走り屋 伊之助。 【鬼滅の刃】泣けた205話最終回結末ネタバレ感想・子孫や柱のみんなのその後どうなった?【最新】

登場人物五十音

走り屋 伊之助

炭治郎・善逸・伊之助の子孫 朝、学校へ行くため竈門炭彦(15)(かまどすみひこ)に声をかけて起こそうとする竈門カナタ(16)ですが、炭彦はまったく起きません。 炭彦は炭治郎そっくりの少年で、カナタはカナヲそっくりの美少年です。 場面は変わり我妻(あがつま)家。 みんなで鬼のボス倒したじゃん!と興奮気味の善照ですが、後ろから善照を蹴る姉の燈子(18)(とうこ) 善照(よしてる)は善逸(ぜんいつ)そっくりな黒髪の少年で、燈子は禰豆子(ねずこ)そっくりな美少女です。 善照は、小説の内容が凄いと言います。 みんな命懸けて戦ったと説明しますが、善照の耳をひっぱりながら、アンタも恥ずかしくないように勉強しなさいよ!と燈子。 学校へ向かう燈子と善照。 善照は、家の家系はみな大人しい女性ばかりなのに、なぜ姉だけ突然変異したんだと考えます。 善照は燈子に、輪廻転生を信じるか聞き、自分は信じていると善照。 絶対みんな転生して幸せに生きている、平和のために鬼と戦って命を落とした人達はと、小説の話をする善照に、スマホのニュースを見て全然話を聞かない燈子。 燈子が見ているのは、体操日本が金メダルを取ったというニュースで、宇髄(うずい)選手がかっこいい!と興奮気味の燈子。 善照は、この人は中指立てたり記者の首を締めたり、めちゃくちゃマナーが悪いと言いますが、それは全部相手が何かしたからでしょと燈子は言います。 善照は別のニュースの綺麗な女性を見つけ拡大します。 名前は嘴平青葉(はしびらあおば)、植物学者で、新しく発見された青い彼岸花(ひがんばな)の研究者です。 一年で2日〜3日、昼間だけ咲く花だが、うっかりミスで全部枯らせてしまい、各方面から非難轟々(ひなんごうごう)だと燈子は言います。 こんな儚(はかな)げで美しい人を責めるなんて酷いと善照は言いますが、この人、男だよと燈子は言い、切腹しろ切腹!と怒り出す善照。 その姿に、お父さんそっくりねと燈子は言います。 嘴平青葉(はしびらあおば)は伊之助そっくりの青年です。 柱の子孫も登場 燈子(とうこ)と善照(よしてる)はベビーカーに乗った双子の赤ちゃんを見つけます。 寝ている双子の赤ちゃんは、無一郎(むいちろう)と有一郎(ゆういちろう)そっくりです。 善照は鶺鴒女学院(せきれいじょがくいん)の生徒を発見し、「凄くいい匂いがする」と酷い顔で言い、燈子は善照を睨みます。 鶺鴒女学院の生徒はカナエとシノブにそっくりな顔をしています。 燈子はカナタを見つけ、上機嫌になります。 カナタは二人の小学生と一緒におり、小学生の顔は刀匠の鉄穴森(かなもり)と小鉄(こてつ)にそっくりです。 燈子が髪を巻いてることに気づいたカナタは、可愛いと燈子を褒め、喜ぶ燈子。 さらにカナタは、燈子が地球で一番可愛いと思うと言い、カナタもかっこいいと燈子は言います。 善照は背の大きな幼稚園の先生を発見し驚きます。 この幼稚園の先生、後ろ姿のみですが、悲鳴嶼(ひめじま)と同じ髪型をしています。 燈子は、今日は学校が午前のみのため、定食屋さんで食べて帰る?とカナタに聞きます。 カナタは、蛇の置物があるメガ盛りの?と聞き返し、「うん!」と答える燈子。 カナタは、先日、善照が定食屋の三つ編みの奥さんの胸ばかり見てたら、厨房から旦那さんに包丁を投げられたため行きづらいと言い、怒る燈子。 定食屋の主人と奥さんは、伊黒(いぐろ)と蜜璃(みつり)そっくりです。 愈史郎(ゆしろう)のその後 目を覚ました炭彦(すみひこ) どうして誰も起こしてくれなかったんだろぅ〜と言いながら、マンションの窓から家を出ます。 5階くらいある窓まら外に出て、そのまま隣のマンションの屋上へ飛び、さらに隣のマンションの屋上へ移動し、非常階段を利用し下へ降りていきます。 近道をするため民家の庭を通る炭彦。 縁側では善逸のおじいちゃんと鱗滝(うろこだき)そっくりの二人が将棋を指しており、その横を通る炭彦に、「毎朝何をしとるか!」と叫ぶ善逸のおじいちゃんそっくりな男性。 テレビのニュースでは、日本最高齢記録を更新した産屋敷(うぶやしき)が紹介されています。 鋼鐵塚(はがねづか)整備会社の前を走る炭彦。 三人は炭彦を「ランニングマン」と呼びながら笑い、変なあだ名をつけられたと恥ずかしそうな炭彦。 信号待ちをしていたパトカー。 信号が青になる走り出した瞬間、炭彦が飛び出します。 炭彦はパトカーのボンネットに両手をつき、側転のよな形で飛び越します。 パトカーに乗っている二人の警察官は、七件の通報がきてる高校生は今のだと言い、運転席側の警察官は怒りで震えます。 この怒りで震えている警察官は実弥(さねみ)にそっくりで、助手席側の警察官は玄弥(げんや)そっくりです。 