僕 の 腕 に 噛み 跡 つけ た あと 曲名。 ベートーヴェンの生涯

[4783番地] 【翠3782】やる夫たちの普通

僕 の 腕 に 噛み 跡 つけ た あと 曲名

この記事の目次• 内出血とは まずは、内出血とは体がどういった状態になっているのかを知りましょう。 基本的な内出血の状態について知って正しい対処を行うようにしましょう。 ・状態について 内出血とは、皮膚の下の組織部分の細胞が破壊され毛細血管などの血管から出血が起こり内部で血が溜まってしまうことをいいます。 そのため、内出血が起きると血液が皮の下に溜まってしまい表面部分に見られるようになるのです。 血は本来であれば、赤いはずなのに青くみてしまうのは皮膚に含まれるメラニン色素が原因だと言われています。 また体内で酸素の影響により血が酸化してしまうことで、血の色が黒くなり色が黒っぽくなります。 ・内出血は早く直すべき? 人間には自己治癒能力がそわっているので、内出血が起きるとその部分を治そうと働きかけるので、内出血が起きること自体はそんなに悪いことではないのです。 自然治癒力に任せていれば基本的にはキレイに痕も残らずに治すことが出来ます。 しかし、外見的にまわりに痛そうな目でみられたり、青い部分が目立ってしまって格好悪いので、そういった面を考えるとなるべく早く治すべきだといえます。 また、場合によってはメラニン色素などの影響で色の沈着が起こり色が残ってしまうこともあります。 老化後の内出血では痕が残りやすい傾向もあります。 ・アザについて 内出血を放置しておくと、どんどん色が変化してアザになってしまうケースがあります。 これは衝撃を受けたことで、その部分のヘモグロビンが破壊されてしまうので、皮膚の細胞が赤色から青や紫へと変化してしまいます。 また内出血が完治して痛みが引いた後も、あざが残り続けてしまうパターンもあります。 これは衝撃を受けた際に体の防御機能として、メラニン色素を多くつくりだしてしまうことが原因です。 特に日本人はアザの跡が残りやすいとされています。 内出血の原因 では、内出血が起きる原因を知っておきましょう。 原因を知ることで安心感と内出血の予防をすることができます。 ・強い衝撃による打撲 多くの方が内出血を起こす原因となっているのが、モノにぶつかったり硬いものが外部から当たるなどの衝撃を受けることで起きる打撲です。 子供の時などは、周りをみずに走り回ったりすることが多いので、打撲による内出血を経験したことのある人も多いのではないでしょうか。 衝撃を受けることで表面部分の皮が切れることなく、内側の皮膚や皮膚の下部組織にダメージが与えられて起きるのが内出血なのです。 もし、この時に表面の皮膚が傷ついてしまって出血してしまうと内出血とはいえません。 内出血は、皮膚が薄く内側部分にダメージが加わりやすい箇所にできやすいとされております。 特に、手足や頭部はぶつけてしまうことが多いので注意しましょう。 頭にできて腫れ上がる「」も内出血と同じくくりです。 ・病気の可能性 外部からの衝撃以外でも、内出血が起きる場合があります。 この場合は、体が病気に犯されているために体の内側が出血してしまう場合が多いのです。 そのため、早期発見をしないと症状が悪化するケースが多く、最悪死を招いてしまうケースもあるので注意しましょう。 下記に内出血が起きる症状のある病気を紹介しているので、打撲以外で内出血がある人は読んでみてください。 骨折により内出血が起きることもある 骨折が起きたことが原因となって内出血が起きるケースもあります。 この場合は重傷となるケースが多いので、注意しましょう。 骨折した際に、骨が周りの血管や組織を傷つけてしまうことで内出血が起きます。 骨折ほどの損傷であれば、皮膚も切れてしまい体外に出血する場合が多いですが、内側で出血が起きるケースもあります。 また、激しい衝撃を受けたことで、筋肉組織に傷がついて内出血するケースもあります。 また、により内出血した場合は、衝撃が強くなくても内出血が起きることがあります。 この場合は折れた骨が周りの組織にダメージを与えての内出血になります。 特徴 通常の内出血と骨折での内出血の違いは、やはり血の量だといえます。 骨折するほどの衝撃のために、血管の破裂する部位も多いため、痛みや腫れが大きくなる場合がほとんどです。 血の量が多い場合は、青アザにならずに、黒アザになります。 鍼が原因で内出血することも? 鍼治療や美容鍼灸が原因で内出血が起きることもあります。 細心の注意を払っていますが、どうしても行ってしまう可能性があることを知っておきましょう。 これらの原因としては、毛細血管に傷がつくことで内出血が発生します。 普通は体内に鍼などの異物が侵入しても、うまく血管が回避するので内出血は起きません。 ですが、血液の流れが悪い部分では、血液の栄養不足が起きて弾力性が低下しているために異物を直に受けてしまい、内出血が起きてしまうのです。 内出血の種類 また、内出血は2種類にわけることができます。 動脈性と静脈性です。 動脈性の場合は、毛細血管の内出血でもすぐに腫れが発見されるので、対処がしやすいのですが、静脈性の場合は、すぐに腫れるわけでなくジワジワと出血が起こります。 そのため、時間が経過してから発見されることが多いので、自分で出来る対処方法を知っておきましょう。 胸での内出血に注意! 胸の部分で内出血が起きたことが原因となって、胸腔の内に血が溜まっている状態を血胸といいます。 胸での内出血は場合によっては危険な状態になることがあります。 症状 胸腔の内側に溜まっている血の量によって状態が変化します。 意識が低下したり呼吸がしづらくなるといった症状が挙げられます。 かなり多くの血量が溜まると危険な状態になる可能性もありますが、見た目でだけで判断するのが困難なので、胸の部分に激しい打撲をおった場合は、病院へ行きましょう。 原因 血胸が起きる原因としては、肺や胸の血管、内胸動静脈、肋間動静脈、心臓部分の血管などが破裂することで胸腔内に血が溜まります。 これらが破裂するほどの大きな衝撃を受けることが血胸の原因です。 特に心臓の血管部分は血管が太いので、注意が必要です。 血胸になるケースとしては、交通事故や高い所から落ちる、激しい圧迫などがほとんどです。 これらが起きた場合は一度病院を受診しましょう。 検査方法 病院へ行くと、まずは目視で外傷の状態を確認後、聴診器で呼吸の状態を調べます。 もしも血胸が起きている場合は、呼吸する音が小さくなっているのが特徴です。 この際に状態が悪ければ、レントゲン検査やCT検査、超音波での検査を行って血胸の細かい状態を検査します。 内出血を早く治す方法について 実際に内出血が起きた際は、どのようにすれな早く治すことができるか紹介します。 内出血が起きた際の対処方法や治療法について知っておきましょう。 できれば24時間以内に患部を冷やしてあげる必要があります。 内出血が起きた箇所は炎症が起きているので、熱を持っているため冷やすことで炎症を抑えることができます。 症状の悪化を防ぐのが目的になるので、なるべく早くアイシングをした方が内出血の治りを早くすることができます。 さらに激しい衝撃を受けてしまって腫れてしまう場合があるので、アイシング療法を行うことで腫れを引かす効果も期待できます。 直接氷などを患部に当てると皮膚に刺激を与えてしまうことになるので、タオルや布に巻いてからちょっとずつ患部を冷やすようにしましょう。 温めることで血行が促進されることになるので、患部を治すための栄養が運ばれやすくなるので、治りが早くなるのです。 温めたタオルをあてたり、じっくり入浴をするなどをして患部の血の流れをよくしてあげましょう。 注意点としては、内出血が起こってからすぐに温めてしまうと炎症が収まらなくなるので、症状が悪化したり痛みが激しくなったりする可能性があるので気をつけてください。 食事から血液にとって必要な成分を摂取してあげましょう。 血液にとって必要な成分は、ヘモグロビンをつくるために必要な「鉄分」鉄分を効率良く吸収するために必要な「ビタミンC」の二種類になります。 (鉄分) 小松菜・カツオ・レバー・パセリetc (ビタミンC) ピーマン・レモン・いちご・ブロッコリーetc 以上になります。 特に内出血に効果があるのは塗り薬です。 内出血が起きた患部に薬を塗ることで、患部の血行を良くし、治るスピードを早める効果が期待できます。 様々なタイプのものがあるので、薬を使用する場合は、薬局にいって薬剤師に相談してからにすると良いでしょう。 そのほかには漢方薬なども内出血に効果が良いとされていますが、手に入れにくいので筆者はあまりお勧めできません。 内出血の症状がある病気について 外部からの衝撃や激しい打撲以外に内出血が現れる場合があります。 病気による内出血の可能性について記載します。 血管に問題が発生し紫斑病となる血管性紫斑病と血小板の減少が紫斑の原因となる血小板減少性紫斑病があります。 多くの場合が細菌やアレルギーなどが原因となり免疫に異常があらわれることで発症する病気です。 症状として、毛細血管が裂傷しやすくなるので紫斑が頻繁に現れやすくなります。 そのほかの症状として、歯茎からの出血が多くなったり鼻血がよく出るようになったりすることがあります。 さらに血管性紫斑病の症状によってさらにいくつかの種類に分類する事ができます。 種類としては以下の通りになります。 アレルギー性紫斑病・・・アレルゲンの反応により全身の毛細血管に反応が起こり、炎症を引き起こし血管が壊れやすくなってしまい内出血が発生し紫斑が発生します。 男の子の子供に発症するケースが多く見られ関節痛や腹痛などの症状を訴えます。 単純性紫斑病・・・ふくらはぎやお尻などに紫斑が発生することの他には危険性のある症状は殆どないそこまで大きな異常が起こるわけではないものになります。 若い女性の発症者が特に多い物で明確に原因が確認されるものではありません。 毛細血管などの成長がしっかり行われず、もろくなってしまうことが大きな原因ではないかと思われます。 治って後にも色素が残ってしまい黒ずんでしまう事もあります。 自然治癒力で完治こともあるので深刻にならなくても問題ありません。 老人性紫斑病・・・皮膚の色素の沈着などでそのままシミなどになってしまう事が多いものです。 老化により血管自体がもろくなってしまう事が大きな原因で、外部からの刺激や衝撃などによって紫斑が発生します。 外傷を受けやすい手や足や膝や肘などの部分に発生しやすい傾向があります。 病気が原因のものではないので自然現象に近い物で悪影響のあるものではないので基本的には放置しておいて問題なく手術を行う必要はありません。 痛みがあったり徐々に広がったり隆起したりする場合は別の病気の可能性があるので検査の必要があります。 これらの紫斑病は薬による治療が可能なので、なるべく早く病院に行って症状が悪化しないように気をつけましょう。 皮膚がんの一種で皮膚に出来た黒斑はまだらな色をしていたり、ほくろの様にキレイな円形の形をしておらず歪な形だったり縁がギザギザになっていたりする特徴がります。 しばらく時間が経過すれば黒点は範囲を拡大して行きます。 皮下にまでメラノーマの細胞が拡大するとがん細胞がリンパを経由して全身に転移する可能性が出てきます。 他の臓器などに転移してしまった場合は死亡率が急激に上昇し、治療も困難になりますので早めに治療を行うことが重要です。 メラノーマは足や手の爪や足の裏などにできやすい傾向があります。 もしこれらの場所に見に覚えのない黒点が発見された場合は注意してください。 足の爪などの部分は外傷による内出血が起きやすい部分でもあります。 なので最初の内は内出血と勘違いしてしまうケースも少なくありません。 押してみて痛みがないか確認してみたり、1週間程の時間経過で大きさが大きくならないか、爪の成長とともに移動しないかを確認してみましょう。 内出血であれば痛みはあるはずですし、爪の成長とともに移動して行きますがメラノーマは爪の下の皮膚が変色しているので爪が伸びても移動しません。 おかしいと感じた場合は皮膚科の医師に相談し治療を受けましょう。 まとめ 内出血が起きる原因 ・打撃や衝撃による皮膚の下のダメージ ・病気による症状 内出血の治療方法 ・24時間以内であれば冷やす ・温めて血行を促進する ・食事により鉄分とビタミンCを摂取する ・薬を塗る 内出血の症状のある病気 ・紫斑病 以上が今回の記事のまとめになります。 内出血を早く治す方法としては、冷やすタイミングと温めるタイミングを間違えないことですね。 内出血が起きたてすぐに冷やすことができれば、治りを早くすることができるし痛みを抑えることができます。 また、回復の基本は睡眠と食事になります。 体の自己治癒力を高めることも早く治すためには必要だということを知っておきましょう。 関連記事として ・ ・ ・ ・ こちらの記事も合わせてお読みください!.

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RADWIMPSが歌っている「君の名は。」の曲はなんですか?

