもしれません。 そのため、トラウマを持つ者は、そのたびにイライラさせられ、うんざりします。 その一方、トラウマのある者は、周りの気配を気にしなくてもいいように、好奇心あることにのめり込んで楽します。 病的な自己愛者は、不快なものを遮断し、ナルシシズムな世界に没頭するため、自己中心性は高まり、自分と価値観やセンスが合致している相手とは居心地良さを感じます。 病的な自己愛者は、トラウマによる自己の不全感の影響から、思考や行為を強迫的に反復したり、細部にこだわり、自己の完全性を維持しようとする力が働きます。 また、発達早期の時期に、恐怖によって無力化されたトラウマ体験を持ち、その痛みが再び起きないように、脅威を遠ざけようとする防衛が働くため、周りに注意深くなって、いつでも反撃できるような体勢を取ります。 さらに、生きていくうえで惨めさや悔しさ、後悔、不満なことが起きないように、強さ、明るさ、愛情、お金、優越感を求めて、病的な部分を理想化し、自己像が誇大化させます。 そして、傷ついた過去を思い出そうとしても辛くなるだけなので、それを遠ざけて、ただただ強く生きていこうとしますが、自分の負の部分を直視することが難しくなります。 さらに、長期間に渡り、ストレスや緊張に曝されると、理性で自制する力が弱まり、欲求や誘惑に負けていくようになります。 病的な自己愛はトラウマによる自己不全感 自己の不全感とは、発達早期のトラウマにより、自律神経系や覚醒度の調整不全から起きます。 例えば、誰かに批判されたり恥をかかされたりすると、身体が硬直し、過剰に覚醒していき、動悸の激しさ、浅く早い呼吸、赤面恐怖、手の震え、発汗、身体の痛み、フリーズ、自己愛憤怒などが起きます。 そのため、自己の不全感を抱える子どもは、頭の中で瞬時にあらゆるリスクを考えるようになり、学校などの集団場面において、不安や動揺を感じて、細かいところまで気にかけて、行動の順序まで考えます。 普段から、嫌悪すべきものや興味があるものを入念に調べて、安全を確保し、心臓を守っていますが、予期できない事態に巻き込まれると、凄いストレスになり、頭の中で処理するのが大変になって、怒り、パニック、癇癪、感情のコントロールの難しさ、衝動的行動、恥、劣等感、体調不良などが起きます。 そのため、自己の不全感やその劣等性が周りに知られないようにするため、周りの目を気にしながら、必死に隠そうとします。 自己愛者が成長していく過程 病的な自己愛者は、通常生きるために必要なストレス耐性が低く、自分が嫌われることや、誰かに悪意を向けられることを恐れます。 周りにどう見られているかを気にして、他者に良く思われたいとか、誰かに認められたいという気持ちが強く、無意識のうちに、本来の姿よりも大きく見せようとして話を盛ります。 周りから承認されると、自分への価値が高まり、自信となって社会の中で生きていく原動力になります。 しかし、本当は人間が怖くて、とても傷つきやすく、些細な出来事でも落ち込みますが、しんどいと思うと余計にしんどくなるので、明るいふり、強いふりをして、集団の中心に割って入ろうとします。 そして、現実がうまくいかない場合には、空想の中だけが自分を守る唯一の場所になり、自分は何でもできるんだとか、凄いんだと思い込むようになります。 さらに、自分の価値を高めるため、弱い部分を責めて忌み嫌い、周りから承認されるようと努力し、完璧な姿を求めます。 子どもの頃から、学力が高くて、人を支配できるような身体能力や見た目、コミュニケーション能力を持ち合わせている場合は、努力が成果に結びつくために、学校では教師からの信望が厚くて、自分は凄くて、平凡な周りの者を見下すようになります。 一方、能力が足りない場合は、頭の中だけで凄い自己像が出来上がり、妄想と現実との区別がつかなくなることがあります。 また、親や教師、友達から、評価してもらえず、家庭や学校でストレス状態が続くと、それに応じた闘争や逃走反応の過覚醒になり、自己中心性、自己没頭、不寛容などの性格傾向を持つようになります。 その結果、虚栄心が強く、貪欲で、他者をコントロールして、慢心し、思いやりのない人間に育ちます。 ただし、世間体や周囲の評価を過剰に意識しているので、相手の顔色を伺いながら、規則正しく振る舞い、自分がよく思われているかを気にしています。 このように大人の振る舞いをして、見栄え良くみせている裏では、子どもの頃に固着した情緒障害児の姿があります。

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