そっくりというか、あの特徴的な顔の傷と髪型、両方とも同じです。 先輩後輩の関係で、もちろん実弥が先輩です。 時計を見ながら焦る炭彦。 小学生三人とすれ違いますが、急いでいる炭彦は見向きもしません。 ここですれ違った三人は、義勇(ぎゆう)、錆兎(さびと)、真菰(まこも)にそっくりな三人です。 学校では一人の男子生徒がスマホで女性の写真を見て頬を赤らめます。 別の男子生徒がその生徒のことを後藤と呼び、まさか彼女じゃないよな?と言い、後藤は「竹内!」と言いながら驚きます。 善照が後藤の背後から現れ、それは写真ではなく絵だと教えます。 近年では世界的にも高く評価され注目されはじめたと善照。 後藤と竹内は、これが絵なの!?と驚き、さらに山本愈史郎は、インタビューに押しかけた記者に猟銃を放った画家だと得意げに説明する善照。 煉獄の子孫も登場 学校へ向かって走る炭彦。 その炭彦を追いかけ追いついた桃寿郎(とうじゅろう) 見た目も喋り方も煉獄(れんごく)にそっくりな桃寿郎は、いい朝だな!と炭彦に並走しながら挨拶します。 桃寿郎が遅刻をするのは珍しいと炭彦は言い、朝4時からの稽古に打ち込みすぎ、父からビンタされるまで誰の声も聞こえなかったと笑う桃寿郎。 炭彦も、それちょっと怖いよーと笑います。 炭彦と桃寿郎を追いかけるパトカー。 炭彦と桃寿郎に止まるよう警察官は言いますが、全く耳に入らない二人。 桃寿郎は炭彦に、そろそろ剣道部に入らないか?と誘います。 違う所でも構わないから、とにかくスポーツをするべきだと桃寿郎。 炭彦は、寝る時間が減るから嫌だと断りますが、そう言わず少しだけでも!と桃寿郎は粘ります。 炭彦と桃寿郎を見つけた教師は、急いで門を閉めるよう言います。 炭彦のことを危険登校の常習犯だと言うこの教師、顔は鬼殺隊の村田にそっくりです。 校門が閉められようとする中、炭彦と桃寿郎は門に手をつき、門の上を飛び越えて校内に入ります。 ギリギリセーフだと喜びながら校舎へ入っていく炭彦と桃寿郎。 実弥(さねみ)と玄弥(げんや)そっくりの警察官は、村田そっくりの教師に、ちょっとよろしいですか?と、強面な顔で聞き、「ギャッ」と驚く教師。 嘴平青葉(はしびらあおば)は空を見ながら、「今日も平和だなぁ、僕は研究所を首になりそうだけど」と言い、「山奥に独りで暮らしたいなぁ」と涙を見せます。 竈門(かまど)家には電話が入り、母親が「息子がですか!?」と驚き、ご迷惑をおかけしましてと謝ります。 竈門家の壁には刀と無数の写真が飾られており、無惨を倒したあと、皆で撮った写真と炭治郎が付けていた耳飾りの描写で鬼滅の刃完結となります。 最新の配信状況は U-NEXTサイトにてご確認ください。 鬼滅の刃最終回の感想 予告やカウンドダウンもありませんでしたが、今回の205話が最終回です。 予想はしていたのでそこまで驚きませんでしたが、悲しくないかと言えばそれはまた別ですね。 鬼滅の刃に限らずですが、読んでいた漫画が終わるというのは本当に悲しいものです。 今年はこのブログでも取り上げていた五等分の花嫁、七つの大罪、そして鬼滅の刃と、最終回を迎える作品が多くて悲しい限りです。 約束のネバーランドも最終章なので、年内で完結になるのですかね。 そう考えると2020年は大型作品の終了が多いですね。 鬼滅の刃は何と言っても魅力的なキャラが多かったのと、敵である鬼の話で泣けるところ、炭治郎がとにかく優しい、炭治郎だけではなくみんな優しい、そして禰豆子が可愛い! もう魅力に溢れた漫画でした。 あとは、本当に死んだの!?ってくらいキャラがよく死にましたが、そこがまた良かったりもしましたね。 この短期間でこれだけの爆発力は、後にも先にもそうそう無いのではと思います。 本当に伝説的な作品となりました。 そして、面白い作品をありがとうございました。

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嘴平伊之助 (はしびらいのすけ)とは【ピクシブ百科事典】

走り屋 伊之助

落語って土地土地の地名がいっぱい出てくるでしょ。 その土地に実際に行って実際に動いてみた方が噺を演じるときにリアリティが出ると思って、ホンダの250ccバイク、フリーウェイを買って走るようになったんですよ。 真打ちになって数年後でした。 その後がシルバーウィング600、現在は3台目でスズキのスカイウェイブ650LXです。 私は東京の出身じゃないから、地下鉄で潜って出て、それがひと駅でも全然違う雰囲気になると、どれだけの距離を行ったのかがわからない。 やっぱり「あ、隅田川を右に見ながら土手沿いにずっと行ってるな」っていうことを自分が実感して初めて噺のなかに距離感を出せますから、その感覚を確かめたいっていうことですね。 高校の頃からバイクには乗ってましたから、環境とじかに接するあの感じは知ってました。 