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おお、なんかナツブラさんのほうで、おれの殺伐ラジオのことを民安さんが語ってくれている!! ナツブラも面白いですよ!! みなさんもどうぞ!!(って、知ってるか) 本日はリアルタイムオンリーの開発日記です。 まず予定通り、第6話の第四稿の修正を終わらせ、すでに出来上がっていたOPとEDのボーカル予定曲のデモを添付して鳥羽プロデューサーにお送りする。 OPとED曲は、誰もまだ聴いていない曲。 鳥羽さんが初めて。 どがーーーーーーーーーーん!! これは、気配りか、果たして本気モードなのか…。 ま、話半分で聞いておきましょう(苦笑。 おれはね、OPは壮大すぎて、AB!の世界観には合わないんじゃないかと危惧してたんですけど…。 それもアレンジ次第っちゃ次第ですけどね。 まあ、まだプロデューサーおひとりの意見なので、この後も、監督達アニメスタッフにも聞いて意見をもらわねばいけんのですけどね。 とりあえず「これはちょっと違いますねー」と検討はずれなことになってなくてよかった! で、OPもEDも例の4番目のメロディーをこしらえてまっせ。 テレビサイズでは、聞けないんですよね。 是非CDを買って、フルコーラスで聴いてみてくださいね!と歌詞もなくボーカリストさえ決まっていないCDの宣伝をするおれ。 とりあえずもう一回爆発しておいていいですか? また同僚が結婚した!! どがーーーーーーーーーーーーーーーん!! こいつは、一時期おれの部下でもあった男なので、若い頃のイキガリようを知ってるおれからすると、なんて丸くなりやがったんだよ、おまえはよぉぉーーー!!と両肩を掴んでぶんぶん前後に揺さぶりながら、頭突きを10発ぐらいかましてやりたいぐらい、めでたいですね! おめでとうございます! で、よくこの開発日記に出てくる藤井くんですけどね、彼なんておれと同い年なんですけど、すでに二児のパパなんですよ。 上の子が2歳半の女の子。 下の子がつい先週に産まれたんですよ。 こちらも女の子です。 上の子とは当分会ってないんだけど、一応面識はあって、向こうには記憶にはないだろうけど、藤井くん夫妻のマンションに遊びにいったら、居るわけですよ。 まだ立ち歩き始めて間もない一歳児の子供が。 子供にとっては、我が家は味方しかいない、安心ゾーンじゃないですか。 で、奥さんとその子が風呂に入ってる間に、おれが遊びにきちゃって、で、藤井くんも部屋にこもっちゃってて、おれひとりが藤井くんちのキッチンで焼酎を呑んでおったわけですよ。 そうしたら、お風呂から出てきた素っ裸のお子さんが、「わーい!」と天真爛漫にキッチンに駆けてきたわけですよ。 誰も居ないと思ってたんでしょう。 キッチンで呑んでるおれの顔を見るやいなや、 「ぎゃわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」 もう妖怪扱いですよ。 まー、そうなるわなー。 我が家という安心ゾーンに突然三白眼で焼酎を呑むオッサンが居座ってるんだから。 そりゃ楳図かずおの描くぎゃー!顔ばりの泣き顔になるわなー。 一応、おれはね、笑顔で接してるつもりなんですけどね。 目を合わせると、ぎゃー!と楳図かずお作になる。 いっちょ上がり!と。 今では人見知りはなくなったそうで、知らない人相手でも泣かなくなったらしいですけど、逆に今会うとトラウマを呼び覚ましてしまうのではないかと、心配ですね。 妖怪・焼酎三白眼舐め、みたいな。 悪いことしてるとキッチンに現れるぞ、的に藤井家では言い伝えられてるのではないかと。 でまあ、所帯持つぐらい甲斐性のある男なので、奥さんには悪いが、その甲斐性をおれにも少し分けてもらってるわけです。 会社では、おれの保護者として有名です。 ことあるごとに内線をかけ、「問題が発生したが、そもそも何をしようとしていたかがわからない! 助けてくれ!」みたいに呼び出すと、わけがわからずとも駆けつけてくれるわけです。 彼が死んだら、おれは生きていけないでしょう。 買い物に行くときも必ずついてきてもらいます。 特に服を買う時がね、おれはもージャスコ的なところでいいんだけど、そういうのが近くにないから、彼にイケてるお店に連れて行ってもらうんですよ。 彼は会社で一番のオシャレマン、いわばVAのファッションリーダーなんですよ。 別に見習ってる奴はいないかもしれんけど。 で、おれがイケてるっぽいお店で服を選んでいると、絶対に、おれじゃなくて、隣に居る藤井くんに店員が「何をお探しですか?」と話しかけるのね。 格好を見て判断してんのかね。 おれはジャスコでお済ませ系に見えるのだろうかね。 で、毎度のように「いや私じゃなく、こっちです」とおれを指さすという流れに。 すると、あー、こちらでしたかー、はー、そちらでしたらー、となんかその時着ている服を吟味される感じの苦手な空気に…。 おれも気持ちではオシャレで居たいと思うんですよ。 これ前にも書いたかなあ? 一日オシャレすると、連続で五日間、オシャレをキープしなくちゃならないじゃないですか。 つまり脱ジャスコ系を脱するためには一着二着、いいものを買ったところで持たない、という意味です。 それもフォーシーズンズ。 オシャレし始めたら、Tシャツ一枚でも一万円とかふつーにありますからね。 冬物になったら、5万以上は覚悟、みたいな。 そんなの、五日連続、フォーシーズンズも揃えられない!! そもそも、開発職で、誰にそのオシャレさをアピールしているのか?と問いたい。 魁先生が時たまつけているペンダントに問いたい。 そのペンダントはなぜつけているのか、と。 オシャレだから、と言われたら、そのオシャレさは誰にアピールしてるんだい、と詰め寄りたい。 開発職で毎日顔会わすメンツは同じなのに! そのペンダントが発しているオシャレシャワーのようなものは、誰の身にも降り注ぐことなく、だだ漏れになってるぞ、と。 真犯人を見つけたばりに「それはオシャレの無駄遣いだーーー!!」と指さしてやりたいですね。 そんな開発職の身なので、おれもずるずる。 もーワンシーズンこれ!、と決めたら、ずっとそれ。 で、名前は伏せておくけど、プログラマーのYくんもですね、ずるずる。 おれよりずるずる。 ほんと、1シーズン変わらない。 あまりに毎日同じなので、たまに、襟元にちょっとラインが入ってるだけで、あ! いつもと違う!!と、間違い探しのようなレベルなのに、ものすごい違和感を覚えるほど新鮮。 そんな中、毎日オシャレをキープしてる女性陣はほんと頭下がります。 ずるずるな男たちで申し訳ない! というわけで、なかなかジャスコ系を脱せないわけです。 でも、たまに一万円以上するシャツなんて買ったりしてまっせ。 では最後にダイエットコロシアウです。 野郎の便通の話なんて聞きたくないという方は、ここでさいなら! 明日またお会いしましょう。 どうもね、体質が変わった。 四日前に腹痛で苦しんで、出し切って、一気に痩せたって書いたじゃないですか。 それがなんとサイクルになり始めてるようなんです。 その四日前以来、便通がなかったんですよ。 で、三日貯め込んで、四日目の今日。 また、ものすごい差し込みが襲ってきやがったんです。 前回と同じく、もう水便になるまで、出し切る。 これ、また、明日も明後日も明々後日も出ないのでしょう。 そしてまた、どーーーーん!と一気に来ると。 ……病的じゃね? バナナとイリボーの掛け合わせのせいなのかなあ? じゃ、いきます。 朝、バナナ。 昼、おろしソースのチキンカツ、サラダ、味噌汁。 夜、海老と菜の花豆乳クリーム和パスタ、サラダ、味噌汁。 運動はシェイプボクシング25分。 で、体重は……どん! 73.1キロ! …ありゃ? あれだけ苦しんで72キロ台じゃないの!? ホワーーイ!? 投稿者: 麻枝 准 日時: 2009年6月15日 21:28 2009年6月16日 ブログなのに、おれはなぜ今まで写真をアップするということをしなかったのだろう。 とりあえずテスト的にアップしてみる。 おれが今呑みまくっているお気に入りの瓶雫(かめしずく)という焼酎です。 写真では、片方はまだ開栓してませんが、すでにもう残り少しです…。 この瓶(かめ)がおれの部屋にどんどん増えていくのだ。 地味にイヤだなあ。 後ろには箱すら開けていないSSWを立ててみました。 では、今日は過去日記の続きです。 ほら、10thフェスのことばっかじゃん!! 2009年02月05日 行ってきましたよ、東京出張。 前回に引き続き、レコーディングです。 今回はちゃんと薬も持って! 行きの新幹線は薬のおかげで、本屋で買った別冊カドカワの小林武史特集号をちょっと読んだだけで、眠くなって、瞬時に品川に着いていた。 初めて品川駅で降りた。 こっちのほうが渋谷にいくには近いのだ。 知らなかった。 30分前だったけど、スタジオ入り。 その後に、引き続きボーカルを務めてくださるSさんがやってくる。 相変わらず美人だ。 今回のディレクションの人、知らない人なんで不安ですねーと話していると、そのディレクションチームが現れる。 メインでディレクションする人が、ラバーガールのボケのほう、大水洋介にそっくりである。 コーラスラインの作成を担当された方が、中村俊輔そっくりである。 もうひと方は、強いていうなら(強いていう必要もないが)アルフィーの真ん中の人、坂崎幸之助にそっくりである。 という、有名人にそっくりさんチームが今回のディレクションチームだった。 前回、小一時間という早さで取れてしまったから、時間が余ることを予測して、また知人Tさんにも時間を一緒に潰してもらおうと連絡してあったんだけど、すみません、行けませんでした…。 レコーディングはがっつり三時間に渡る立派なものでした。 ラバーガールの大水洋介は、頼りがいがあるのかないのかよくわからない不思議なディレクションをする。 つかみ所がない。 掴んだら、雲でした!みたいな。 そんなディレクション。 まー、いいんじゃないですかー、みたいな煮え切らない感じも大水洋介そっくりだ。 話を聞いたら、大学を辞めて、音楽で食っていく道を選んだばかりなのだという。 人当たりはいいし、決め所では、しっかりとしたディレクションもできていたので、是非頑張ってください。 あとおれのファンだったらしく、帰り道に、「ファンでした!」と握手を求められ驚く。 で、夜7時に主旋律のレコーディングが終わり、コーラス録りが8時からだから、1時間待ちに。 有名人にそっくりさんチームは食事を食いに出払っていった。 Sさんが残っていたので、帰らないんですか?と訊いたら、なんと8時まで一緒に待っていてくれることに! わーい! しかしあっさりそっくりさんチームが戻ってきてしまい、「もっと気ぃ利かせろや!」と意味の通じるはずのない威圧の眼差しを送る。 8時前、1st placeの村山さんが登場。 この人は紹介してないかもしれないんで、紹介しておきます。 1st placeの社長さんで、こんなこと書いちゃっていいのかな…性格はあんまり社長に向いていないんだけど(汗、音楽に対する愛や情熱だけは抜きんでている。 この人がLiaさんをディレクションする時はんもーーーね、凄い。 普通のディレクションならOKレベルががんがん録れてるんですよ。 でもね、更なる高みを目指すんですよ! 疲れてきているLiaさんに、「まだ行けるよねー?」って。 Liaさんのポテンシャルを熟知してて、最大限引き出すこと、それだけを目指す。 Liaさんも「はい、もっかいお願いします」と。 行くのか! そしてLiaさんもそれに応えるのか!! この時ばかりはおれもね、なんちゃって音楽屋だけども村山さんを尊敬する。 その姿はカッコイイのだ。 で、コーラスの方は村山さん経由なのだけど、村山さん自身も今日初めて会うのだという。 そして8時になって、コーラス担当の方が現れる。 ここからどたばたが始まる。 コーラスのラインが低すぎて、使えないという事態に。 これはコーラスパートを作製した中村俊輔の痛恨のミスである。 上手く言えばミスキックである。 Sさんご本人がコーラスをするケースを考え、曲調もトランスを踏まえ、とのことで低いコーラスラインを考えてきたそうなのだけど、実際歌ってみると、低すぎて、コーラスの意味をなさない。 その場でコーラスラインを1から作り直すことに。 コーラス担当の方も、キーボードを持って、必死に考えてくれる。 中村俊輔も必死に鍵盤を叩いて探る。 上手く言えば、フリーキックの軌道を探る。 考えては試して、考えては試して、でもなかなか上手くいかず、難航する。 そして、23時に終わるはずだったコーラス録りは押しに押して、午前1時半…。 よくコーラスの方は、途中で怒って帰らず、こんな遅くまで付き合ってくれたものだ。 さすがプロ。 器がでかいぜ。 そして、脱帽したのは、まるでメインのSさんがコーラスしてるみたいに歌ってくれたこと。 すごいスキルだ!! 年齢差は相当あるんですよ。 失礼な話ですが。 試しで歌っていた歌声がすごく年相応な歌声だったので、大丈夫なのかなあ?と思っていたら、録音を開始した途端、声色を変えて歌うんだ! すごい! と本人に言ったら、じゃなきゃ、歌でなんか食ってけませんよ、と言われた…。 プロすげー。 トランス曲のほうはいい厚みになって、すげー良くなりましたよ。 で、午前2時になって、ようやくホテルに到着。 相変わらず疲れた…。 翌日、つまり今日は、今度は大阪でレコーディング。 朝に起きて、新幹線に乗って帰る。 睡眠薬のおかげでちゃんと寝れて、元気だったので、ようやくDSをプレイ!! 周りはサラリーマンだらけだったけど、ひとりでテイルズ! 一時間半ぐらい、延々とプレイしていた。 しばらくはこれだけで時間が潰せそう。 なんにしろ体調がいいのがいい。 家に荷物を置いて、出社。 本日は、名前だけはよく存じていたけど、初対面のKさんがおいでなのだ。 今、レンタルで見てるアニメのEDを歌っていて、それがすげーいいんだ。 今日はSさんもいたし、Rさんも居たしで、大阪でこんなメンツが揃うって面白い、とみんで笑っていた。 おれも東京行ったほうが話早いだろうと思う。 さらにCさんまで混じるCDになるのだ。 どうだ、すごいだろう。 つつがなく本日分のレコーディングは終わり(そりゃ円滑のスペシャリストMさんが居ますからね!)、出来もいい感じ。 次回のレコーディングは三月の下旬。 しばしのお別れです。 そして、おれは、引っ越しの見積もりがあったので、早々に帰宅。 引っ越し屋さんがやってきて、見積もってくれる。 予想以上に安くてよかった。 だが、さらに引っ越しという一大事が寸前に迫っていることに憂鬱となる…。 どうしたらいいんだあぁぁ、うわわわわぁぁぁ…状態。 段ボールいっぱい渡された。 引っ越しまで日にちがそんなにないんで、頑張ってくださいね、と帰りがけに言われる。 なにをがんばればいいんだああぁああぁぁ… そりゃ荷造りですが。。 いやだよおおぉぉ、やりたくないよおぉぉぉ… 考え出すとますます嫌になる… もう何も考えず殻に閉じこもって丸くなっていたい… いつの間にか引っ越し終わってるといいなあ… テレビと座椅子と掃除機を買いにいかなければなあ… そんな時間あるのか? そもそも、昨日と今日、歌の練習してない… 土日も荷造りで埋まるだろう… あああ、一番練習しなくちゃいけない時期なのにいぃぃぃぃ… そいや、会う人会う人に、「弾き語りライブされるんですよね!?」と驚いた目で訊かれる。 そんなに思い切ったことをしようとしてるのかー! 2009年02月09日 ついに締め切られました。 10thフェスイベント応募。 昨日帰る直前に聞いてみたら、声優さんトークイベントに抜かれてたんですよ。 やっぱ敵わね~と思って、寝て、今日になったら…なんと追い抜き返してる!! うわーどうなるんだ、これ~!! そして本日午後二時、締め切り。 結果…。 