以前ね、夏場にバイクで浅草の吾妻橋交差点を通りかかったら、パトカーがマイクで「どなたか、身投げをしたっていう連絡をしていただいた方。 身投げした人が助かりました。 ありがとうございました」って。 昔、吾妻橋は「身投げの本場」って言われてたもんだから、そういう場面に出くわして、「なるほど今でも名所は名所だ」って思いましたよ。 あぁバイクで走っててよかったなぁって……、情報が生で伝わってくるっていうことかな。 夜中の12時に都内の家を出て、横浜まで来るとね、だんだん東京のFMが入らなくなる。 「うわー、東京離れたなー」って感じるんですよね。 それから霧がかかった箱根の山を越えて、伊良湖経由じゃなくって名古屋を通って、向こうに着いたのが昼の12時。 12時間かかった、下を通ったからね。 おもしろかった。 左車線のトラックの後ろを通っていくから、体が排気ガスだらけになって、そのまま高座の着物に着替えたら着物がダメになっちゃってね(笑)。 だから今新しい650ccに買い換えたのは、ちょっと右にでてサッと追い越せるじゃないですか。 そうするとあんまり汚れない、いや汚れるかな(笑)。 昔のお伊勢詣りって江戸から伊勢まで2週間歩いたそうだけど、今はとてもそうはできない。 でもバイクなら先人たちが感動したのと同じ景色を見ることができるんですよ。 今日はどういうところへ行きましょうか。 今日は「お若伊之助」という噺に出てくる土地をバイクで散歩しましょう。 「お若伊之助」を簡単に紹介しますと、これは幕末明治の名人三遊亭圓朝の作で、日本橋横山町三丁目堺屋という薬屋のお嬢さん、お若は十八歳で実にいい女。 このお若さんが菅野伊之助、一中節っていう唄いの師匠で年が二十六歳で、にがみばしった実にいい男に稽古をつけてもらうようになるが、お若が一目惚れをし、二人がいい仲に。 おっかさんは伊之助に手切れ金を渡して二人を別れさせ、お若を根岸の剣術道揚、高根晋斎のところへあずけてしまう。 しかしいつの間にか伊之助が毎晩お若のもとに通うようになって……。 手切れ金をもらったはずの伊之助は本当にお若のところに通ったのかどうか……。 この伊之助がいたのが両国。 回向院の界隈でしょうから、両国の回向院からスタートしましょう。 噺のなかでは鳶の頭(かしら)初五郎が、両国の伊之助の家とお若が預けられた根岸の剣術道場をいったり来たりしますから、その跡をたどろうというわけです。 昔の人は、これを二本の足だけで行くんですからね、大変だったでしょうけどね、今はこのバイクってものがあるんで、ヒューッと一ッ走りですよ。 それから勧進相撲発祥の地。 国技館の第1号は回向院の中にあったんですよ。 この間国技館で講習会みたいなものがあって、行ったらそうやって話してましたよ。 だから力士塚っていうのがあったでしょ。 それから有名人のお墓があります。 義太夫節の元祖竹本義太夫、泥棒で名を馳せた鼠小僧次郎吉、戯作者の山東京伝。 回向院の中では鼠小僧のお墓が一番立派なんですよ。 お坊さんに「どうしてあんなに立派なんですか」って聞いたら、「泥棒の寄進だ」って(笑)。 私がお詣りしたらね、ほかにもお詣りしている三人がいまして、見たらやっぱり目つきが悪かった(笑)。 向こうもこっちの顔、じーっと見てましたけど、どう思ってたんでしょうね。 橋の下の川が隅田川に注いでます。 柳橋です。 ここもずいぶん落語の舞台になってます。 芸者を乗せて貸し切りで花見、贅沢ですねえ。 昔は大川って言ってました、隅田川ですね、ずっと上流に上がっていく。 あと、猪牙(ちょき)舟でもって、船頭入れて4人ぐらいで吾妻橋をくぐって、山谷堀をずっとのぼって遊郭があった吉原に行ったっていうんですが、吉原通いの噺でもこの柳橋から始めるのが多いんですね。 当時の交通機関として、船ってのは高級だったでしょうね、とくに夏場は。 漕いでる人は暑いでしょうけど。 こう水に触ってチャプチャプしたりなんかしてやっぱり気持ちいいでしょう。 涼をとることができますからね。 当時の乗り物は、あとは籠か馬ですから、船が一番贅沢だったんでしょうね。 さっき言いました伊勢の落語会の時もそうなんですけど、地方へ行くときもこのボックスの中に高座で必要な着物とか羽織とか、みんな入れていきます。 仕事の出張とツーリングを兼ねているみたいなもんです。 今、都内の7ヶ所くらいで落語会を隔月でやってるんですが、そのポスターを自分でパソコンで作って会場まで持ってって、世話人と一緒に貼らしてもらうんですけどね、夏場の暑いときに駅まで持って行って、電車に乗って、世話人のところまでまた持ってってなんて死にそうじゃないですか。 だからバイクにボックスを付けといて、みんなその中にバババーッと放り込んで、サーッと行ける。 バイクがあるからこそいろんなところで落語会ができたようなもんです。 混雑している都内を安全に走るためにバックミラーを追加で付けました。 ここは吾妻橋ですね。 水上バスの発着所や東武鉄道の駅もあって賑やかです。 浅草寺も近いですね。 両国橋からここまでに蔵前橋、厩橋、駒形橋って、今はありますけどね、昔はなかった。 橋をあんまり造らせなかったてのは、徳川幕府の戦略上、攻め込まれるといけないっていうのがあったらしいんですよね。 走ってきた江戸通りは昔でいえば奥州街道、日光街道です。 ここは身投げの名所(笑い)。 昔はいろんな名所があったんですよ、首くくりはどこそこ、心中はどこそこってね。 で、ここは身投げ。 あとは、エーッと、どういう噺があったかな……。 勘当された若旦那がここで身を投げようとしたら、親戚の叔父さんがたまたま通りかかって助けられた、という……。 え……、あぁ、あれもそうですね、そうでした。 私やったこと何度もあるんですよ。 すごくいい噺です。 得意なんですけどね(笑)、忘れてます(笑)。 だって忘れるんですよ、噺って。 同じようなパターンがたくさんあるじゃないですか。 それで忘れちゃうんですね。 例えば、1時間くらいあるような長い噺を覚えますでしょ。 それでまたドンドンドンドン新しいネタをやってくじゃないですか。 そうすっと3年くらいすると忘れちゃってるんですよ。 でまた覚える。 でも2回目は最初に覚えるよりも短くて覚える。 でまた5年くらいしてまた覚えると、また短くなって(笑)。 だんだん短くなってく。 そう、理想像だったかもしれないですね。 長兵衛という職人が吾妻橋の上で若い男の身投げを助ける。 話を聞くと、売り掛けの五十両をすられてしまい申し訳ないから死ぬんだとまた飛び込もうとする。 長兵衛は娘が吉原に身を沈めて作った五十両をこの男にやってしまうんです。 この後、金はじつは集金先に忘れていたということがわかり、男の主人が長兵衛の気っ風に感激して娘さんを吉原から連れ戻し、若い二人が夫婦になって元結屋を始めるという人情話です。 元結ってちょんまげの端を縛るやつです。 この噺、原作者が上手く物語を作って、これぞ江戸っ子だって思いたいのかもしれないね。 そこがこの江戸っ子の感情っていうのかなー。 でも本当はくれてやらないよなぁ(笑)、そんな五十両なんて。 江戸っ子らしい人物ってのは落語全部を通してたくさんでてきます。 際立つ、際立たないはありますけど。 さっきの「唐茄子屋政談」の中でも、身につまされるっていうのかな、炎天下、道端にひっくり返っている若旦那を見て、自分も同じような境遇に立ったら気の毒だって思う通りすがりの人の情がありますでしょ。 その若旦那もそのあと貧乏長屋で出会ったおかみさんに同情して売り上げをやっちゃうんです。 「文七元結」の長兵衛も他人に情を思い入れてね、娘が自分を吉原に売ってこさえた金を人に上げちゃう、これ極地ですよね。 それ以上のものって言ったら、「命をあなたにあげます」しかないですもんね。 これがやっぱり典型、江戸っ子なんでしょうね。 基本的には音楽が聞けないとだめですね、私の場合は。 タンデムで乗るときも二人で聞けるようにしてるんです。 後ろも同じような感覚で味わえるようにね。 5月の新緑の頃に東京だと四谷の迎賓館から東宮御所の間を抜けるときや、明治記念館の脇を通り抜けるときってね、空気がキレイで澄んでるし、青々としていてね、それで風を感じながら、いい音楽がかかって、シューッと進んでいく。 そのときがメチャクチャ気持ちいいですね。 車じゃ味わえないんじゃないかな。 去年の9月の半ば頃だったかな、知り合いに誘われて水戸に行ったんですよ。 高速を走ってたら田んぼがあって、下草を刈って燃やしてる煙がたなびいてるんですよ。 その草の香りがね、ビニールの匂いじゃないんだよね! あの草の香りがスルッと入ってくると、「うおーっ」ってなりますよ。 あとね、落語を自分でテープに吹き込んでおく。 家を11時に出たけど1時半にはもう高座に上がらなくちゃなんなくて、でも「覚えらんねぇ!」ってときに、出たときから着くまでそいつをずっと聞いて……。 電車だと誰かに会って「こんにちは」って言ったり、切符買ったりってね、それるじゃないですか。 それがないままシュッと行ける。 それは何度もありますね。 噺のネタの仕込みって、最初はテープで覚えたりするんですよね。 それで大体覚えて、こんな感じかなと喋ってみると無駄が多いんで、これを段々削っていく。 例えて言うなら木の彫り物で、こんな大木があってそれを削っていくじゃないですか。 それでいつの間にか段々顔が整っていくように、話しているうちに骨格とか噺の世界がこうブワーッと、いいときは出てくるんです。 ま、出てこないときもあるけども(笑)。 基本的には何度も喋るのを繰り返していくうちに、その世界が出来上がっていくみたいな。 それをやらなかったらまた忘れてるわけですよ。 