トップ!! やった… なんだ、この達成感は… もうすでに疲れたよ… すげぇ…自分自身を侮っていたぜ、おれ…。 でもここから1000人以上がふるい落とされるという…。 追加公演したいな…とか思う… 無料では現実的でないんだけど……有料なら……誰も来ないか! しかしね、忙しいんですよ!! 歌の練習ができないぐらいに!! 今日はとりあえずアニメ脚本の修正をした。 明日は、なぜかリトバスEXのスクリプト作業をせねばならんのだ。 そして明後日は、祝日だけど、会社でアニメ制作会社の人と打ち合わせなのだ。 これは大阪で。 翌木曜は、今度は東京でアニメの打ち合わせなのだ。 翌金曜日は、そのまま東京に滞在し、10thフェスのステラボールのほうのライブのリハを見ねばならんのだ。 金曜に社員のみなさんに集まってもらい、弾き語りのリハーサルをする予定だったんだけど、それもお流れだ。 そして土曜は日曜の引っ越しのため荷造り作業。 日曜はついに引っ越し。 この日はてんやわんやだ。 さらに月曜は、Tシャツ18枚にサインする締め切りなのだ。 みんなひぃひぃいって、イラスト描いてた…。 Na-Gaくんなんて土曜も日曜も出てきて描いてた…。 まあ、原画屋は絵を描かなくてはいけないので… でも、おれも車のイラストを描きまくる予定だ。 いつもの、ブーーン!ってやつだ。 恥ずかしい…。 2009年02月11日 今日は午前中は歌の練習。 午後からはアニメ制作会社の人たちが来て、打ち合わせ。 まあ、あんまりおれには関係のない話だった。 ただ、4月、5月はおれ祭りにするらしい。 明日の打ち合わせは諸事情により、来週に流れた。 そこで、広報展開のことも話させてほしいとのこと。 おれがラジオとかやるらしいぞ…ほんとか(汗 明日は、Tシャツ18枚を描かなければならない。 一日で!! 手抜きになっちゃうよ、ごめんなさい!! 2009年02月13日 今日は東京でライブのバンドのリハ見てきました。 つ・か・れ・た~!! 同じ曲を繰り返し聞くのって辛いね… でも… 予想を遙かに上回るハイレベルなメンツが揃っていた。 初めて合わせる曲でも、一回でほぼきっちり合う。 すげー。 ベースの人とか超絶うめーの。 打ち込みの早いフレーズもふんふん鼻歌混じりで弾きこなす。 そしてリードギターの人のセンスがすげーいいんだ。 静かな癒し系の曲でも、ヴァイオリン奏法とかで、ディストーションギターで入ってくるんだけど、それがすげー映えるの。 全面にディストーションを入れてくる。 普通抜くのに。 センスがよくなくちゃこんな入れていけない。 年齢聴いてみたら25歳。 わけー! で、普段はプロのJ-POPの女性シンガーのサポートとかしてるらしい。 なんつー才能だ! とりあえずみんなおれより若かった。 すげー。 こりゃ、いいライブになるわ、ってな感じ。 でも、つ・か・れ・た~!! 新幹線では行きも帰りもDSでテイルズやりまくってた。 時間を忘れて。 素晴らしいぞ、ビバテイルズ! しばらく出張はこれで持ちそうだ。 428がついに終わる。 クライマックスはすげー盛り上がって面白かった。 このゲームの面白さって、KEEP OUTになった他のキャラクターへの、JUMPを見つけた時の突破感だと思う。 で、それが、ストーリー上理に適ってるかというと、実は適っていない。 相当理不尽。 でも、それがゲーム性になっている妙。 面白かったです。 あと、TIPSで心理ゲームみたいなのがあって、「あなたは、腕時計をどう思っているか?」というのがあって、おれの回答は「どーでもいい」。 さて、診断結果は? ググッたら簡単に答えが出てくるので試してみてください。 明日は、おれがこの部屋で過ごす最後の日です。 午前中から荷造り&掃除。 夜はもう、布団以外のものは、すべて箱詰めされてるでしょう。 段ボールに囲まれて寝るだけ。 もう書くことないかもしれないけど、書けたらなんか書きます。 2009年02月14日 今日でほぼ荷造りを終えた。 おれはトイレを掃除したぐらいで、後は藤井くんがほとんどしてくれた。 ついに明日は引っ越しだー! 新居の居心地はいかがなものだろう。 思えば、今の部屋はなんの愛着もない。 いい思い出もない。 むしろ、誰への嫌がらせか、二回も門をくぐった第一歩の所に罠として人糞が置かれていて、参った。 しかも誰かがまんまと引っかかって踏んで、それを引きずった跡もあって、それも避けて歩かねばならなかった。 隣は立ち飲み屋で柄の悪い大人たちがたむろしていた。 おれもいちゃもんつけられた。 次の住まいではいい暮らしになるといいなあ。 家賃相応に。 今日は夕飯に、いついっても、列が出来ているという塩元帥というラーメン屋に行った。 生まれて初めてつけ麺を食べた。 …ぬるい。 つけ麺って、ぬるいのか…知らなかった…。 でも、美味い!! おれの家の近く徒歩5分ぐらいのところにこんな美味いラーメン屋があったとは…。 知ってたら、来てただろうに…。 だが、引っ越すのでもう来ないだろう…。 明日はどうなるやら。 今日以上にてんやわんやだ。 ではこの部屋にさようなら。 2009年02月18日 引っ越ししました。 すげー大変だった。 主に藤井くんが。 新しい家はハイテクだ。 風呂が自動で沸く。 いい温度でいい量で自動で止めてくれる。 素晴らしい。 しかしそこからがよくわからない。 シャワーを使うのに、すでに四日も経ってるのに苦労する。 なぜかシャワーが途中で止まる。 そして、「すべての蛇口を止めてください」とか喋ってくる。 謎だ…。 あと、開栓も慣れなくて、大体おれらの世代では、「の」の字に回すと閉まる、逆だと開く、というのがあるじゃないですか。 そういうのが通用しないシステム。 すべてが上下なのだ。 下にしたら出るのかと思いきや、上で出るのね。 何度も失敗する…。 とにかく慣れが必要だ…。 まだまだ段ボールの山があります。 しかしネットがない夜は、暇だね!! とりあえずTYUTAYAオンラインで借りたひぐらしとH2Oを見て過ごす。 2009年02月19日 本日はアニメの出張。 つ・か・れ・た~!! 疲れるのはいつものことだけど、移動がやっぱしんどいね…。 ハーツは面白いんだけど、一時間やったらさすがに疲れるね…。 今日はそこへレイトン教授を足してみた。 レイトン面白い!! 語り口調、味わいがあるなー。 脚本のブリーフィングは本読みと呼ばれてるのだけど、今日は第五話に入った。 三月中に第五話まで終わらせることを目標にしているから順調。 で、その第五話の脚本がえらく監督に好評で、これは面白い! 構成もすごくいい! これまでも面白かったんだけど、この話は特に面白い!とべた褒め。 なので第五話はご期待ください! 面白いらしいですよ!! 土曜は、10thフェスの衣装と旅行鞄を買いに行きます。 衣装は、もう、カジュアルにいく。 シックにYシャツにネクタイとか考えてたんだけど、やめた。 フード付きのパーカーでいいじゃん。 つか、買わなくてもあるじゃん、みたいなレベルで探す。 中は胸元が見える感じのがいいな。 二日で服を買える必要もあるのかな? つかMCは変える必要あるのか? 他のチームはどうするんだろ…。 金曜は、今日か? 今日のうちに脚本の直しをしなければならない。 なぜなら手直しを手伝ってくれている藤井くんが月曜から真っ先に東京に行ってしまうからだ。 午前中だけで終わったらいいな。 土曜は、朝から部屋の引き渡しや、便座の工事などに立ち会い、午後からは買い物なので、月曜リハーサルとすると、残るは日曜だけ、となる。 間に合うのか…? ただ、ここにきて、Keyらじチームが月曜火曜とリハーサルしたいので、月曜は避けてほしいとの要請が。 すると、水曜か? つかリハーサル寸前すぎね? 反省点とか踏まえる間もないじゃね? 荷物は? まだあるのか? もう搬送されてるんじゃないのか? ギターすら大荷物なのに、さらにマイクスタンドやらまで、おれは手で運ぶことになるのか? どうなる最後の一週間!? 続く。 ついに本番が訪れますよ…あの、10thFES弾き語りミニライブが!! って、なんの日記だ。 今日は割と元気だったので、ようやく区役所に行って、転入届けを出し、警察署に行って、免許の住所変更をしてきた。 …え? これだけだったの? これだけの作業をおれは4ヶ月もイヤだイヤだー!と現実逃避してきたのか? つーぐらい、あっさりだった。 まー、それぐらい今まで、殺伐としていたのだろう。 レッドストーン、インストールしたんですよ。 で、職業を選べ、と。 ムキムキとした体躯のキャラたちが並んでいる。 ………。 え、この中から選ぶの!? 公式のイラストにあるようなスタイリッシュだったり、萌えたりするキャラたちは? 戦士にしたいんだけど、戦士が一番イラストとギャップが…(汗 この髪型しかないの…? ラグナロクでは、イースのアドルのような可愛らしい戦士を使っていたのに…。 え、どうしよ…(汗 では最後にダイエットコロシ合うです。 あのですねぇ…ブレイクスルーが発生しましたよ!! これは多分間違いない。 越えてしまった、おれは。 遠いところに来ちまった。 昨日までのおれがあんなに小さいぜ…。 まず朝はいつも通り、バナナ。 で、昼にですねぇ、ファミマに行ったら、おろしチキンカツがあるにはあるんだけど、ひとつしかなくて、カツがね、すごく小さかったのね。 おれは衣ががびがびにはみ出てるぐらいのを食べたい気分だったから、その小綺麗に丸くなってるカツじゃ満たされない!と思い、昨日辺りから食べたいと思い始めていた、カツ丼を食べることにしたんですよ。 すぐ近くの弁当屋にあるんですよ。 あの玉子にふんわり包まれたカツをね、食したいと、願い、請うたわけです。 これカロリーいくつだろう…ご飯もボリュームあって、たぶん1000キロカロリーぐらいあるんじゃないかなあ。 でも、食欲には勝てず、食っちまったんです。 そうしたらね、体が熱くなってきたんです。 続けざま、シェイプボクシングをしたくなったんです。 ホワーイ? だがやりたい時にはやっておこうと、シェイプッ! すると、ランナーズハイのように、気分良く30分以上もシェイプッできた…。 汗びっしょりになって、シャワー浴びて、体重を量ってみたんですよ。 72キロ台だ…。 うわ、きた…。 今、1000キロカロリーぐらいのカツ丼食べたのに…。 おれの体がそれ以上のカロリーを燃焼させたのだ…。 (しかも便通まであった!) で、いい気になって、夜。 まだちんまりと残っていたおろしチキンカツを、捨てられるぐらいならおれが食ってやろうと、引き取ってきたわけですよ。 昼晩、連続カツですよ? これで太らないはずがない。 いつもなら今日だけで+1キロだ。 食って、さらにまたシェイプッ! 昼夜合わせて45分ぐらいはシェイプッした。 するとどうだろう… 体重は……どん! 72.6キロ! 完成したーーーーーーーーーーーーー!!!! カツを食べ続けても、太らない体質を手に入れたーーーー!! うあぁああぁあぁあぁぁぁぁ…あれも食べたい、これも食べたい… 全国食べ歩きの旅だーーーーーーーーーー!! あなたの町にも行くかも知れません! あとね、最後にお願いがあるんです。 今週の金曜は、LEO今井のライブのチケットをゲットしてるんです。 ですが、そのこと自体を忘れていそうなんです。 なんかもう、曜日感覚のない生活をしてるので。 ついさっき鳥羽さんの口からたまたまLEO今井の名前が出て、あ!と思い出しました。 危なかったです(汗 なので、金曜のコメントには、「今日はLEO今井のライブですよ!」とどなたかお願いします。 ひとつあれば思い出しますんで。 よろしくお願いします。 追記:すみません。 その通りです(汗。 木曜のエントリーでお願いします。 投稿者: 麻枝 准 日時: 2009年6月16日 20:58 2009年6月17日 一気にブロガーらしいブログになりました! すげぇな…毎回貼ろう。 これなら文章減ってもいいかな(苦笑 で、写真は作詞現場です。 昔の日記に書きましたが、会社の開発室のど真ん中にコミュニケーションスペースと呼ばれる、みんながお昼を食べるための大きな机がありまして、そこでAngel Beats! のプロットはすべて考えたんですよ。 作詞のほうも、まったく同じ環境でやってます。 なので本日は出社して、まさにAngel Beats! のオープニングテーマの作詞をね、してたんです。 バーガーショップを再現するべく、アイスコーヒーも用意してあります。 譜面は実際の譜面です。 もし拡大しまくって読みとることができれば、メロディがわかりますよ! ノートも実際の作詞ノートで、まさに並び立てられているのは、Angel Beats! のオープニングの歌詞。 両ページびっしり埋め尽くされてますが、これで1コーラスぶんだけです。 行にしてほんの10行。 そこに行き着くまでいろんな言葉を並び立てて、洗練を繰り返していきます。 デモ曲は左下のi-podに入っていて、それを密閉型のヘッドフォンで聴きながら、書き書きします。 このヘッドフォン、つけ心地がよくて密閉型なら一番じゃないかと思うほど気に入っていてるんですが、すんげーボロボロです…。 コードもすり切れてきて、粘着テープで補強してあったり。。 買い直しの時期かなあ。 でもこいつ高いんですよ! SONYのMDR-Z900というモデルです。 つまりは、今日まさにAngel Beats! のオープニングでかかる主題歌のテレビサイズの歌詞が完成したわけです! …リテイクがなければの話ですけど。 でも自分でもいい手応えを感じてます。 で、あのー今から、こんなことを言うのもなんですけど、劇中内に、ガルデモという陽動部隊のガールズバンドが登場し、そいつらのフルアルバムを作っちまうぜ!と以前にお伝えしましたが、ちょっと期待されてるところにズレがあるような気がして、えーと… Love Songのようなアルバムにはなりません! 今回特にガルデモ楽曲の制作で心がけているのは、彼女たちの等身大のサウンドなんです。 なので、彼女たちからしか生まれないであろう曲・歌詞をまず念頭に置き、書き書きしています。 壮大でもないし、物語性もない。 奏でられるのは4ピースのロックばかりです。 ただ、彼女たちのひたむきさだけは、込めに込めまくってるので、おれのアルバムじゃなく、彼女たちのアルバムとして聴いて頂けると、Love Songにも負けない感動を覚えて頂けるのではないか、と思い、書き書きしている次第であります。 でね、そのうち追いついてくれるであろう、過去日記にも出てくるでしょうが、第三話に使用するバラードのね、仮歌バージョンが今手元にあるんですけど… …めちゃめちゃイイ!! 自分の曲に酔うのは久々です。 最近の曲は大体想定内に収まっていたんですが、この曲は化けた! 曲と仮歌のボーカルさんとの相性がばっちし。 これ、このままでもいいんじゃない?というレベル。 この時点で、お聴かせしたいぐらいです。 過去開発日記(というか、10thフェス日記/汗)は、ちょっとまた量があるので後日に回します。 今日はこれぐらいで。 あと、みなさん、おれの弾き語りに食いつきすぎですよ!! そんなたいそうなものじゃありません!!(汗 そして宣伝。 5サウンドアルバム「yukar」。 本日よりAmazonさんでも予約可能となりました。 しかし今日のブログはおもっくそスタイリッシュだな…。 画像効果すげーよ。。 おれのブログスキルもちょっと上がりましたよ。 最後にダイエット殺し合いです。 今日ももりもり食べて、もりもりシェイプッしましたよ。 バナナダイエットのサイトにも、食べる量を少なくするより、一度にちゃんとがっつり食べたほうが、間食がなくなっていい、と書いてありましたが、その通りになってます。 すごく規則正しく三食食べてます。 ではいきます。 今日は、おろしチキンカツがありませんでした! 朝、バナナ。 昼、弁当屋のビーフキムチ丼、サラダ、みそ汁。 夜、おろしチキンタツタ、サラダ。 