さっき「唐茄子屋政談」のことを言ったとき、新しいネタをやると前のを忘れちゃうって言いましたけど、そのイメージが残ってるから、3年5年経ってまたやったときに噺を思い出せるんでしょうね。 さっきは江戸っ子気質って「相手への思い入れ」というようなことを言いましたけど、「純情」ってのも江戸っ子は大事にした。 吉原を舞台にした噺で、私がよくやる噺なんですけど、廓話のなかじゃ唯一まともなやつで、あとは客を騙したりとかね、ろくでもないのばっかりなんだけど(笑)。 紺屋の職人が吉原のナンバーワン花魁に一目惚れしちゃったんだけど、会うにはこの職人の3年分の給金がいるっていうくらいの高嶺の花。 3年かけてお金を貯めて、ようよう会えたが、今度来れるのはまた3年後と、つい涙ながらに本当のことをうち明けたら、花魁の方が「よくぞ、そこまで私のことを思ってくれました」と言って、夫婦になるという噺。 こういう正直が純情に報われるって話がすたれないってっことはね、それだけ大事にされていたんじゃないでしょうか。 また「お若伊之助」に戻って、終点根岸の御行の松に着きました。 5分くらいでしたかね。 「根岸の里の侘び住まい」って言うくらいだからこのあたりは寂しかった。 隠居暮らしの風流人が住んでたってことになってますね。 明治になってもね、文人墨客が多かった。 はじめにお話したように、別れたはずの伊之助がお若の所へ夜な夜な通ってるのがばれた。 ここからがこの噺のポイントです。 もともと伊之助を紹介したのが初五郎っていう鳶の頭。 お若が預けられてた剣術道場の主高根晋斎に、この頭が呼び出されて「伊之助が通って来てるぞ」って言われたもんで、伊之助の所に行って「根岸のお嬢さんと二度と会わないって手切れ金の二十両も渡してんのになぜ行ったんだ。 昨日も行ったろう」って言うと、「頭、昨日行けるわけないじゃないですか、昨日は一緒に吉原へ行ったじゃありませんか」「……そうだよな、行けるわけねぇよなぁ、あのヘッポコ侍、変なこと言うよなぁ。 おぅオレが悪かった、勘弁してくれ、じゃあオレが言ってやるから」って根岸へ行くんですよ。 「昨日あいつはずっとあっしと一緒で、ここに来れるわけがないんですよ」と。 「そうか。 その吉原というのはよく知らんけれども、花魁と頭が一緒に遊んでいる間に伊之助はどうしたんだ」「お茶屋にいました」「お茶屋に行くふりをして、籠に乗れば、根岸まですぐではないか。 一ッ走りではないか」。 それが今日バイクでシュッと来たから、本当に来られないことはない、っていうのがわかりますよ。 この距離感ですよね。 聞いているお客さんがみんな、あぁ、そうだなぁ、って。 作った圓朝のうまさです。 それで初五郎はまた伊之助の所に飛んで行って「てめぇ、オレが遊んでいる間に籠に乗って根岸に行ったろ」「頭、昨日は二人で朝まで飲むぞって、ずっと一緒だったじゃないですか」「……あ、そうだ」てんでまた根岸まで駆けだしていく。 両国から根岸までだいたい片道五キロ。 今日はバイクで走って来ましたからなんでもないけど、当時の感覚では、ちょっと遠い。 頭は御徒町にいて、伊之助のいる両国まで尋ねていって、「ふざけるな」って言ってまた根岸に戻るじゃないですか。 あそこまでは結構あるよ、大変だったよなって、聞いてる方が遠さを知ってれば余計におもしろいんじゃないですかね。 結局毎晩来てたのは伊之助に化けた狸で、伊之助に会いたいというお若の気に乗じてた。 それでお若が狸の子を産んじゃったんで埋めて塚をこしらえたのが、この因果塚ってわけです。 「お若伊之助」って言ってますけどこの噺、「因果塚の由来」とも言います。 ミニ高座 回向院 この回向院で出開帳(でがいちょう)ってのが開かれてました。 御利益がある神様仏様を江戸まで持ってきて、開帳する。 そうすればわざわざ地方まで行かなくて済むというわけ。 それからお宝物といって、いろんな地方の御利益があるお宝をここに持ってきて、拝観料をとってた。 なかにはいい加減なのもあって、源頼朝公のシャレコウベ……。 それでみんなぞろぞろ見に来て、「あれ、頼朝公にしちゃ、これ小さいね。 小さいですよこれ。 頼朝公って頭がでけぇって言うけど、これ随分小さいね」って言ったら坊さんが「もっともこれは頼朝公ご幼少のみぎりのシャレコウベ」と。 「あ、子どもの頃のシャレコウベなら間違いないや」って、納得して帰っちゃった。 それで「頼朝公のシャレコウベで当たったんで、今度は貧乏神を開帳しよう」となったんだが、貧乏神にお詣りするやつなんていやしない。 そこで一計を案じたところ連日大入り満員。 どうしたかって言うと「皆様ご多忙の折、お詣りにお出でいただけなければ、こちらから押し掛けます」 船徳 遊びすぎて勘当された若旦那の徳さん、船宿で居候をしてるがどうしても船頭になると言って聞かず、船頭の仲間に。 暑い盛りの四万六千日のお詣りの日、船頭が出払ってしまいまだ半人前の徳さんが船を出すことに。 「こないだのように、舟をひっくり返したりしませんからご安心を」と大張り切りで大川に漕ぎ出すが、船はぐるぐる回るは、石垣に張り付くはで、ようよう大桟橋(今の駒形橋あたり)が目の前というところで息が上がってしまってダウン。 客はやむなく水の中を歩いて無事に上陸。 「お~い若い衆、だいじょ~ぶか~い」「お客さん、お上がりになりましたら、船頭を一人雇ってください」 百年目 お店では謹厳実直な大番頭が店の者に一通り小言を言ってやってきたのは一軒の駄菓子屋。 預けてあった粋な着物に着替えると芸者、太鼓持ちをつれて柳橋から屋形船で向島の花見に行こうという趣向。 遊んでいるところをよそ様に見つかってはいけないというので船の障子も閉め切ったまま、吾妻橋、墨堤まで上ってくる頃には、暑苦しくてすっかり酔いが回ってしまい、その勢いで堤に上がって一同鬼ごっこで大騒ぎ。 顔を隠そうと扇子を顔の前に下げた番頭、前がよく見えないまま「鬼じゃ、鬼じゃ、さあ捕まえた」「ああ、いやいや、私は通りすがりのもの。 お離し下され」「何を言う、離すまいぞ」と、扇子をあげればなんとお店の大旦那。 「あッ。 ……どうもお久しぶりで、いつもお変わりございませんで。 ご無沙汰を……」。 うろたえる番頭に、まあまあと別れて店に戻った大旦那、帳簿をすっかり調べて穴があいてないことを確かめると、翌日番頭に「お前さん、店に出ればもう立派な旦那だ。 あと 1年だけ辛抱しておくれ。 そうしたら店を持たせて暖簾分けを必ずするから。 ところで、昨日逢った時、どうもお久しぶりで……とか、一つ家の中にいて、たいそう逢わなかったような挨拶をしたが……」 、「へぃ、硬いと思われておりましたのが、あんなざまでお目に掛かりまして、あぁ、これが百年目かと思いました」 唐茄子屋政談 吉原で遊び呆けた挙げ句に勘当された若旦那、「お天道様と米の飯はついて回ります」と啖呵を切ったのはいいけど、ついて回るのはお天道様ばかり、じりじり照りつけられて三日の間、口にしたのは水だけ、腹ぺこで目が回る、もう死んじゃおうってんで、吾妻橋から身を投げようとするんだけども、ちょうど通りかかった親戚の叔父さんがうまくつかまえて、「何でも俺の言うことを聞くなら助けてやろう」 家に連れて行かれると翌日「唐茄子を仕入れてきたからこれを売ってこい」って言われ、暑いさなか、カンカン照りの雷門のところまできて、馴れない天秤棒をひっくり返してしまい、地べたの上で「もうおれはやめたっ!」 そこに通りかかった人が「お前はどこかの若旦那だろ、わかるよ、おれも若い時分にそんなことやったことがあるから。 おうおう、お前ら買ってやれ、買ってやれ」と周りに言って売ってくれる。 中に「オレは唐茄子は嫌いだ、金だけ置いてくよ」っていうのがいると、「ふざけんじゃねぇ、この人は物乞いじゃねぇんだ」と、よその人の親切で売れた残りが二つ、これは自分で売らなきゃと貧乏長屋へ入っていく……。 文七元結 左官の長兵衛、腕はいいが、ばくちに明け暮れて借金だらけでどうにも首が回らない。 見かねた娘のお久が吉原に身を売って、おとっつぁん、どうか仕事をしてくれと渡した五十両。 さすがに長兵衛もこれを家に持って帰って借金をきれいにし、かみさんと仲良くしてちゃんと仕事をしようと思って吾妻橋を吉原から本所の方へ渡っていこうとすると、橋の欄干から身を投げようとしている若い者がいる。 つかまえて話を聞くと、べっこう問屋の若い者で文七、水戸様でもらった売り掛け五十両を途中でスリにすられてしまった。 「お店の大事なお金をとられてしまって、申し訳ないんで、死んでお詫びをしようと思うんです」という。 「お前、死ぬことはないじゃないか、死んじゃいけないよ」「わかりました」と文七は言うが、長兵衛が行こうとするとすぐにまた飛び込もうとする。 これを繰り返すので、「どうしても五十両なければ死ぬのか、うちの娘は死ぬわけじゃねぇから、お前が飛び込んで死ぬっていうならくれてやらぁ!」と手にしたお金を文七にぶつけると走って行ってしまう。 文七が店に戻ると、実は水戸様で碁に夢中になってお屋敷に忘れてきただけ。 お金はもう届けに来てくれてた。 「この五十両はどうしたんだ」「盗まれたと思って、もう死んでお詫びをしようと大川に身を投げようとしてたら、私にお金をぶつけて逃げていった人がいたんです」「お前、世の中お金をぶつけて逃げる人はいないよ」「ほんとなんです」「……誰のどういうお金か知ってるのか」と聞くと「娘さんが吉原に身を沈めて」というようなこと。 この主人がよくよく話を聞くと、翌朝、文七を連れて貧乏長屋に長兵衛を訪ね、「こちらの親方に間違いないな」と五十両を返して礼を述べる。 こんな立派な親方とはこれからは親戚づきあいを願いたい、まずはそのご挨拶にと角樽を差し出し、酒の肴にどうぞ、と表の篭屋に声をかけると娘のお久が着飾って、「おとっつぁん、あたい、こちらの旦那に身請けされたの」と帰ってきた。 