運動はシェイプボクシング30分。 体重は……どん! 72.5キロ! へっへっへ…。 見える世界が変わったぜ。 ただね、お腹の調子がおかしい…。 今日も便通あったんだけど、完全に下してるんだよね(汗 しかも頻繁に催しがあって…。 冷たいもの飲むとダメなのかな… ちょっとLEOライブが不安になってきました…(滝汗 投稿者: 麻枝 准 日時: 2009年6月17日 20:25 2009年6月18日 では、振り返ります。 本日は完全なるKey10thフェス日記です。 27日。 会社から4時に新大阪駅へ移動。 そこから品川へ。 すぐ、インターシティに向かい、すぐさまリハ的な音響チェックをする、というかさせられる。 いきなりプロのPAを前に、へなちょこギターを弾き、歌うおれ。 すげー! これがおれの弾き語りする環境なのかー!! とにかく音がいい! すげースピーカーなんだ。 リバーブは予定通り、深めにしてもらう。 これは気持ちよく歌えそうだ。 緊張するより、わくわくしてきた。 隣の展示ブースを見て回る。 年表に個人の出来事も書き足してください、と言われたので、いろいろ落書きする。 「麻枝 鬱になる」「麻枝 ワンダと巨像に命を救われる」などなど。 その後、ホテルにチェックイン。 Keyのメンバーの部屋は同じ階で、大体固まっていた。 修学旅行のようだ。 夜は、中華ヴァイキングのお店で夕食。 ここはあまり美味しくなかった…。 部屋に戻って風呂に入ると、ビールを販売機で買って、Na-Ga氏の部屋へ遊びにいくことに。 だが、どの部屋がNa-Ga氏の部屋だったか思い出せない。 廊下で「Na-Gaく~ん」と名を呼びながらさまよっていると、樋上さんが出てきて、ここ、と向かいの部屋を指さし教えてくれる。 修学旅行のようだ。 2時になったので部屋に戻って就寝。 翌朝は8時半集合。 その前にNa-Ga氏と待ち合わせをして、朝食をとる。 ハプナというブッフェで食べたんだが、こいつが美味しい!! なんでも人気ランキング日本一のブッフェなんだそうな。 焼きたてのフレンチトーストと、パンケーキにハニーシロップをかけて、食べまくる。 最高! インターシティに移動。 すでに3000人ぐらいのお客が押し寄せてきているのだそうな。 それは壮観な絵に違いない! 是非見ておきたい! といろんな窓から外を覗いてみるが、よくわからなかった。 Keyらじのテーブルに飾る花がない、とのことで、Na-Ga氏としのり~と餅介さんが買いにいくというのでついていくことにする。 もろに並ぶ客たちに対して逆行して歩いていく。 おれの後ろを歩くしのり~は内心ハラハラドキドキしていたそうだ。 おれが居ることで。 そうそうばれるもんじゃないって、言ってあったんだけど。 その言葉通り、まったく気づかれることなく、帰ってこれた。 ほっとするしのり~。 客の多さもいまいち実感できなかった。 というのも、整理券を配り終えた後だったからだ。 時間つぶしをしているお客さんはあちこちで散見されたが、ことごとくPSPをやっていたのには笑った。 結局おれは一度も、今回、客に気づかれることはなかった。 都乃河くんや折戸さんは気づかれて、声をかけられたり、サインをねだられたらしい。 (羨ましい…有名人のようじゃないか!) そろそろお客を入れるとのことで、我々は控え室へ移動。 樋上さんがメイクを終え登場。 すげー! 見たこともない髪型をし、変貌を遂げていた! イベント一発めはKeyらじチーム。 最初は舞台袖で見ていた。 お客さんとの一体感がすげー。 大盛り上がり。 空気を満喫したところで控え室へ戻る。 その途中の通路でも、至るところで、Keyらじが聞こえてくる。 すべてのスピーカーからイベントの生中継が行われているのだ。 ただマイクの音しか拾わないので、お客さんの反応がまったく聞こえず、だだ滑りしてるかのように聞こえてしまう(苦笑。 控え室ではテレビをつければ、いろんなところに設置されているカメラからの映像を映しだすことができる。 なんかサスペンスタッチの刑事ドラマを見ている気分であった。 つつがなくKeyらじが終わり、続いては、都乃河くんと魁くんと豪華声優陣によるクラナドトークイベント。 待ち時間の間、都乃河くんは、あまりのプレッシャーに周りの空気を淀ませるほどに、陰鬱としている。 魁くんはいつも通りだ。 こちらは肝が据わっている。 開始前、井上さんの「井上喜久子です。 17歳です」の後に「おいおい」をみんなで練習していて笑った。 控え室で聴いていたが、ふたりがMCというより、春原役の阪口さんがMCのようだった。 都乃河くんは、進行をとちりまくっていた。 またこいつ凹むだろうなーと思ったら、終了後、俯いたまま動かなくなっていた…。 そしておれの出番。 クラナドトークイベントが終わってからは緊張しっぱなしだった。 だって、ひとりですべてをやるんだから。 歌も演奏も。 頼れるものがなにもない。 その不安さたるや…。 残り五分ぐらいになってきて、腹をくくる。 腕立てをして、体を温める。 「オンタイムでいきますか?」とスタッフに訊かれる。 オンタイム? 社長が代わりに、時間通りにいきます、と答えていた。 そういう意味か。 午後4時。 おれ弾き語りミニライブ、スタート。 舞台の階段を上った。 椅子に座ると、ライトに照らし出される。 客席が暗かったので大勢に見られている、という緊張感はなかった。 ギターを抱え、今回のライブに至った経緯を話す。 そして、ラスリグからスタート。 サビの声を張り上げる。 誰もこんなラスリグ聴いたことないだろう。 それぐらい力を、思いの丈を込めた。 歌が下手なおれの精一杯の表現。 だが、ラストのギターフレーズをとちる。 緊張感が解けかけたが、なんとか乗り切った…。 練習じゃ、絶対間違えないようなことろだったのに。 これが本番というものなのか…。 でも、お客さんはすげーーー温かかった。 お客さんに支えられたライブだった。 拍手がものすごく長い。 鳴りやまないぐらい。 受ける側にとっては、それは凄まじかった。 素晴らしいお客さんたちだった。 後にも先にもこんな恵まれた環境で弾き語りをすることなどないだろう、と思った。 立て続けにBirthday song,Requiem。 その後MCで、曲の解説をしていく。 Song for Friendsは学生時代に書いた曲で他にもたくさんその頃の曲が埋もれてしまっていると話すと、「サルベージしてくれー!」という声が。 Hanabiは難曲。 とちる! 初日はおれがラストで、1時間を超えてもOKということだったので、歌詞の意味を長々と解説する。 続いて、僕らの恋。 普段ならアルペジオもとちらないんだが、んもうイントロからぼろぼろ。 でも、一番、歌詞の内容通りに歌い上げきることができたと思う。 ここからはクラナドタイム。 ひとひらの桜と、その時ちょうど放映されていたアニメ・クラナドアフターストーリー第16話~第18話に感動、落涙し、その衝動だけで作った、汐のための子守歌。 ラス前、クライマックスに据えたのは、大好きなLife is like a Melody。 そして青空。 弾き終えると客電がつき、ようやく、お客さんの顔が見れる。 目に焼き付けておこうと、隅々まで見回す。 「だーまえ」と書かれた応援看板を持つお客さんもいた。 深く深く礼をして、舞台を降りる。 すぐ巻き起こるアンコール。 颯爽と出ていって、二日前ぐらいに思いついた、夏影をお客さんと一緒に歌おう!タイム。 歌詞表示もないのに、お客さんは一生懸命に歌ってくれる。 本当に一体になっている感じがした。 ライブってすごいな。 こんな下手くそでも、感動をもらえるなんて。 後から聞いた話だけど、泣いてくれていたお客さんも結構いたんだそうな。 すごいな。 こんなおれでも感動をあげられるなんて。 手を振って、舞台を降りた。 この日は昼も夜も弁当。 スタッフ分山のように積んであった。 すぐKeyスタッフはステラボールのライブ会場へ移動する。 時間がぎりぎりで息切らせながら到着する。 初日は是が非でもオープニングから見たかったからだ。 入るやいなや会場の盛り上がりがすげーことになっている! ラスリグからライブは幕を上げる。 今回は、バンドメンバーがすごいのね。 プロ、セミプロによって構成されている。 歌い手さんたちも、歌いやすかったようだ。 おれの心配事は一点、Karmaで映像と音の同期がずれないか、それだけだ…。 Liaさんが現れ、時を刻む唄を歌う。 すげー! こんな難曲をこれだけ歌い上げて盛り上げられるって、どんな歌唱力だ? そして、Karma。 今回の隠し球。 動画付きなのだ。 これもすげー! Liaさん、さらに歌、上手くなってないか? サビの盛り上げ方が尋常じゃない。 映像とのマッチングも凄まじい。 それは映画でもPVでもライブでもない、新しい何かだった。 それが生まれた瞬間だった。 誰もが身じろぎせず見て聴き入っていたように見えた。 そして、Ritaさんの登場によりロックモードに。 圧巻だったのは、Little Busters!-Little Jumper Ver. ものすごい盛り上がりだった。 こんなにライブ映えする曲だったんだ! 特に、「頬には涙を一滴の涙を」の後のブレイク明け。 ものすごいパワーが炸裂していた。 瞬間最大風速の盛り上がりが客席と一体となって生まれていた。 素晴らしいライブだった。 ライブ後、あれだけ落ち込んでいた都乃河の野郎が、すげー元気になってはしゃいでいるではないか! Ritaさんに励ましてもらったかららしい。 なんて単純な奴だ!! ホテルに帰り、シャワーを浴びると、またビールを持って、Na-Ga氏の部屋に遊びにいく。 そして携帯で、おれの弾き語りの感想を探してみる。 悪くない評価のようだ。 わーい!と調子に乗って歌を歌ってたら、他の部屋の人たちもどやどやとやってくる。 ここら一体の部屋に響き渡っていたようだ…(汗 就寝。 二日目。 昨日と同じく、朝食はハプナで、フレンチトーストとパンケーキとスクランブルエッグとウィンナーをもりもり食べる。 インターシティのトイレは、ウォシュレットなのがありがたい! 心おきなく食べられる。 が、絶対太るな…。 今日はイベントではトップバッター。 コスプレイヤーさんが着替え終えた後の小さな控え室で、朝から、ひとり発声練習をして喉を温める。 昨日のように緊張はしなかった。 うし!と舞台への階段を上る。 調子がいい! 声の出が、断然昨日よりいい。 「今日のおれならいける気がする!」と言って、歌ったHanabiは、連日とちる。 だが、温かい拍手に包まれつつ、歌い進めていくことができた。 アンコールの、夏影をみんなで歌おうタイム。 スタッフが頑張って、一日で歌詞がモニターに表示されるようにしてくれたのだ! そして最後にどっきりのようなものが待っていた。 ラストのフレーズを歌っていたら、おれの歌に被ってくる女性の歌声…。 弾き終えた途端、肩を叩かれる。 振り向いた先、そこに居たのは、Liaさん。 ホワーイ!? 頭が真っ白になる。 だが時間が押していたので、何かし始めようとするLiaさんを必死に嗜めるおれ。 手を繋いで、客に礼をして、それでなんとか収まった。 そして、やりきった。 正月休みから始まったおれの弾き語りライブへの挑戦… それがその時、終わった。 夜は、昨日と同じくステラボールでのライブを見る。 ただ、この日はラストに我々が舞台上で挨拶することになっているのだ。 1700人以上の前で!! 出だしから異常な熱気。 Little Busters!も盛り上がる! でも、アンコールのjumper ver. は聴けないのだ。 アンコールの間に舞台裏へと移動して、控えておかなくてはならないからだ。 後ろから回り込まなければならないので、一度表に出て、遠回りをする必要が。 寒い中、みんなでひたすら歩く。 驚くほど遠かった。 中に入ると通路で、Ritaさんがスタンばっていた。 都乃河の奴がハイタッチをしてまた上機嫌になっていた。 おれたちは、控え室で横一列となり、挨拶の練習をする。 ほんとはMCはなしで、礼だけをしてはける予定だったんだけど、あまりに決まりが悪いと思い始め、仕方なく、おれが喋りることに。 舞台に続く階段で待機。 おれは裸足。 鳥の詩が終わり、バンドメンバーがはけてくる。 お疲れさまでした! そして、Liaさんに呼ばれて、チーム・Key入場。 折戸さんがおれの前で、シールドに足を引っかける。 そして、回る。 巻き起こる折戸コール。 先に行ってくれないと順番が崩れるので、待つ。 一列に並び、Liaさんからマイクを渡される。 …歓声で喋れない。 収まるのを待つ。 そして、 「これまでの10年間はみなさんのおかげでした! ありがとうございました!」 と発する。 …すごい歓声で続きが喋れない。 「これからもずっと続いていくKeyをよろしくお願いします!」 …すごい歓声で続きが喋れない。 「本日はどうもありがとうございました!!」 みんなで手を繋ぎ深々と礼をする。 心の中で10数えることになっている。 1、2、3、4、5、6、7、8、9…10。 顔を上げる。 歓声は収まらない。 巻き起こるおれコール。 収め方がわからない。 折戸さんに訊く。 手でこうしろと言われるが、よくわからない。 もう、このまま行こう、と肩を押される。 おれは最後の最後で期待に応えられず、申し訳ない気分になるが、そのまま舞台を後にする。 Key 10th Memorial FES.終了。 中打ち、なるものに参加する。 本番の打ち上げに参加できないライブ関係者の方々が参加できる、ライブ会場で行う打ち上げのことだという。 広い通路に集まって、乾杯。 Liaさんに挨拶すると、昼間の弾き語りライブ直後にも言われたのだが、「ぜったいに、ライブでコラボしましょうね!」と念を押される。 いやいやいや!と返すおれ。 1st placeの村山さんも混じってきて、おれのライブすごくよかったと言ってくれる。 青空をパンクバージョンで歌ってみてほしいとのこと。 おれの声はパンクに合うらしい。 まじっすか…。 でも青空はどうかと…(汗。 タクシーで大移動。 場所をしゃれた飲み屋さんに移し、本打ち上げ。 ボーカルさんの方々は、バンドメンバーたちと話していて、なかなか入っていけなかった。 トイレにいく途中にRitaさんとすれ違う。 おれが話しましょうよ!というと、快諾してくれて、その後は、Ritaさんとずーーっと話してた。 隣に茶太さんがいて、茶太さんはふたりの話をずーーっと聞いている形だった。 途中社長に、「おい、麻枝! 茶太さんのアルバム作ったれや!」と言われる。 簡単に言うな、と思うが、そうなのだ。 茶太さんは、持ち歌がだんご大家族だけなので、とても申し訳なく思っているのだ。 これほど貢献頂いてるのに。 次のライブまでにはアルバムとはいかずとも、何曲かは是非ご用意したい。 その後、なぜか、絶対私を避けてる、嫌われてると思ってましたと誤解が生まれていたのでRitaさんとメル友になる。 午前3時ぐらいにお開きになる。 さすがにこの時間からNa-Ga氏の部屋には遊びにいけず、大人しく部屋に戻る。 11時半に集合。 日本一のハプナで昼御飯。 やはりハプナは美味い!! 長い列ができていたステーキを四枚も食らう。 すげー腹一杯になった! なぜそんなに食らったかというと、前に並んでいた都乃河の食いしん坊が、5枚も切ってもらっていたので、ならおれは4枚ぐらいはいけるだろうと軽く見積ったのだけど、後で聞けばその5枚はふたりぶんだったという…。 食後、社長と社員ほぼ全員は帰路へ。 藤井くんも同行。 ほんとは樋上さんもだったのだけど、体調不良で不参加に。 超でかいビルの展望のすごい会議室で今回のイベントの取材を受ける。 とにかく温かなお客のみなさんに支えてもらったイベントでした、こちらが感動をもらいました、と語る。 それに尽きる。 取材が終わると、折戸さんと都乃河くんも帰路につく。 おれと藤井くんはアニメ制作チームのみなさんと夕飯を食べることになってたので、時間が夜まですっぽり空くことに。 やることもないので、ホテルに戻り、藤井くんのノーパソを借りて、弾き語りの感想をまた探してみる。 悪く書いてる人なんてほとんどといっていいぐらいいなかった。 でもやっぱり、まず感想の頭に「決して上手くはないけど」「ぶっちゃけ下手だけど」と付くのね(苦笑 それを前提に、「けど、良かった」「けど、感動した」といった感想が並ぶ。 嬉しい。 レコーディングの日以来のメール。 イベント終了しました、という旨を伝える。 すぐ返事が来る。 素晴らしいご褒美だ。 そして、このささやかな幸せ気分を抱いて、今は眠ろう。 『汐のための子守歌』 いつかでいい 聞いてほしい 闇の中にいた日を どんな希望も光もなく ただ過ぎゆく悲しみの日 いつかでいい 聞いてほしい 君のママと過ごした日 すべてが輝いて見えた つまらないことも喜びに変わった 唐突に降る雨からも ママは守ってくれたよ その手を信じて生きたら 君がいたよ 君といたよ 渚に描いた 君の名は今でも いつかでいい 君がずっと大きくなったとき パパと海に行ってほしい きっとママとよく似た 君のそばで波を あの日のように見たい 投稿者: 麻枝 准 日時: 2009年6月18日 20:51 2009年6月19日 更新間に合うか!! LEO今井ライブレポ! 開演30分前につく。 シャングリラの前はArt-Schoolの時のように人の列が出来ていると思ってただけに、誰もおらずびびった。 中に入る。 まだ、すかすかだ。 で、こんな偶然あるんだなと驚いた。 店内に流れていた客入れBGMは、なんとライヒだった。 むろんLEO今井の選曲であろう。 と繋がってしまった。 何か運命的なものを感じざるをえない。 壁にもたれて、i-podで曲を聴いて開演を待つことにする。 すると、コメントに投稿してくれていたファンの方が、おれを見つけ、声をかけてくれた。 ポイントは、裸足とi-podだったらしい。 すごい緊張されていた。 とりあえずLEO今井談義をする。 そして、さあ、何が聞きたいんだい、教えてやるぜボーイ?と訊くと、Love Songについて訊きたいことがあったそうなので、そのことを話して過ごす。 そして、客電が落ちる。 気づくと、客席はほぼ満員になっていた。 登場するLEO今井。 本物だ!と興奮。 まずど頭からConnectorで、テンションはマックスに! すげぇ! LEO今井の動きは、PVを上回る激しいものだった! 縦横無尽に動き回り、両手で空を斬る! まさにライブモード! その動きと、ころころ変わるイキリまくった表情、それだけですでにエンターテイメントになっている! ものすごい幕開けだ! おれもノリまくる! 続くはHigh Speed Window! 「あいや~や~やいや~や~やいや~や~や~!」と歌い始める。 その後もアルバムLASER RAINからの曲が続くが、こんなにライブ映えする曲たちが詰まっていたとは思いもしなかった! 特にYou Me Electriccityのサビはもうイキそうだった! どがーーーん!と爆発でも起きたかのような威力。 ほぼMCはナシ。 曲名だけを言って、どんどん歌い進められていく。 歌いながら握手してもらえてた客が何人もいたが、おれもちょっと前にいけば届く距離だったのでチャンスを狙っていたのに出来なかった。 無念! ラストの曲を終え、はけるメンバー。 すぐ巻き起こるアンコール。 おれも必死に手を叩いた。 再び現れるLEO今井。 スペシャルな日だからと言って、新曲です、と言ってキーボードで弾き語る。 そこからメンバーが加わり、バンドサウンドに戻り、一気に盛り上がる。 ライブでここまで変貌を遂げるとは!) これがまたパワフル! サビがカッコイイ!! またどがーーーん!と爆発が巻き起こる! ラスト。 LEO今井が「Taxi」と告げる。 きたーー!! これも盛り上がる。 ブリッジでは観客との掛け合い!みんながウーーーースッ!と返す。 礼をしてはけるメンバー。 客電がつき、BGMも流れはじめるが(またもライヒだ)、客はLEOコールをやめない。 カーテンが閉まりかけたところ、それが止まる。 すると、なんとまたLEO今井が登場。 明日は東京でTour Synchronizeラストです、と言って、深々と礼をして、持っていたコップを掲げて「乾杯!」と言って、向井氏のように立ち去っていった。 THE END。 燃え尽きた。 おれのファンの子に、表に出て写メを撮ってもらう。 おれが着ているのはツアーTシャツ。 LASER RAINと赤字で書きまくってあるのだ。 イカす。 あと、また宣伝です。 5サウンドアルバム「yukar」の、ボーカルアルバムの全曲クロスフェード試聴を作りました。 かなりいい出来だと思っています。 投稿者: 麻枝 准 日時: 2009年6月19日 23:12 2009年6月20日 本日はイベントに行ってきました! 連日行動的なおれ。 大丈夫か。 大阪日本橋のGuildというバーで行われたWest Idol Festivalという、アキバ系(大阪でもそう呼んでいいのか?)アイドルさんたちのイベント。 最寄りの天六の駅から、一本でいけてしまう近い場所だったので、気軽に行ってしまった。 そもそもおれ、日本橋に来ること自体何年ぶりだ? ソフマップとか久々に見た。 うーむ、電気街とは疎遠になってしまったものだ。 ゲームクリエイターとしていいのか? 恵美須町の駅を上がると、すぐにBar Guildは見つかる。 開演時間のちょうど三時に入場。 お客さんは20人ぐらい。 そもそもね、このイベントの告知がすごく適当で、あんなのでいいのか…。 Guildのサイトにすら載っておらず、参加するアイドルさんたちが、それぞれ自分のホームページなり、ブログなりで告知しているだけのようだった。 で、おれはなぜそのようなイベントを見に行こうと思い立ったかというと… 時を遡ること2006年。 記憶にある方もいらっしゃると思いますが、KeyのOHPで、Key Sounds Label所属となる新人ボーカリストさんの募集をばばーん!としたのだ。 関西圏と、関東圏で二度募集して、合計で、どうだろう…90人ぐらい応募はあったのかな。 ただ、今回はゲームのボーカル曲に限らず、ノータイアップでKey Sounds Label所属のひとりのアーティストとして活動していってもらう、というプランであったため、歌唱力だけでなく、トータルバランスで見なくてはいけなかったのだ。 すべてが揃っている方は残念ながらいらっしゃらなかった。 (というか、ウチがハードル上げすぎだった気もする/汗) しかし、ただひとり、この子にあと、人を感動させられるだけの歌唱力が備われば、クリアーでは?とおれが思う子が居まして。 即戦力ではないので、とりあえず半年間、ボーカルレッスンに通ってもらい、育成しよう、ということになりました。 で、関西で一番厳しく、関西で一番腕利きの(おれは日本一だと思っている)ボーカルトレーナーのレッスンを受けさせ始めました。 週に一日、90分のレッスンを受ける生活が始まりました。 それは想像を絶する90分です。 きっとみなさんが体験したことのない、一度体験すれば二度としたくなくなる90分です。 相当な打たれ強さと、折れない気持ちと、根気と、忍耐と、負けん気と…等々、ありとあらゆる力を総動員し、立ち向かわなければ簡単に負けてしまう、そんな戦いの90分です。 怒声が飛び交います。 できなければ、できるまで続きます。 弱音は決して許されません。 「だって」とか「そう言われても」なんて言った日にはレッスンはストップ。 そこからは説教が始まります。 その子は、毎回、泣いて帰っていたそうです。 でも、その先生のレッスンは、厳しいだけじゃなく、他の先生や名高いボーカルトレーナーが書いた本よりも確かで、人体の構造上理にも適っており、歌声を根底から生まれ変わらせることができる、いわばプロへの最短距離を歩めるメソッドを取り入れたレッスンなのだ。 その子はピッチも取れるし、カラオケではまるで彼女が憧れる声優さんそのままに歌えたのだけど、その歌声には人の心を打つ響きと奥行き(深み)が欠けていたので、まさにそのマジックにおれは賭けてみたのだ。 そして半年が経つと、彼女はいなくなっていました。 レッスンに耐えられなかったのです。 おれは、やりすぎた、と後悔しました。 せめて半分にしておけばよかった…とか、まあ今更考えても意味がありません。 ただ、ひとつおれが不安だったのは… 彼女が歌を嫌いになってしまったのではないか、ということでした。 でも、しばらくして細々と歌手活動を行っているようなことをネット上で見つけ、少し安心しました。 それから二年以上が経った今日。 彼女の頑張っている姿を見に行こうと思ったのです。 それが今日そのイベントを訪れた理由だったのです。 ただ、会えるだろうか、一声でも声をかけてあげたかったので、それが心配だった。 まあ、歌っている姿を見られるだけでもいい。 そうして、前説が始まり、そして、トップバッターとして読み上げられた名前は、彼女の名。 舞台袖から現れるかと思いきや… 目の前で話していた女の子がはい!と舞台にそのまま上がっていった! ずっと前に居たのかーー!! そして彼女は歌い始めました。 なんて堂に入った歌いっぷり。 あれから場数もこなしてきたのだろう。 ああ、良かった。 彼女は歌が好きなままだ。 大好きなままだったのだ。 よかった。 さすがに手は振ってやれないが、拍手だけはするおれ。 2曲を終え、MCをはさむ。 流ちょうに話す。 ほんともうプロのようじゃないか。 さらに二曲を終え、今後の活動日程を話す。 すでに商業のゲームで一曲歌っていることを伝える。 その曲が収められたボーカル集が近く発売されるんだそうな。 自身のミニアルバムも自主制作で発売している模様。 是非買っていってください、と宣伝する。 そして、最後の一曲を歌い、彼女の出番が終わる。 今度こそ舞台袖に去っていくんだと思いきや… 客席に戻ってくるではないか!! ここには、舞台袖、とか楽屋というものがないようだ…。 お客の数人と話し終えたところを見計らって、その肩を後ろから叩く。 顔を見ただけじゃ思い出せないかも知れないので、名刺と共に。 振り返った彼女は目を大きく見開き、驚く。 こんなところに居ていいんですか!?と、もうさっきまで歌ってた人とは別人のように大慌て。 いやーよかったよー、堂に入ったもんだ、MCもいいしすげぇスキルを会得してるよー、と感想を述べる。 彼女は、来るなら先に言ってくださいよ! 恥ずかしいです!と繰り返す。 再会は、もっと違う形でしたかった、と。 というのも、彼女はバンドも組んでいて、アイドルの顔と、バンドのボーカリストというふたつの顔を持つのだという。 バンドのほうで再会したかった、と。 そう言われるとまあ、確かに、その気持ちはわからないでもない(苦笑 だが、電車一本で来れるイベントがコレだったのだから仕方ない。 では、これからも頑張って、と頭を撫でて、おれはBar Guildを後にした。 彼女の名前は白羽美依。 歌が誰よりも大好きな女の子なのだ。 投稿者: 麻枝 准 日時: 2009年6月20日 19:58 2009年6月21日 昨日は、大阪で打ち合わせ。 諸々楽曲のボーカル選考が行われたのだ。 鳥羽さんが候補者の資料を持って訪れる。 おれのお眼鏡にかなう人が居るかどうか…と心配してやってきたようですが、そこはさすがですよ! ハイレベル! ただ、歌はむちゃくちゃ上手いんだけど、やっぱり、なかなかアニメのキャラクターにはハマらないんだよね。 これ言っちゃっていいのかなあ(汗 ガルデモには、ボーカリストがふたり必要なんです。 ひとりは、何人か候補はあがるんだけど、もうひとりが、ぜんぜん見つからない! 候補者も後半になっきて、残りわずかとなって、うわ、やべぇとなってきたところで… 居たーーーーーーー!! 歌声を聴いた瞬間に、アルバムの完成図がぶわっ!と見えた。 絶対この人がいい。 この人でアルバムを作りたい。 でも、まあ、これで決定ではなく、実際に劇中歌を歌ってもらったり、会って話してみたりして、感触を確かめていくことになります。 うまくいくといいですけどね。 今日は、「5」のサントラのライナーを書き書き。 名曲Little Snowを書いた響さんとは、長い間ずっと連絡がとれず、今回もコメントを頂きたかったのだけど結局間に合わず、彼の残していってくれた功績も一緒に書き書き。 午後からは脚本の修正。 第7話。 明日は第8話を修正する予定。 そして、そろそろAngel Beats! SSのプロットを考え始めなければならない。 読み切りじゃなく、続き物にする予定。 (なので正確にはSSではない) G'sさんにて連載予定です。 大丈夫です。 安心してください。 体重だけはちゃんと控えてあります。 6/18 72.0 6/19 72.0 6/20 72.3 6/21 71.8 お昼ご飯は会社では、カップラーメン生活。 サークルKサンクスでのみ扱っている、こくとろみそラーメン、というカップラーメンが異様に美味い。 三ヶ月前もこればっか食ってたし、今日も食った。 先週の土曜の話なんだけど、モスバーガーが急に食いたくなって、それも、食べたことのない人気第一位のモスチーズバーガーを。 モスチーズバーガーが一位って意外じゃないですか? でも、そうTVのランキングで発表されていたのだ。 確か、中津駅の近くにあったはず、と原付を走らせていったものの、店ごとなくなっていた!! このへんも変わったからなあ…。 で、代わりに、家の近くにあるウェッチェバーガーという、カレーとハンバーガーが食べられる謎なお店に入ってみた。 店員に人気商品を聞き、ベーコンチーズエッグバーガーのSポテトのセットを注文する。 注文してから気づいたが、周りの客は全員カレーを食べていた。 ここのカレーがそんなに美味いのか? それともハンバーガーが美味しくないのか? で、出てきたベーコンチーズエッグバーガーを食べたわけなんですが、もう、名前から想像付く通りの味なんだけど、ここは作り置きをしないようで、作り立ててで美味しかった。 で、今日の夕飯もそれ。 一度ハマると飽きるまで食い続けるおれ。 帰ってきたら、すかさずシェイプボクシング。 汗だくになり、シャワーを浴びる。 体重は……どん! 72.5キロ! ホワーイ? さて。 学生時代の頃から、夏になると絶対に聴く曲があって、大江千里の「夏渡し」という曲なんですが、どれだけこの曲から、おれは作品イメージを膨らませてきたのだろう、というぐらい影響を受けた曲でして。 間奏が終わった後、情感たっぷりにこう始まります。 そろそろ梅雨も軒をくぐって、僕も仕事をまた始めるよ その情感を再現しようとしたのが、AIRのこの1シーン。 すべてが終わり、敬介は最後に晴子にこう言います。 長い休み。 僕の休暇も終わりだ。 そろそろ戻るよ、僕は。 そして、今、自分も二ヶ月の休職期間と一ヶ月の在宅勤務を経て、まったく同じ情感を抱いてしまったのです。 長い休暇だったな。 さて、そろそろ、戻るか、と。 というわけで、まっとうな社会生活に戻ります。 なので、このブログの毎日更新も、今日までです。 そもそもがAngel Beats! 開発日誌なので、その役割にも戻していきたいと思います。 長いひきこもりの戯れ言におつき合いくださいありがとうございました。 そして、これからもよろしくお願いします。 では、一気にリアルタイムに追いつきます。 飛ばしていきますよ! 2009年03月12日 いよっしゃああぁぁぁぁぁーーーー!! 書いたーーー!! 10曲書いたーー!! これでついに劇中バンド、ガルデモのフルアルバムが出せるぞーー!! だけどね、これは必要最低限の数字で、もう1、2曲欲しいんだよね… シングル何枚出すかわからないけど、例えば、最大でも3枚が精一杯だと思うのね。 