紺屋高尾 吉原の真ん中の大通り、仲の町の花魁道中を見ていた紺屋の職人がその花魁に一目惚れして、恋わずらい、寝たっきりになっちゃった。 ところがこの惚れた相手というのが吉原でもナンバーワンの高尾太夫。 殿様とか大店の旦那しか相手にしない、おまけに十両ないと客入りしない。 診察した医者が「じゃあなんとか会わせてやろう。 お前どれだけ稼ぎがあるんだ」「三両です」「ひと月にか?」って聞いたら「一年です」。 で三年で九両貯めて、そこに先生が一両足してくれて初めて会いに行く。 紺屋の職人じゃ向こうは相手にしないから、流山の醤油問屋のお大尽という設定で高尾太夫に会いに行って、取り繕ってお大尽みたいに振る舞っていたが、「今度はいつ来てくんなます」と聞かれ、「また三年後じゃなきゃ来られないんです」と、涙ながらに本当のことを正直に全部言うと、今度は高尾太夫のほうが惚れてしまい、「年季(ねん)が明けたらあなたのところでお嫁さんにしてくれますか」と言うほど。 そのことばどおりに高尾はこの職人の所へ嫁いだという。 三遊亭栄楽(さんゆうてい・えいらく) 噺家 現在都内で次のような落語会を定期的に開いている。 偶数月の第二金曜日:乃木坂落語会(三遊亭栄楽独演会、港区赤坂「乃木神社」)• 奇数月の第二日曜日:世田谷落語会(世田谷区赤堤「西福寺」)• 奇数月の第三金曜日:大島落語会(江東区大島「東大島文化センター」)• 奇数月の第四日曜日:深沢落語会(世田谷区深沢「深沢不動教会」) 〈栄楽の3つの目標〉• 出来のいい噺のDVDビデオ化 笑いと感動でお客様に喜んでもらうのは当然だが、同時に自分の最も輝いている、出来のいい落語をDVDビデオに残そうと収録を続けている。 現在3巻が完成。 目標は150巻。 「しかしいついい出来になるかわかりませんので苦労するところです」• 落語散歩で「生きた落語百科事典」の執筆 噺ごとに、作者が誰で、いつ頃、何を元にして書かれたかなどを紹介し、またそこに出てくる地名を古地図をたよりに実際に訪ね、現地で江戸の頃の道具、食べ物、住まい、遊びなどを見たり体験したりして、落語の世界を再現する作品別スーパー落語事典を構想中。 個展の開催 各落語の要になる場面を表した絵のストックが現在多数あるので、将来個展を開くつもり。 1959年福岡県に生まれる。 1984年皇学館大学文学部国文科卒業。 三遊亭円楽師に入門、栄楽と命名。 1986年二ッ目、1991年真打ち昇進。 リンク 1 現在の愛車は? スズキスカイウエーブ650 2 最初に乗ったバイクは? ヤマハRD250 3 今後乗ってみたいバイクは? メグロ。 中学生の時に近所の人が乗っているのを見てあこがれた。 音がいい。 それからゴールドウイングGL1500も。 4 愛用の小物は? バイクにつけたオーディオ 5 バイクに乗って行きたいところは? ウラジオストックからパリを目指したい。 6 あなたにとってバイクとは? 生活の一部。 サムライと馬のように「人馬一体」をめざす。 7 安全のための心得はありますか? いらいらしない。 けんかになりそうなときでも怒らずに平静を保つ。 何事も起こさずにうちに帰ってほっとしている自分を考えるようにする。 8 バイクに関する困り事は? バイク屋さんにお願い。 メンテナンスにかかる料金には確かな明細が欲しい。 9 憧れのライダーは? 映画「大脱走」のスティーブ・マックイーン 10 バイクの神様に会ったら何と言う? よくバイクを作ってくれました。 ありがとう。

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三遊亭栄楽さん

走り屋 伊之助

2020年5月18日発売の週刊少年ジャンプ2020年24号で、『鬼滅の刃』205話(最終回)が掲載されました。 鬼滅の刃205話(最終回)は、鬼がいなくなった世界・現代の様子が描かれています。 炭治郎が鬼から人に戻った後、蝶屋敷にて療養する炭治郎達。 鬼退治を終え、お館様の一声で鬼殺隊も解散することになります。 そして、平和な今日を穏やかに過ごす中、犠牲となった人への様々な思いが交錯します。 そんな思いを抱えながら、炭治郎と禰豆子は善逸、伊之助と一緒に自分の家へ帰ることに。 4人で仲睦まじく過ごす日々は流れ、時代は現代へと移っていきます。 本記事では、鬼滅の刃205話(最終回)「幾星霜を煌く命」のあらすじと感想を紹介していきます。 鬼滅の刃205話(最終回)のあらすじネタバレ 学校に行く支度をしながら、ベットで寝ている弟を起こす竈門カナタ(カナヲ似)。 弟・竈門炭彦(炭治郎似)は「起きてるよぅー」と言いながらも、鼻チョウチンを浮かべて寝ています。 その様子にカナタは「寝汚いな」と吐き捨てるように言います。 ここは現代の東京-。 鬼殺隊が掴んだ未来を、学生服を着た子孫達が歩んでいます。 