そのシングルとカップリングの計6曲すべてがアルバムに収録されていて、シングル全部買ってる人からすると、ニューアルバムなのに新曲四曲だけ、なんて経験ありません? それが作り手側としてはひっじょーーに申し訳ないので、あと、最低は一曲欲しいのである。 いや、二曲は欲しいな。 アルバム買って新曲六曲なら、まあ、いいかな、という。 ストック曲として、入れられる曲はなくはないんだけど、今回は「彼女たちの等身大の楽曲」ということをコンセプトに書いているので、ストック曲では、借り物のようになってしまうのだ。 なので書き下ろしたい。 まだ時間もあるし、二曲ぐらい書けるだろうと、未来のおれに期待。 2009年03月23日 東京で本読みです。 ついにアニメ制作会社社長が動いた…俺に向けて。 脚本の尺が長すぎるので、ショート版を作っておいてください、と。 しかも第一話はすでにコンテに入ってるので明日にでも、と。 山が動いた…そんな気がした。 いや、別にそんな大層なものじゃないんだけど、ずっと打ち合わせで同席していながら、直にやり取りすることが一度もなかったから、ついにきたか…という感じだったわけです。 やっぱひとり我々と見ているところが違うというか、言葉少なでも、そういう役割を担って立ち会い続けていたのだ。 そのまま東京に宿泊。 翌日は、音楽をご依頼している音楽ユニットのNさんとKさんに、鳥羽さんがご挨拶することになっていて、おれと藤井くんも同席することに。 アニプレックス内のカフェで行われる。 (会社の中にカフェがあるのだ!) 音楽のコンセプトとして主軸に置きたいのはミニマル。 本当にバシッとAngel Beats! の世界観にハマってくれるかは自分でもまだわからない。 とりあえず、プロモ用に一曲発注することに。 発注の方向性はSteve ReichのMusic for a Large Ensemble。 楽曲を渡すまでもなくご存じである。 今月中に届くその曲で手応えが掴めるはず。 ほんとに挨拶だけの顔合わせ程度のものだったので、一時間ぐらいでつつがなく終わる。 まだ陽は高いが大阪に帰る。 こんな日もたまにあっていいだろう。 2009年03月24日 2時間ばかり、脚本ショート版作成の仕事をする。 なかなか難儀だ。 断腸の思いで、削って、さらにまとめていく。 雑誌社からのコメント依頼の仕事もこなす。 2009年03月26日 夕方に起きて、アニメのキャッチコピーを考えるという仕事をする。 短め、中間ぐらい、長め、と三種類用意する。 とても重要なものなのでリテイクが何度も入る。 最初は尖りまくっていたが、かなり丸まったものに落ち着いた。 それでも、普通の人からすれば尖っているようだ。 おれは基本、尖っているようなのである。 さらに、殺伐としている。 そんな奴とは決して友達にはなりたくない、と自分でも思う。 2009年03月28日 発注を出していた、先行プロモ用のイメージ曲が届く。 すごい! こんなにドラマティックでキャッチーなミニマルは聴いたことがないぞ!? 世界観にばっちりハマッた。 一発OKとなる。 ミニマルを初めて聴く人は、なんだ? 聴き慣れない曲調だがかっこいいぞ?と思ってくれるだろうし、ミニマルを知ってる人は、アニメにミニマルとはなんと小粋な!とニヤリとしてくれるはず。 2009年04月09日 明日は絶対、会社にいかねばならないのだ!! 次の打ち合わせは日曜だからだ。 みなさんに先に本を読んでもらうためにも、最低一日は必要。 なので、明日中に上げて、お送りしなければならない。 時間的にはぎりぎり。 おれはひとに迷惑をかけるのが大嫌いな人間なので(そう言う人こそ傍若無人なことがままあるが)、こんなぎりぎりに納品なんてありえねーー!! 4月告知のCMが出来たようです。 絵素材が一枚の中でよくやるなあ。 プロの仕事です。 音楽がクールでイカすので是非聴いてみてほしい。 2009年04月11日 木曜になんとかギリで脚本の次の稿を仕上げて、送る。 そしてまた引きこもる。 食料は調達しないといけないので、コンビニだけは行く。 カップ焼きそばが食べたくなって、買おうと思ったら、五種類もあるではないか。 毎日昼御飯はカップ焼きそばにして、どれが一番美味しいか、試してみることにした。 エントリー ・サッポロ一番 男の焼そば 極太硬麺 ・日清焼そばU. ・明星食品「究麺 ソース焼そば」。 ・明星 一平ちゃん夜店の焼そば ・まるか食品「ペヤングソースやきそば」 結果…ペヤングが一番美味しかった!! 2009年04月13日 というわけで出張行ってきた。 休職中なのに。 いつも通りの本読み。 シンガーとして始動にしか見えないんですが(汗 これはまずい、ということで、差し替え用の写真を今週中に撮って送らねばならんのだ。 2009年04月16日 二日前にメジャーリーグで、ホームランボールを柵越しにキャッチしてアウトにした、というプレーがあって、この手のプレーはよくあるんだけど、あれは、どこまでがアウトになるのだろう? キャッチした外野手がホームランゾーンに落ちてしまうと、ホームランじゃん? だとしたら、ホームランゾーンに落ちて、でも、地面に背中がつく前に、グラウンドにボールを投げ込み、それを他の外野手がキャッチしたら、それはアウトになるのか? ルール上はなるはず。 サッカーはゴールラインをボールが半分以上だっけ? 中に入ったらゴールだけど、野球はホームランゾーンにどれだけボールが食い込んでも、捕ればアウトなのだ。 だから、グラウンドに投げ返せば、それはホームランにはならない。 それを別の野手が捕球したらアウトになるはずなのだ。 そんなスーパープレイの前例はまだないのだろうか。 L change the WorLdを見終える。 確かに、Lのプロモーションビデオのようでもある。 松山ケンイチはあのアヒル口がいいよね。 アニメのボーカル譜を作らないといけーーん!! 劇中内バンドの楽曲は、主題歌やエンディングテーマよりも先に要るのだ。 というのも、今回はバンド演奏をアニメで再現するために、なんと、曲を実際にバンドに演奏してもらい、それを撮影し、そこからアニメの線を起こすのだ。 しかも、ガールズバンドなので、実際にすべてのメンバーを女性で構成する。 やはり動きや体のラインが男性とは違うから。 そこまでこだわった演奏シーンがどうなるのか、今からドキワクものである。 2009年04月17日 写真の撮影もしなきゃいけんし、ボーカル譜も今日までが限界というから、出社した。 まずボーカル譜を作るが、絶対この段階で歌詞の修正が入るのね。 というのも音符の数と文字数が合っていないミスが必ず見つかるからだ。 素人のようなミスだが、毎回必ずやる。 すると、言い回しを直したり、となかなか一筋縄ではいかないのだ。 時間がかかる…。 しかも音楽流しながらできない作業でストレスが溜まる…。 このアニメ企画、おれをフィーチャーしすぎ! おれの中では、おれは孤独なクリエイターで、お客さんからすると近寄りがたい存在だと思ってるのね。 それが、いきなりラジオやブログを始めるなんて、どれだけ人なつっこいキャラやねん! というぐらいに5月に変貌を遂げる…。 ああ、休職してる場合じゃねー…。 2009年04月21日 恐らく、もう一ヶ月、休職する予定…。 昨日は、ほんとにひきこもりで、一歩も部屋から出なかった…。 しかしアニメの仕事があってよかったなあ。 その仕事がなければ、おれは、実質ぷーであった…。 クラナドの時は、延期しまくって、全員のモチベーションが地を這うぐらい下がってて、おれひとりが全員に綱つけて、引っ張っていた気分だったけど、今は、逆に外の人たちにおれに縄つけて、引っ張ってもらっている、それでなんとか動けてる、そんな気分。 今日はゲームもする気が起きず、寝続けたかったが、さすがに寝過ぎなのか、ぜんぜん眠たくならない…。 丸くなって音楽だけを聴き続ける…。 2009年04月22日 アニメの劇中バンドの演奏する仮歌バージョンが一気に三曲届く。 一曲はすげぇ化けてた。 なんていい曲だ…と自分で驚いた。 ここにアップしてあげてーなー。 仮歌版なんて、関係者以外聴けないし。 でもレッドゾーンだと思うので自重しておく。 もう一曲は想定内。 だが、残りの一曲が、やばい出来に…。 これは仮歌を歌ってくれてる人との相性が悪いだけなのか、曲が駄目なのか、よくわからん…。 サビが演歌のように聞こえる…。 アニメの特設ホームページのデザインが届く。 いい感じ。 特に、おれのラジオのタイトル「殺伐RADIO」のロゴがイカす。 しかしこのサイトがオープンしたら、おれはすげー仕事をしているように思われるんだろうなあ。 まさか、二ヶ月休職しようとしてるなんて誰も思わないだろう。 基本、ぷーですから。 2009年04月25日 ふわああぁああぁぁ…いよいよ、明日アニメ企画の発表ですよ…。 なんかね、智代アフターの時を思い出すね。。 あれも、ネットでの発表だったから、すごく似てる。 2009年04月26日 発表きたーーー!! どがーーーーーーーーーーーーーーーん!! そんな裏で、おれは休職二ヶ月目スタートです。 2009年04月27日 名前だけしか存じあげてはいなかったのですが、成瀬未亜さんという声優さんがいらっしゃって、ブログでおれの音楽のことを書いてくれてるらしい。 なんとdollを初聴きでおれの曲だと言い当てられたというのだ! 恐らくアルバムというのはLove Songのことだろう。 宝物と仰ってくれている…。 声優さんにこんなふうにファンのように聴きこんでもらえてるなんて初めてで、感動。 無難に乗り切ったと思う。 その後、調子が悪くてぜんぜんしていなかった脚本の修正作業を行う。 本当はもう一話ぶんできる時間はあったのに、夕方になっちゃって…なぜかおれは夕方になると急速に焦るのね。 早く帰って、お風呂に入って、髪を乾かして、後は寝るだけ!というところまで持っていかなきゃ!って。 そうしないと安心して、ゲームで遊んだりアニメを見たりもできないのだ。 なんなんだろう、この毎日夕方になると訪れる焦燥感は。 二話ぶん仕上げたところで逃げるように帰った。 2009年05月02日 合宿という名の打ち合わせ。 今回は大阪で二日間。 制作チームのみなさんがいらっしゃる。 会社の会議室にて行う。 議題は、ストーリー後半のてこ入れ。 これは、シナリオラフが13話揃ったところで鳥羽さんが、懸案事項として挙げていたいくつもの問題点をこの二日間でみんなで知恵を振り絞って一気に解消しよう、というもの。 前回の合宿ではへとへとになったおれ。 今回もどれだけ疲れるかと思いきや、あんまり疲れなかった。 というのも、鳥羽さんが挙げていた問題点は数はあったけど、話し合ってみると、そこまで修正する必要がないものがほとんどだったのだ。 大変なてこ入れが入ると構えていただけに、拍子抜けするほどスムーズに進行した。 もう明日、話し合うことがなくなるんじゃないかと思うほど。 2009年05月03日 はい。 ほとんどやることはありませんでした。 とりあえず、打ち合わせ的なことを行って、早めに終了。 方向性、終着点はこれで完全に決まった。 おれが目指していた方向に間違いはなかった。 13個の大事なシナリオラフを手に、突き進もう。 2009年05月07日 昨日のブログは異様にウケた。 確かに切れ味は鋭かった。 だが、それがプレッシャーとなり、今日は焦ってぜんぜん書けない…。 なので、ハードルを下げにかかることにした。 しょうもない話を書いておいた。 コメント数落ちるかなー。 2009年05月17日 で、今週から死のロード。 5月19日 6話脚本の修正と7話脚本制作 5月20日 殺伐RADIO収録準備 5月22日 東京出張・殺伐RADIO収録・宿泊 5月23日 Angel Beats! 定例会議・帰宅 ふわああぁあああぁ…こんなの乗り切れない… 少なくとも明日は出社しなくてはいけない… 2009年05月19日 ふわあぁあぁぁ、週末の出張宿泊は辛いわ… ラジオ収録自体はどーにかこなせると思うんだけど… 新幹線の切符買ったり、電車乗り換えたり、初めていくスタジオやホテルを探したり… そういうことを考え始めると、もーイヤになる。 あと、新幹線の中の三時間をいかにやりすごすか…。 ハーツは見つかりそうもないです。 人と話してるのが一番時間が過ぎるのが早くて、本読みに入るまでの初期の打ち合わせにはNa-Ga氏も参加していて、ふたりで延々と話してたんだよね。 するとあっという間。 驚くほど速く着く。 でも今回行きはひとり…。 べつに藤井くんがいても、あの人は本読むか寝るだけなので、時間をやりすごす助けにはなってくれない。 2009年05月19日 昨日、LIFEでパイプユニッシュを持ってレジに並んでる時、メールが届いた。 大阪で新型インフルエンザが見つかったから、心配してくれていた。 それとも大阪在住の知り合い全員に送ってるのかな? 確かめてみたところ、おれの名前が入ってるから、このメールは少なくともおれ宛てだ。 すげー。 2009年05月20日 ラジオの仕込みやってます。 今回はカノンのコメンタリーの時とは違って、台本を作ってから臨む。 でも自分で作ってて、これは噛む…噛みまくる…と予想。 そして、量が多い!! 一応最大一時間ぐらいで見てもらってるんですが、多分フルに使うな…。 越すかもしれん…。 2009年05月23日 帰ってきた。

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麻枝准Angel Beats!開発日記: 2009年6月 アーカイブ

僕 の 腕 に 噛み 跡 つけ た あと 曲名