一方、庭のプレハブ倉庫から雄叫びをあげる我妻善照(善逸似)。 泣きながら歓喜する善照の手には「善逸伝」と書かれた書物が。 それに書かれている鬼退治に感動する善照を、背後から蹴り倒す姉・我妻橙子(禰豆子似)。 それよりも勉強をしろと説教をする橙子に、善照は「輪廻転生って信じるか」と聞きます。 善照は、鬼と戦って命を落とした人たちは、絶対にみんな転生して幸せに生きていると言います。 橙子は聞く耳持たず、スマホに映る体操日本代表の字隋天満(天元似)選手に釘付け。 そのスマホに見えたニュースに目を付ける善照。 それは、青い彼岸花を発見し研究していたが、うっかりミスで全て枯らしてしまった嘴平青葉(伊之助似)のニュースでした。 そんな中、横断歩道の向こう側からはベビーカーに乗る双子(時透兄弟似)の姿が。 そして、カナタを見つけた橙子は声をかけます。 イチャイチャしだすカナタと橙子を見て、善照は面白くありません。 3人で学校へと向かう途中、幼稚園の園庭に居る背の高い先生(悲鳴嶼似)に心の中でツッコミを入れる善照。 カナタと橙子は学校の帰りに、蛇の置物があるメガ盛りの定食屋で昼食をする相談をしています。 その店には行きづらいと言うカナタ。 理由は、善照が三つ編みの奥さん(甘露寺似)の胸を見すぎて、旦那(伊黒似)に包丁を投げつけられたとの事。 橙子に睨まれた善照は言い訳をしますが、かみまくり。 その頃、目が覚めた炭彦。 「わぁ遅刻だぁ」と言いながらもあまり焦りのない様子。 「行ってきます」と出たのは、マンションの窓。 パルクールのように、雨除けを伝いながら下へと降り、隣の建物へと移り、階段の塀を使って軽やかに地上へと降りていきます。 炭彦が途中に通った屋敷には将棋を打つ2人のおじいさん(鱗滝・桑島似)。 傍らのテレビからは「日本最高齢記録を更新した産屋敷さんです」の声が。 鋼鐵塚整備の横を走り横断歩道を渡ろうとする炭彦ですが、その先にパトカーが見えます。 止まらなきゃと思いつつ止まれない炭彦は、パトカーのボンネットに手をつき飛び越えていきました。 パトカーの中では、2人の警官(実弥・玄弥似)が。 さらに走る炭彦の横を、3人の小学生(義勇・錆兎・真菰似)が狐のマスコットを手に通り過ぎます。 ところ変わって、校門あたりでは美女の絵を見つめる後藤(隠・後藤似)の姿が。 それを見ていた善照は、その絵が山本兪史郎の作品である事を話し始めます。 そして、走る続ける炭彦の背後から一人の男・桃寿郎(杏寿郎似)が駆け寄ってきます。 大声で剣道部へと勧誘する桃寿郎と、さらっと断る炭彦。 背後から、さっきのパトカーが追いかけてきていますが、2人は全く気が付きません。 そして、校門では教師(鬼殺隊士・村田似)が門を閉めろと騒いでいます。 その様子を見て、間に合いそうだと微笑む炭彦と桃寿郎。 2人は閉まっている門を軽々と乗りこえてしまいます。 その後ろでは、追いかけてきた警官に声をかけられ、驚く教師。 とあるベンチで、平和を噛み締めつつ落ち込む嘴平青葉。 その頃、竈門家の電話が鳴り炭彦母は電話先の相手に何やら謝っています。 その先の壁には、1本の刀と沢山の額が飾られています。 その中には、炭治郎の耳飾りと炭治郎と仲間達が映ったモノクロの写真が。 写真の中では、みんな楽しそな笑顔を浮かべています。 鬼滅の刃205話(最終回)の感想と考察 舞台は平和な現代へ。 鬼殺隊達が守った未来で、その子孫達が元気に過ごしていました。 炭治郎似の炭彦とカナヲ似のカナタが兄弟ということは、丹次郎とカナヲが結婚。 善逸似の善照と禰豆子似の橙子が姉弟なので、善逸とネズコが結婚したのでしょう。 伊之助似の青葉は、他の情報がない為、伊之助と誰の子孫かはわかりません。 多分アオイではないかと思いますが。 青葉は物静かですが、伊之助の泣き虫なところをちゃんと受け継いでいますね。 気になるのは「善逸伝」・・・。 いかにも善逸が残しそうな物です。 中身のほとんどは真実が綴られているとは思うのですが、所々、特に善逸の部分は盛っている事でしょう。 そして善逸をそのまま受け継いじゃってる善照。 絵が騒がしくてたまりません。 しかし、善逸と違い明らかに高身長なので、そこだけスペックが上がっています。 きっと善照を見て善逸は天国で羨んでいる事でしょう。 今回で最終話だった「鬼滅の刃」。 炭治郎達の残した世界に、ちゃんと炭治郎達の生きた証が血脈として残っている事に嬉しくなりました。 それは今のリアルな現代にも言える事だと思います。 過去の祖先達が現代に繋ぎ、そして私たちが未来に残していく事が大切なんだなと、吾峠先生に気づかされた気がします。 吾峠先生と、今はきっと天国にいる炭治郎達に「お疲れ様」と「ありがとう」と伝えたいです。

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