ベートーヴェンの生涯 ほとばしる人類愛!怒れるタイタン! 【 あの人の人生を知ろう〜ベートーヴェン編 】 Ludwig van Beethoven 1770. 16-1827. それもかなり高音質!是非その 「第2楽章」の方をクリックし、聴きながら読まれることをオススメします!ベートーヴェン最後のピアノ曲。 聴いてると星空の下にいる気が! ----------------------------------------------- 「モーツァルトは誰でも理解できる。 しかしベートーヴェンを理解するには優れた感受性が必要だ。 やるならやってみよ運命よ!我々は自らを支配していない。 始めから決定されてあることは、そうなる他はない。 僕はかつて同じ人類の中に彼がいたという一点をもって、人間が地球に誕生したことは無意味ではなかったと確信している。 ベートーヴェン以前の音楽家は、皆が王室や貴族に仕え、作品といえば注文に応じて書く式典用の音楽が大半だった。 だが、平民出身で進歩的なリベラル(自由主義者)のベートーヴェンは、そのような主従関係を拒否し、一部の貴族のために作曲するのではなく、全人類に向けて作品を生み出した。 自身の内面から湧き上がる創作の欲求に従い音楽を書いた。 単なる娯楽としての音楽ではなく、「苦悩を突き抜け歓喜へ至れ」と人間讃歌をうたいあげた。 古典派の堅固な構成とロマン派の劇的な展開が化学反応を起こし、安定感と創造的破壊のせめぎ合いが生む緊張感にシビレ、法悦(エクスタシー)とも言うべき快楽を与えてくれる。 ベートーヴェンは9曲の偉大な交響曲、7曲の協奏曲(5曲がピアノ協奏曲)、32曲のピアノ・ソナタ、17曲の弦楽四重奏曲、10曲のバイオリン・ソナタ、5曲のチェロ・ソナタ、2曲のミサ曲、オペラ「フィデリオ」、その他、138曲もの作品を生み出した巨人(タイタン)。 同じ人間が作ったものとは思えず、僕にとっては存在そのものが神話に近い。 その一方で、親しみを感じる人間味のあるエピソードも多数残している。 天才とはモーツァルトのように楽譜に向かう前に既に頭の中で曲が完成している者のことをいい(モーツァルトの楽譜は殆ど修正した跡がない)、ベートーヴェンのようにひとつのメロディーを書くだけで延々と書き直したりはしない。 『運命』の第2楽章には8度も旋律が書き直された(貼り直された)箇所があり、しかもそれを剥がしていくと8枚目と元の旋律が同じだったりする。 有名な『運命』の冒頭もさんざん試行錯誤して下書きを繰り返したものだ。 散歩中に書き付けた紙切れやメモ、ノートのスケッチは7000点以上にのぼる。 不器用な彼は作曲中、他の一切の用事が出来ず、ピアノの上にはカビの生えたパンが皿に乗っており、ピアノの下では簡易トイレが大爆発していた(雇ったメイドは片っ端から逃げ出した)。 そんな環境で『エリーゼのために』や『月光』など美しい珠玉の傑作が生まれるんだから面白い。 大好物はパンを入れて煮込んだスープ、魚料理、茹でたてのマカロニにチーズを和えたもの、そしてハンガリーの極甘口トカイワイン。 コーヒーは自分で豆60粒をピッタリ数えて淹れるこだわりを持っていた。 他にも、人道主義的理想を掲げた大傑作の第九の直後に『なくした小銭への怒り』という珍曲を作ってるのも人間っぽくて良い! 1812年、テプリツェ(現チェコ北部)でゲーテと腕を組んで散歩中(当時ベートーヴェン42歳、ゲーテ63歳)に、オーストリア皇后やルドルフ大公(皇帝レオポルト2世の子)の一行と遭遇した時のこと。 ゲーテは腕を解くと、脱帽し通りの脇から最敬礼で一行を見送った。 ベートーヴェンいわく「私は帽子をしっかりかぶり、外套のボタンをかけ、腕組みをしたまま、堂々と頭を上げて行列を突っ切った」「おべっか使いの臣下どもが両側に人垣を作っていたが、ルドルフ大公は私に対して帽子をとり、皇后は真っ先に挨拶した」(クルト・バーレン著『音楽家の恋文』)。 逆に大公一行から挨拶されたベートーヴェン。 この出来事を他人に伝えるベートーヴェンの手紙は辛辣だ「行列がゲーテの前を行進した時は、本当に可笑しくなってしまいました。 彼は帽子をとり、深く頭を下げて脇に立っていました。 それから私はゲーテにお説教をしてやりました。 容赦せず彼の罪を全部非難しました」。 21歳も年下の男から道端で激しく説教されるゲーテの気持ちはいかほどだったろう…。 ベートーヴェンは後援者のリヒノフスキー侯爵に対してさえ「侯爵よ、あなたが今あるのはたまたま生まれがそうだったからに過ぎないが、私が今あるのは私自身の努力によってだ」と書き送っている。 歩く活火山のようなパワフルさ。 めちゃくちゃカッコイイ! ベートーヴェンの作品が後世の作曲家に与えた影響は絶大で、ブラームスは40代になるまで交響曲が書けなかった。 ワーグナーは「この世には既にあの9つの交響曲があるのに、このうえ交響曲を作る意味があるのか」と立ち尽くし、ベートーヴェンが開拓しなかった楽劇の道に進んだ(ベートーヴェンのオペラは1作品しかない)。 また、『運命』が交響曲第5番であったことから、多くの作曲家が自身の第5番に並々ならぬ気合いを入れ、チャイコフスキー、マーラー、ブルックナー、ショスタコーヴィチ、ドヴォルザーク(「新世界より」は旧5番)などが名曲を残している。 ブラームスは4番までしかない。 【その波乱の生涯】 1770年12月16日、ケルン選帝侯の城下町ボンに生まれる。 身長167cmでがっしり体型。 肌は浅黒。 弟子のチェルニー(教則本で有名)は、ベートーヴェンの第一印象を「ロビンソン・クルーソー」「黒髪が頭の周りでモジャモジャ逆立っている」と表現している。 後年は服装に無頓着だったためホームレスと誤認逮捕され、ウィーン市長が謝罪するなんてこともあった。 祖父(オランダ人)は宮廷楽長、父も宮廷楽団の歌手であったが酒に溺れてしまい、祖父が家計を援助していた。 母は宮廷料理人の娘。 3歳で祖父が他界すると生活が困窮し、翌年から父はベートーヴェンをモーツァルトのような神童にして一稼ぎしようと苛烈なスパルタ教育を行う。 10歳で小学校を退学し、12歳で作曲家ネーフェに師事。 14歳、正式に宮廷オルガニストに任じられる。 1787年(17歳)、音楽の都ウィーンを旅行してモーツァルト(当時31歳、ベートーヴェンとは14歳差)を訪問し、ピアノの腕前を高く評価される。 この時、「今にこの若者は世の話題をさらうだろう」と予言されたとも。 弟子入りが認められたが、母の結核が悪化しボンに帰郷、その死を看取る。 1789年(19歳)、妻を失った父はさらに酒量が増えアルコール依存症で失職。 ベートーヴェンが宮廷楽師となって家計を支え2人の弟の世話をした。 同年、フランスでは民衆が王政を打ち倒す革命が起き、青年ベートーヴェンも大いに刺激を受けた。 この頃、ベートーヴェンは教養の不足を感じボン大学聴講生となっていた。 大学で文豪シラーの詩「歓喜に寄す」と出会って胸を打たれ、約30年後に第九の歌詞にしている。 だが翌年にモーツァルトが35歳で早逝してしまい、1792年(22歳)、後援者たちはウィーンで活躍していた高名な作曲家ハイドン(当時60歳)にベートーヴェンを弟子入りさせた(弟子入り資金は後援者が負担)。 同年、酒乱の父が他界。 ハイドンはあまりに多忙でろくに指導できず、ベートーヴェンは不満を抱いて宮廷楽長サリエリなど複数の作曲家を師に持った。 1795年(25歳)、『ピアノ協奏曲第1番』『ピアノ協奏曲第2番』が完成(順番は第2番が先)。 ベートーヴェンは慈善コンサートで自作のピアノ協奏曲を演奏し、これが大きな話題を呼んだ。 さらに即興演奏の名手として人々を魅了。 青年ベートーヴェンは作曲家としてより、天才ピアニストとして音楽好きのウィーン貴族たちから喝采を浴びた。 一躍社交界の花形となり、楽譜出版社からの収入も増えていき、ボンに残していた2人の弟を呼び寄せた。 当時、音楽家の地位は低く、あのモーツァルトでさえ貴族からは使用人扱いで、貧困の中で没し亡骸は共同墓地に埋蔵された。 だが、モーツァルトの死から10年が経つと楽譜の出版市場が拡大し、ベートーヴェンはフリーの音楽家として暮らしていくことが可能になった。 それを聴く度に肌寒さを覚えて青ざめるくらいです」 名声を得て得意絶頂のベートーヴェンだったが、人生が突如暗転する。 1798年(28歳)、聴覚障害の最初の兆候が現れると次第に症状が悪化していった。 音楽家にとって聴覚を失うことは致命的。 他人にバレないようにするため、交際を避け家に引きこもるようになった。 同年、ピアノソナタ第8番『悲愴』を作曲。 1800年(30歳)、明るく活気に満ちた交響曲第1番を書き上げるが、まだベートーヴェンの個性は薄くモーツァルトやハイドンに近い。 1801年(31歳)、弟子でイタリアの伯爵令嬢ジュリエッタ・グイチャルディ(16歳)に捧げたピアノソナタ第14番『月光』を作曲。 ベートーヴェンは彼女に恋し、身分の差に苦しむ。 転地療養のため夏はウィーン郊外の静かなハイリゲンシュタットで過ごしていたが、1802年(32歳)、不安と絶望が頂点に達し「ハイリゲンシュタットの遺書」を2人の弟に執筆した。 自殺を考えたが、芸術に引き留められたという切実な文章だ。 私が意地悪く、強情で、人嫌いのように見えたとしても、人はその本当の原因を知らぬのだ。 私の心と魂は、子供の頃から優しさと、大きな夢をなしとげる意欲で満たされて生きてきた。 だが6年前から不治の病に冒されたことに思いを馳せてみて欲しい。 回復するのでは、という希望は毎年打ち砕かれ、この病はついに慢性のものとなってしまった。 情熱に満ち活発な性格で、社交好きなこの私が、もはや孤立し、孤独に生きなければならないのだ。 「もっと大きな声で叫んで下さい、私は耳が聞こえないのです」、などと人々にはとても言えなかった。 他の人に比べてずっと優れていなくてはならぬはずの感覚が衰えているなどと人に知らせられようか…おお、私にはできない。 だから、私が引きこもる姿を見ても許して欲しい。 こうして自分が世捨て人のように誤解される不幸は私を二重に苦しめる。 交友による気晴らし、洗練された会話、意見の交換など、私にはもう許されないのだ。 どうしても避けられない時にだけ人中には出るが、私はまるで島流しにされたかのように生活しなければならない。 人の輪に近づくとどうしようもない恐れ、自分の状態を悟られてしまうのではないか、という心配が私をさいなむ。 医者の言葉に従って、この半年ほどは田舎で暮らしてみた。 そばに佇む人には遠くの笛の音が聞こえるのに、私には何も聞こえない。 人には羊飼いの歌声が聞こえているのに、私にはやはり何も聞こえないとは、何と言う屈辱だろう。 こんな出来事に絶望し、あと一歩で自ら命を絶つところだった。 自分が使命を自覚している仕事(作曲)をやり遂げないで、この世を捨てるのは卑怯に思われた。 その為、このみじめで不安定な肉体を引きずって生きていく。 だからそうする。 願わくば、不幸に耐えようとする決意が長く持ちこたえてくれればよい。 もしも病状が良くならなくても私の覚悟はできている。 自分を不幸だと思っている人間は、自分と同じ1人の不幸な者が、自然のあらゆる障害にもかかわらず、価値ある芸術家、価値ある人間の列に加えられんがため、全力を尽くしたことを知って、そこに慰めを見出すことができるだろう。 精神の危機を克服した瞬間だ。 この言葉の通り、ベートーヴェンの創作欲は遺書の脱稿後から大爆発する。 パリの有名ピアノ製作者から最新型のピアノ(グランド・ピアノ)を贈られ、その幅広い音域やペダル装置が芸術家魂をさらに奮い立たせた。 ベートーヴェンはこのピアノを手に入れると、さっそく特性を生かしたスケール感のあるソナタ=後援者ワルトシュタイン伯に捧げたピアノ・ソナタ第21番「ワルトシュタイン」(1803)を書き上げている。 そして、1804年に英雄交響曲を完成させたのを皮切りに、10年間に6つの交響曲の他、ピアノやヴァイオリンの優れた協奏曲を次々と作曲した。 この10年間は後世の音楽愛好家から「英雄の時代」と呼ばれ、作家ロマン・ロランは特に1806〜08年を「傑作の森」と呼んだ。 平民出身のベートーヴェンはフランス革命を熱烈に支持しており、同じ平民のナポレオンが欧州の王政諸国を次々と打ち負かしていることを喜んだ。 ところが、フランスに送る段になって「ナポレオン、自ら皇帝就任」の報が届き、ベートーヴェンは「畜生!ヤツもただ権力にしがみつく俗物に過ぎなかった!」と怒り狂った。 だが、ベートーヴェンは英雄交響曲の内容を書き直すことはなかった。 この曲はナポレオンという1人の英雄を表現したものではなく、全ての人間が持つ英雄的側面や、ベートーヴェンがハイリゲンシュタットで経験した芸術家としての覚悟を音楽に昇華した作品だからだ。 従来の一般的な交響曲が30分程度であるのに対し、「英雄」は50分を超える前人未踏の大曲であり、壮大なコーダ(結尾)が聴衆を圧倒した。 人々は音楽が持つ強烈な生命力に驚愕した。 魂の新生、ここにあり。 英雄交響曲はモーツァルトやハイドンといった古典派から、シューベルトやメンデルスゾーン、ドヴォルザークらロマン派への橋渡しとなった。 題材はフランス革命で実際に起きた事件からとられた。 政治犯を救出する物語であり、ベートーヴェンのリベラルな政治的立場が窺える。 大変な難産の末に生まれた作品で、ベートーヴェンは自分にオペラは向いておらず、本領は交響曲にあると痛感する。 だが、作品の評価は徐々にあがり、11年後(1814年)の上演では当時17歳のシューベルトが教科書を売り払ってチケットを購入したという。 鬱屈した情念が吹き荒れるピアノソナタ第23番『熱情』や、後にメンデルスゾーン、ブラームスと合わせて3大ヴァイオリン協奏曲と呼ばれるヴァイオリン協奏曲ニ長調が書かれる。 弦楽四重奏曲にもラズモフスキー・シリーズの名曲を残す。 ベートーヴェンは『運命』で音楽史上初めて交響曲にトロンボーンやピッコロを導入し、後の作曲家に受け継がれていく。 後世の音楽ファンが「ピアノ協奏曲の皇帝的存在」と讃えたもの。 ベートーヴェンが愛したテレーゼ・マルファッティに捧げられた。 これも悲恋に終わった。 優雅で気品のある当曲は、ベートーヴェンを最後まで金銭的に援助し続けたパトロン兼弟子のルドルフ大公に捧げられた。 本作はフランス民謡をイギリス国歌が覆す(仏敗北)という分かりやすさでウィーン市民から絶大な人気を集めた。 現在は殆ど演奏されないが、ベートーヴェンにとって生前最大のヒットとなった。 演奏時間が25分前後と短く、モーツァルトやハイドンの時代の古典スタイル。 だが旋律はロマン派のそれであり小品ながら意欲作。 この後、難聴が急速に進み、人前での演奏会はこの年にピアノ三重奏曲『大公』初演でピアノを弾いた場が最後になった(耳が聞こえない為ピアノを大きく弾きすぎた)。 第九初演の1824年まで10年間ほど大スランプに陥り、交響曲を書くペンがピタリと止まる。 この間に特筆すべき作品は後述する数曲しかない。 40代半ばから他界するまでの10年間は聴力を殆ど失っていたことも関係するだろう。 次第に奇行が増え、神経性である持病の腹痛と下痢にも苦しめられた。 1815年(45歳)、実弟が死去し、9歳の遺児カールの養育権を得るべくその母と5年後まで裁判で争うことになる。 1818年、絶不調のベートーヴェンのもとに、ロンドンのピアノ会社から73鍵6オクターヴの大型ピアノが贈られた。 ベートーヴェンはこのピアノの表現能力を極限まで引き出すことを決意し、「50年後の人間なら弾ける」と語ってピアノソナタ第29番『ハンマークラヴィーア』(約45分の大曲)を完成させた。 1820年(50歳)、有力パトロンのルドルフ大公の仲介もあって、ようやく甥っ子の養育権を勝ち取り後見人となったが、14歳という思春期になっていたカールはベートーヴェンと激しく衝突した。 5月16日(わずか1ヶ月後)コックを首にする。 5月30日、家政婦を雇う。 7月1日、新しいコックを雇う。 7月28日、コック逃げる。 8月28日、家政婦辞める。 9月9日、お手伝いを雇う。 10月22日、お手伝い辞める。 12月12日、コックを雇う。 12月18日(たった6日後)コック辞める」。 こういう具合に何年間も続く。 だが、ベートーヴェンは自分にも厳しかった。 ある時演奏会が絶賛されたのを読んでこう語った「私のように常に自分の限界を意識している者が、こんなに絶賛されるととても不思議な感じです」。 1822年(52歳)、最後のピアノソナタ3曲「第30番」「第31番」「第32番」と、宗教曲『ミサ・ソレムニス』を作曲。 「第32番」の第2楽章は宇宙に静かに瞬く星々の如き崇高さ! 【晩年】 1824年(54歳)、5月7日にウィーンで交響曲第9番の初演が行われる。 第8番から10年が経っていた。 この頃、ウィーンではロッシーニの喜劇など軽いタッチの音楽が流行しており、ベートーヴェンは自分の重厚な作風は受け入れられないと感じ、第九初演をベルリンで行おうとした。 この動きを知ったウィーンの文化人は「どうかウィーンで初演を!」と連名の嘆願書を作成しベートーヴェンを感動させた。 嘆願書には「『ウェリントンの勝利』の栄光を今一度」という文言が添えられていた。 この第9番の初演には細心の注意が必要だった。 当時のウィーンではフランス革命の波及を恐れた皇帝が、王政や身分制度に反対する者を次々と秘密警察に逮捕させ大弾圧を行なっていた。 平民出身のベートーヴェンもまた平等な社会を求め、危険思想の持ち主と見なされ当局にマークされていた。 また、筆談帳にレストランでの友人との次の会話が残っている「ご注意下さい、変装した警官が様子をうかがっています」。 クライマックスで「 引き裂かれた世界を汝(市民)の力が再び結び合わせ、その優しい翼を休めるところ全ての人々は兄弟となる」と高らかに歌い上げ、貴族や平民など人間を分けず、身分制度を超えた兄弟愛で人類が結ばれることをうたった。 当局の検閲を怖れたベートーヴェンの秘書は、歌詞の内容を伏せて演奏会の許可をとった。 権力者から要注意人物とされた作曲家のコンサートにもかかわらず、初演には大勢のウィーン市民が足を運んだ。 ステージではベートーヴェン自身が指揮棒を握ったが、聴覚の問題があるためもう1人のウムラウフという指揮者がベートーヴェンの後ろに立ち、演奏者はそちらに合わせた。 演奏が終わって聴衆から大喝采が巻き起こるが、ベートーヴェンはそれに気づかず、失敗したと感じて振り向かなかった。 見かねてアルト歌手のウンガーが歩み寄り、ベートーヴェンの手をとって振り向かせ巨匠は魂が聴衆に届いたことを知った。 演奏後に何度もアンコールの喝采が続いたが、聴衆が5回目の喝采を行った時、劇場に潜んでいた当局の人間が人々を制止した。 当時、皇帝への喝采は3回と決められており、それ以上は不敬罪となるからだ。 第9番完成後、ベートーヴェンの楽曲は極めて個人的な性格を強め、最晩年となる1824年から1826年に書かれた孤高の傑作、5曲の弦楽四重奏曲で現世に対する達観の境地へ分け入った。 この当時、作曲家は依頼を受けて曲作りをしたが、ベートーヴェンは弦楽四重奏曲の最後の2曲を自発的に書き上げた。 死の前年に書かれた弦楽四重奏曲第14番について、これを聴いたシューベルトは「この後で我々に何が書けるというのだ?」と述べた。 1826年(56歳)、ベートーヴェンは養育していた甥カールと将来の進路を巡って激しく対立(カールは軍人志望、ベートーヴェンは芸術家にしたかった)。 カールは伯父からの独占的な愛情に息が詰まり、ピストル自殺をはかった。 弾丸は頭部にめり込んだが、奇跡的に一命を取り留める。 この事件にベートーヴェンはショックを受け、すっかり気弱になっていく。 同年12月、肺炎を患ったことに加え、黄疸も発症するなど病状が悪化。 何度も腹水を取り除く手術が行われたが快方に向かわなかった。 10番目の交響曲に着手するも未完成のまま、翌1827年3月26日、肝硬変により56年の生涯を終えた。 最期の言葉はラテン語で「諸君喝采したまえ、喜劇は終わった」。 1827年3月29日、集会の自由が制限されるなか、ウィーンのヴェーリング地区墓地(1769年開設)で執り行われたベートーヴェンの葬儀に2万人もの市民(当時の人口は約25万人)が参列し、臨終の家から教会に至る道を埋めた。 宮廷からは一輪の花も、一人の弔問もなかった。 墓地に着き、オーストリアの偉大な詩人グリルパルツァーの弔辞を俳優が墓前で読み上げた。 「彼は芸術家であった。 しかし同時に一人の人間であった。 あらゆる意味で最も高貴な人間であった。 世間を避けたので彼は敵意に満ちていると言われた。 感情を避けたので無情の人と言われた。 愛情が深かっただけに、世間に対抗する武器を持たなかった。 だからこそ世間を逃れたのである。 己の全てを同胞に捧げたが、代わりに得るものは何もなかった。 だからこそ身を引いたのだ。 己の分身を見つけることが出来ず一人のままでいた。 しかし死ぬまで父親のような心を持ち続けた。 彼はこうして生き、そして死んだ。 そして永遠に存在し続ける。 ここ(墓地)までついてきた者たちよ、悲しみを抑えなさい。 我々は彼を亡くしたのでなく得たのである。 生身の人間は永遠の命を得ることはできない。 死んで初めて永遠の世界の門を通ることが出来るのだ。 お前たちが嘆き悲しんでいる人は、今、最も偉大な人々の仲間入りをし、もう永遠に傷つけられることがないのである。 心痛のまま、しかし落ち着きをもって家路につきなさい。 今後、彼の作品の嵐のような力強さに圧倒された時、またそれらに対する意気込みが次の世代に受け継がれた時、今日のこの日を思い出しなさい。 彼が埋められた時、我々は一緒にいたのだ。 彼が亡くなった時、我々は泣いたのだ」。 翌年、シューベルトが31歳の若さで病没し、本人の遺言に従ってベートーヴェンのすぐ側(3つ隣り)に墓が造られた。 その後、人口増加による都市計画が立案されヴェーリング地区墓地の閉鎖が決定。 没後51年の1888年6月22日、ベートーヴェンの遺骸は掘り起こされ、新たに造成されたウィーン中央墓地の名誉墓地(楽聖特別区)に改葬された。 ウィーン市の南端に位置する中央墓地は300万人以上が眠るヨーロッパ屈指の巨大墓地。 その中の名誉墓地に埋葬されることはウィーンの芸術家にとって最高の栄誉とされている。 遺書は死の3日前に書かれていた。 「私は今、喜んで死を受け入れます。 運命は残酷でしたが、終わりのない苦しみからやっと解放されるからです。 いつでも用意はできています。 私は勇気をもって死を迎えます。 さようなら。 私が死んでも私のことを忘れないで下さい。 覚えてもらうだけのことはしたと思います。 どうしたら人々を幸福にできるか、ずっと考えていたのですから。 さようなら」。 当時22歳の僕は休学してアルバイトで貯めた資金で、欧州一周の墓巡礼に出発した。 中央墓地はシュテファン寺院や王宮のあるウイーン中心部から南東約7キロに位置する。 路面電車71番に30分ほど揺られ、目の前に巨大な墓地が見えてきた。 中央墓地は面積250ヘクタール(甲子園球場約65個分)、33万の墓所を擁し、年間約2千万人が訪れるヨーロッパ最大級の墓地。 1871年に市内5箇所にあった墓地をひとつにまとめて開設された。 その途方もない広大さゆえ、路面電車の停留所が端から端まで4つもあった。 「ここだ…第32区A!」。 クラシック・ファンが卒倒しそうな光景がそこにあった。 区域の中心には、ベートーヴェン、モーツアルト(墓石のみ記念碑として移転)、シューベルト、ヨハン・シュトラウス2世、ブラームスの墓が順番に並んでいる。 ちょうど団体さんが帰っていくところで、思いがけなくベートーヴェンと1対1になった。 生み出した作品世界があまりに巨大すぎて、同じ人間というより、どこか架空の英雄のような非現実感があったベートーヴェン。 だが目の前に彼は眠っている。 「本当だった!嘘じゃなかった!ベートーヴェンは確かにいた!」。 周囲に誰もいないため、思わず身を投げ出し「ダンケ・シェーン!(ありがとう!)」と落涙。 側面から墓石に手を触れた瞬間、全身に電気が走るアートサンダーに打たれた。 9つのシンフォニー、ピアノ・ソナタ第32番、皇帝、悲愴ソナタ、大フーガ等々、人生の糧となる様々な楽曲のお礼を言った。 5分後、他の墓参者が来たので後方に下がり、離れた場所から1時間ほど語りかけた。 同じ空間に身を置く至福! 8月の朝7時だと、このようにドラマチックな朝陽が背後に! ベートーヴェンの墓はメトロノーム型で、真ん中に黄金の竪琴のレリーフがある。 メトロノームはベートーヴェンの晩年に発明され、特許申請者メルツェル本人が持参し使い方を教えてくれた。 難聴のベートーヴェンでも振り子を見れば目で速度が分かるため、手に入れてとても喜んだという。 ベートーヴェンは、作曲の速度指示にメトロノームを利用した最初の音楽家となった。 なみに、初巡礼で撮った写真は悲しいことに一枚も残っていない。 墓参の後、南仏アルルで荷物を盗まれ、貴重なフィルムも消えてしまった。 帰国後、仕事に追われ消耗する日々の中で、再びベートーヴェンに会いたい気持ちがつのり、5年後の1994年に再訪。 さらに2002年、05年と貯金しては巡礼を重ね、やがてベートーヴェンの誕生日に結婚。 初墓参から四半世紀、2015年に長年の夢だった妻と子を初めて墓前で紹介し、「こうして今があるのはあなたの音楽のお陰です」と心からの謝意。 人生の壁にぶつかったときは、ベートーヴェンの音楽と言葉、人類愛が勇気をくれた。 これからも命が続く限り、墓参を続けていきたい。 一方では巨匠として愛され、求められ、賞賛されていた。 しかし他方では偏屈な怪物の姿が浮かび上がってくる。 友達もなく、寄ってくるのはパトロンと腰巾着ばかり。 エネルギッシュでいつも好きな田舎を歩いていたかと思うと、慢性の鬱病、気管支炎、肝臓障害を患っていた。 女性が大好きだったのに恋人はいなかった。 甥カールを愛するあまり、あやうく死に追いやるところだった。 この上ない崇高な心を持っていたかと思うと、出版社には厳しく、時には卑劣な条件を出した。 そしてこれこそが極め付けの矛盾だが、この発育不全で病的で偏屈で苦悩に満ちた男の中に天使の声が宿っていたのだ」 ・「ベートーヴェンはどんな時代の作曲家よりも優れた能力がある。 主題の後にくる一番ふさわしい音を見つける能力だ。 つまり次に来るべき音が何かが分かっていなければならない。 その音以外考えられないということを納得させる力だ。 納得できるまで書いては消し、書いては消しと、20回も書き直したパッセージもある。 こうした苦闘を一生続けた。 どの楽章も、どの交響曲も、どの協奏曲も、どのソナタも、常に完璧さを追及し、これ以外にはないというまで書き直していった。 これはこの偉大な芸術家の神秘性を解く唯一のカギだ。 ベートーヴェンは必然的な音の追究に一生を捧げた。 どうしてこんなことをしたのか彼自身も分からなかっただろう。 一風変わった生き方かも知れない。 しかしその結果を考えるとそうでもない気がする。 ベートーヴェンは我々に信じられるものを残してくれた。 決して我々の期待を裏切らないものがあるとすれば、それはベートーヴェンの音楽だ」 ・「ベートーヴェンの作品は、メロディ、和声、対位法、色彩感、オーケストレーション、どれをとっても欠陥だらけだ。 それぞれの要素は何の変哲もない。 彼は一生かけても満足なフーガを書けなかった。 オーケストレーションは最悪で、トランペットが目立ってしまって、他の楽器がかき消されている。 では何に惹かれるのか?それは型だ。 ベートーヴェンの場合は型こそすべてだ。 型は結局、次にどの音を持って来るかで決まる。 ベートーヴェンの場合、その選択が完璧なのだ。 まるで神と連絡を取りながら音を決めていったようだ。 モーツァルトでさえこうはいかなかった。 次に何が来るかは全く予想出来ないが、これしかないという音を選んでいる。 どれもそれ以外考えられない音で、それゆえに完璧な型を作っている。 どうしてこのようなことが出来たのか誰にも分からない。 ベートーヴェンは一音一音搾り出すようにして書いている。 部屋に閉じこもったまま気がおかしくなるくらい集中した。 彼は心の中の氷山の一角しか表現できないと悩んだ。 部屋は散らかし放題、食事は3日間手つかず、ピアノの下には一杯になったままの便器。 しょっちゅう引っ越しをし、落ち着ける場所を探した。 楽譜の下書きを見れば彼がどんなに苦しんだか分かるだろう。 こうしてやっと完成した曲は神様が口述したかのようだ。 これこそがベートーヴェンの素晴らしさなのだ。 時には嵐に蹂躙され、時には繊細な微風に吹き払われて、ようやく雲間から太陽が壮麗に輝き出すのを見るように、我々を不安定で待ちきれぬ気持ちにさせておく引き延ばし戦術によって、この楽章の感動は絶大なのだ」「交響曲第7番終楽章は、驚くべき音の渦巻きの回転の中に、新しい惑星が生まれるのを眺めるようだ」 「数年前に行われたベートーヴェンの遺体検分では、全骨格と同様に、まったく尋常ならざる厚みと堅さを持った頭蓋骨であることが分かったのだ。 このようにして自然は極度に繊細な脳を保護したのであった。 そこで、その脳はひたすら内側を向き、何物にも妨害されぬ落ち着きの中で、あの偉大な心の世界の熟視に励んだということなのであろう」 「(かつて音楽家の身分は低く)ハイドンはいわば宮廷付きの芸人であり、それで生涯を通したのである。 だがベートーヴェンは、友人や支持者(パトロン)たちに年金を、もはや彼の作曲した作品の報酬としてではなく、彼がこの世界でなにものにも妨げられずに仕事に打ち込めるよう、日常の生活費として要求したのである。 そこで音楽家の生涯として、ここに初めて数人の好意ある高貴な人物が、求められた意味どおりに独立したベートーヴェンのために年金を贈るという事態が実現した。 ヒムリッシェ ダイ ハイリトム 天高きあなたの聖殿に踏み入ろう Deine Zauber binden wieder, ダイネ ツァーベル ビンデン ヴィーデル 世の時流がむごく引き裂いた者を was die Mode streng geteilt バス ディー モーデ シュトレン ゲタイル あなたの神秘なる力は再び結びつける alle Menshen werden Bruder, アーレ メンシェン ベルデン ブリューデル その柔らかな翼に抱かれ wo dein sanfter Flugel weilt. 勝利の道を歩む英雄のように!」など超ポジティブ。 その1…1943年、戦況が悪化する中、学生にも徴兵令が下り始めた。 徴兵された東京芸大音楽部の学生たちは、入隊間近の12月初旬に繰上げ卒業式音楽会で『第九』の第4楽章を演奏した。 出征した多くの学生が死に、終戦後、生還した者たちで「別れ際に演奏した『第九』をもう一度演奏しよう」ということになった。 その2…N響は1927年から第九を演奏レパートリーに持っていたが、年末の演奏が定番化したのは終戦直後の混乱期から。 食糧不足など厳しい生活を送っていた楽員たちは、年越しの費用を稼ぐために12月は『第九』を演奏する機会が増えた。 なぜなら『第九』は曲そのものに人気があるうえ、合唱団員が多く出演するためその家族や友人がチケットを買ってくれ、確実な収入が保障されているからだ。 現在国内の12月の第九演奏会は150回を超えている。 メルツェルが上下に振り子をつけて改良、ギリシャ語のメトロン(拍、韻律)とノモス(規準)を合わせた造語メトロノームの名で特許をとった。 ベートーヴェンより2歳年下という同世代のメルツェル。 彼はベートーヴェンに会ってメトロノームを披露し歓迎された。 祖父の代にボンに移住した。 貴族を表す「von(フォン)」とは異なる。 ベートーヴェンは生涯独身だったが、いつも身分違いの貴族女性や既婚女性という、手が届かない相手に恋をしていた。 「不滅の恋人」は長年謎だったが、フランクフルトの商人の妻で4児の母アントニエ・ブレンターノ説が最有力。 手紙には恋の煩悶が綴られており、結局はベートーヴェンが自ら身を退いている。 入口にベートーヴェンの顔のレリーフがはめ込まれている。 葬儀が行われたのはアルザー通りに面する聖三位一体教会。 ここにもベートーヴェンのブロンズレリーフがある。 ソニーがCDを開発中に、1枚に録音できる長さを盛田会長が友人の指揮者カラヤンに相談した際、カラヤンは第九が全曲入る長さ=74分を求めてそう決定した。 カラヤンは「これで第九をA面、B面と中断されずに聴ける」と大いに喜んだという。 ベートーヴェンはサリエリを慕い、イタリア語歌曲を作曲する場合は必ず助言を求めていたという。 サリエリがモーツァルトを毒殺したという噂がウィーンに流れた時は、筆談帳で胸を痛めている。 聴覚を失っていく絶望感からハイリゲンシュタットで自殺さえ考えた1802年の秋。 32歳のあの日、彼が芸術の存在によって命を断たなかったおかげで、後に『運命』や『第九』が生まれ、今、僕らが聴くことができる。 生きていればこそだ。 彼の 部屋は5階の窓が開いている所 ドアのノブに触って 「間接握手」だッ! ベートーヴェンのピアノと胸像。 窓の向こうは大学だ(撮影許可済) 路線38Aで彼が遺書を書いた ハイリゲンシュタットへ 通称エロイカ・ハウス 窓から美しい庭が見える デスマスク…ぐっすん 別のベートーヴェン・ハウス。 彼は引越し魔 (70回以上!)だったのでウィーン中に家がある エロイカの楽譜。 鼻血が出そう… 世界中からファンが会いに来る 2002 夕陽の中にたたずむベートーヴェン 台座には「ヴェーリング地区墓地にあった 最初の墓石を模して造られた」と説明文 2005 小雨の中の彼 2015 墓前の花壇が立派に! 石柱に「32A」。

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